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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
四章『燃え尽きる藍』
53/193

051 かびた話


~~~


・『古塔調査の依頼』


・諸君は〝夕見の塔〟という名の遺跡の話を耳にしたことはあるだろうか?

 かの塔は今より千年以上前、年号が現在の北天歴に変じる以前より存在をしたとされる真正の遺跡である。その内部には古代の叡智の産物が手つかずのままに眠っており、これらは考古学分野において相当に重要な物品である。

 冒険者の諸君にはこれらの貴重極まる遺跡物の回収を依頼したい。


 回収した物品の質・量に応じて報酬を上乗せする。各自、奮って参加されたし。


 注意:この依頼は真っ当なものであり、世間に流布している噂話は事実無根である。知恵のある冒険者らしく鵜呑みにせぬように。


・報酬金額:セレナディア金貨二十枚



         ウィンドパリス デーリング通り十三番地 ガーリン・ベイカー


~~~


 シエール・ビターは語り終えると足早に場を立ち去り、わたしたちも続けて席を立った。注文を取ってこいと叱られていたウェイトレスの姿が帰りがけにちらりと見えてしまい、びくびくと丸まったエプロン姿の背中に、わたしは若干の心苦しさを覚えた。なんとも悲しいことに尻尾を脚に挟んでいる。おびえているのだ。

 調査の依頼を終えた暁にはこの店で打ち上げを開こう。ウェイトレスが今日の彼女であったならば、それはもう盛大に。


「三番カウンター……あそこか。話し込んでるあいだに行列が随分減ってんな。ありがてえ」

「子供の時からコールくんは待つのが苦手だね」

「待つよりは攻めて攻めて攻め続けたいからな、俺は。男らしいだろ?」

「男っていうか、ケモノって感じ」


 首相からの伝言をたずさえて現れたシラエアは、依頼は三番カウンターで請けろと指定していた。指示のままに行列に並んで五分ほど。シエールは大層な美人だとか、お近づきになれるだろうかとか。彼女の風貌についての予想や感想について話していると時間はあっという間に過ぎた。


 シエール・ビター。彼女もまたわたしたちと同様の冒険者であるのは確かなようだが、階級についての話は一切しなかった。

 ある種の達観とも思える氷のような冷静な雰囲気をもつ彼女が、他人に対して自分の身分や階級を軽々しく口にする場面が想像できない。余裕があり、落ち着いたシエールの所作はベテランのそれだった。

 他人の詮索など長く気にするような疑問ではないのだが、あんまりにも尾を引くようならば再会をした時にでもたずねてみよう。


「お待たせいたしました。三番カウンター担当、カリミャーセと申します」


 受付嬢は猫の頭部をした亜人デミの女性だった。ひまわりの形をしたヘアピンがクリーム色の毛色によく似合っている。わたしが自分の名前を告げると彼女は長いまつげの目を丸くして驚き、お待ちしておりましたと口にした。スムーズな事の運びでありがたい。


「ユリウス・フォンクラッド様、本部長よりお話は伺っております」といかにも事務的な平坦なトーンで彼女は言い、一通の封書をガラス下部のスリットから差し出した。「こちらをお受け取りください」


「これは?」 回し見てみたが、宛名も題も無い。無地だ。

「ユリウス様へ手渡すように指示をされておりました。内容については私は何も……。封を切るのは当ギルドを出た後で、とのことです。それからこちらが依頼書になります。ユリウス様はこちらをお持ちになった上で依頼人のもとへ向かってください」

「分かりました」

「依頼人であるガーリン・ベイカー氏もまた委細を承知しております。お名前を告げ、依頼書を見せれば歓迎されることでしょう」


………………

…………

……


 やたらに長い階段を下り、屋外へと出た。手でひさしを作りたくなるように晴れ渡った空だ。ぎらぎらと降り注ぐ日射しに顔をしかめた。シラエアと過ごした残暑の一ヶ月を鮮明に思い出すような太陽だ。夏が完全に立ち去るまでにはどうやらもう少しだけ時間がかかるらしい。


「中身を見てみようよ」 ビヨンがいかにも楽しげな顔で言った。ミステリーものの小説を好む彼女は、こういった秘密めいた小道具に興味をそそられる。

「いや、待ちな」 コルネリウスがきざったい声で制止した。

「コールくんに構わないで早く開けようよ」

「無視すんなよ! こういう時はまず太陽にかざして透かすもんだ。そして俺がいの一番に秘密を見る。さあユリウス、手遅れになる前に俺に渡してくれ」

「それはずるいでしょ。だめだめ、皆で見よう」


 言ってわたしは太陽にかざすことはせずに爪で跡を作り、一息に封を切った。コルネリウスが大事にとっておいた料理を横取りされたような、とんでもなく残念な顔をしているのが視界の端に見えたがどうということもない。

 封筒の口を手のひらへ向けると何かがかさりと音を立てた。それは小さな紙切れだ。


『霧の奥を見よ』


 紙切れにはたった一言だけが記されていた。封筒を上下に振ったが他には何もない。宛名も題も無い封筒には達者な字で書かれたメモが入っているだけだった。


「……爆発したか?」

「コールくんは爆発すると思ってたの? まさか! 他人に狙われるような悪いことはした覚えないよ」

「俺の記憶が正しければ、お前は<ドーリンの街>で何人か殺ってたと思うんだが」

「あれは正当防衛だから……」


 言って話を切り上げたビヨンがわたしの手元をのぞき込んで不思議そうな顔をした。エメラルドグリーンの視線がメモの表面をなめる。


「霧の奥?」

「どういう意味かな。詩のメモを送られても困るんだけれど」

「あぶり出しかも知れないぜ。ビヨン、火をくれ」

「燃えて無くなったらまずいからダメ」


 振ったり弾いたりと試してみたが、どうやらからくりは無さそうだった。少なくとも素人目に見る限りでは、だが。


「わざわざ人を使ってまで僕たちに指示をしたんだから、意味が無いってことはない……と思う。ポエムを見せたいだけならもっと他にあるでしょ」


 たとえば展示会とか。同好の士を集めたお茶会でもいい。


「まあな。アイデアのメモと入れ間違えたんじゃなければそうだろうよ」

「ねえ、立ち話はしんどいからとりあえず依頼人のところに行かない? デーリング通りまでは少しかかるから、早めに行動しようよ」


 ビヨンがしかめっ面で言う。暑いのだろうか?


「うん、かなりあっづい。屋内に入りたいよ……」

「こいつはとにかく涼みたいみたいだな。じゃ、行こうぜ、相棒。このままだと仲間のひとりが干物に変わっちまう。おい! 杖で俺の足をつぶすのはやめろ!」


 歩くこと十分あまり。

 依頼人の家は邸宅と呼ぶにふさわしい大豪邸であった。

 静かで品のある、<ウィンドパリス>北部に富裕層の住まう高級住宅街がある。その厳かで品のある景観に違和感なく同調をした横長の大きな屋敷は、大小さまざまな犬たちで満ちていたカサマール家の屋敷を連想させた。


 ベイカー邸の庭園には犬や猫といった飼育動物の類はおらず、それらの代わりに由来不明の銅像や石版、壷などが無造作に転がっていた。散らかっていると言い換えた方が正確か。


 ギルドで出会ったシエール・ビターはベイカー氏を裕福な人物だと言っていた。

 遺跡物を収集するような趣味は金がかかるという。

 大枚をはたいて労せず得たのか、自ら苦労を経たのかは知らないが、ベイカー邸の庭先に転がるこれらの物品は相当に値が張る骨董品であることは間違いないだろう。となれば、捨て置く同然に転がされているこの扱いは無造作に過ぎると思うのだが。もう少し大事に扱うものじゃないのか? 少なくともわたしならそうする。


 邸宅の門前には大勢の人だかりが出来ていた。少し前に見た掲示板オーダーボード前と似たり寄ったりの光景だ。ギルドホールに集っていた大勢の人間が一斉に依頼人の家へと足を運んだのだからこの盛況ぶりにも納得だった。


「これは相当待ちそうだな」


 賑わいをちらと見ただけでうんざりともしたが、思いのほか行列の捌けが早く、これには驚きを隠せなかった。その処理速度たるや、事務仕事に関しては練達の腕をもつ受付嬢を数多く擁する冒険者ギルド顔負けのレベルだ。いったいどうしてか? 脳裏をよぎった疑問の塊はすぐさまに溶けて消えた。


 骨董品の打ち捨てられた庭に大きな看板が立てられている。荒削りの木の板の表面には、大人とそう変わらない背丈のわたしが十分に寝転がれるサイズの地図が貼りつけてあった。

 大平原とそれを囲う山地の描写。これはとうに見慣れたマールウィンド連邦国の地図だ。羊皮紙には首都<ウィンドパリス>の付近一帯を含めた、連邦北部の地図が描かれている。ここより北西の山岳地帯に×印が記され、印のそばに『目的地』と走り書きがしてあった。

 地図を見上げたコルネリウスが「こいつはいいや」と笑う。


「分かりやすいな。誰だってこれを一目見れば集合場所が分かるってもんだ。行列の捌けがいいのも納得だぜ」


 周囲の冒険者らが看板を見上げ、手元の羊皮紙や手のひらにペンを走らせてメモを取ると足早に立ち去っていく。依頼人と顔を合わせ、内容について直接聞きただす人間は皆無のようだ。ガーリン・ベイカー邸の門に近寄る者は誰もいなかった。


「ビヨン、お願い出来る?」

「合点承知。ちょっと待ってね」


 うなずいたビヨンが手帳とペンを取り出し、未使用のページが随分と少なくなった手帳に大まかな地図を書き込んでいく。彼女の仕事は早い。要点だけを押さえた地図をあっさりと書き終えたビヨンが顔を上げ、ぐっと親指を立てた拳をこちらへ向けた。


「バッチグー」

「ありがとう。それじゃあガーリン・ベイカー氏に会うとしよう」


 同業者の群れを後目にして門を抜け、赤錆色のドアのノッカーを数回たたいた。返事はなく、誰かが足早に駆け寄る足音も聞こえない。何かしらのリアクションが起こるまでのあいだ、わたしはなんとなしに屋敷の様相に視線を注いだ。

 主の居ない蜘蛛の巣、微細なひびが走る磨りガラス、ひっくり返った横長のプランター。ベイカー邸には景観維持を職務とする使用人は居ないらしい。

 遠目には立派な屋敷に見えたのだが、こうして間近で見てみると老朽化の様子がまじまじと現れていた。旅の最中におとずれた、打ち捨てられた古城をわたしは思い出した。そうだ、あれはいかにも幽霊が出そうなおどろおどろしい物件だった。


「まるでいつか見た幽霊屋敷みたいだね」 同意を得ようと言葉を放るとビヨンがうなずいた。

「うちも同感。コールくんは……! あ! ユーリくん、この話はだめだよ!」

「しまっ――!」


 震えている。槍を背負った長身の男が、強風に揺れる樹木のようにゆらりゆらりと揺れている。ぎくしゃくとこちらに顔を向ける様子に音をつけるのなら『ギ、ギ、ギ』だろうか。氷海からあがったばかりかのような蒼白な顔でコルネリウスが言う。


「幽霊なんているわけねえだろ。何もかんもが魔法やら自然の現象で説明が出来るんだ。たとえば夢属性で発動された魔法による錯覚効果、バランスの悪い皿が落ちる、たまたま廃屋に人が入り込んでいたのを目にしちまってそれっぽい影が見える。全部理由があるんだ。そうだろ? 今日び、魔法理論で説明がつくんだ。何もかもな。そう、幽霊も世界の作りも! アホなこと言わないでくれよ、ビヨンにユリウス。実在しないものの話なんてするだけ時間の無駄だろ? この家だって掃除をしてないからそれっぽく見えるんだよ。ゆ……ゆうなんとか屋敷っぽくさ。ったく掃除しとけよなほんと。あーあ暇だし掃除してやるか! まったく仕方ねえな!」


「この人めっちゃ早口でしゃべってる!」

「コールくんはこういうのダメなんだってばあ……」

「ごめん。ついうっかりした」

「もう! まあ、うちもそうだったけどさ。この人の前で幽霊……」

「なんだって!? 聞こえなかったなあ! よく聞こえなかったけどよ! 一応言っとくがそんなもん絶対にいねえからな!」

「……なんとか屋敷の『なんとか』って部分を口にするのはやめようよ。こうなるとしばらく挙動不審になって面倒なんだもん。あーあ。ベイカーさんが出るまでに元に戻るかなあ……」


 しかしビヨンの心配とは裏腹にコルネリウスは平静を保っていた。それでも窓枠の汚れを指ですくったり、倒れたプランターを立てたりと完全に落ち着いているとは到底言えなかったが、腕まくりをして本格的な清掃をはじめないだけマシだと言える。


 肝心の家主はなかなか姿を現さず、「どこかで時間を潰したあとにもう一度寄ろうか」と口にした矢先に扉の向こうで床材が軋む音が聞こえた。ドアを隔てた向こうに誰かが居る。

 赤錆びの浮いた銅色のドアノブが回り、開いた隙間から湿った空気が漏れ出した。すえた臭いが鼻孔を刺す。見える範囲に視線をやると灰色のベールがかかった絨毯が見えた。ほこりが山ほど積もっているらしい。

 

「なにか」


 薄らと開いた扉の隙間を埋めるようにして女が現われた。人間で言えば三十代手前だろうか? 若くはなく、陰鬱な雰囲気をもつ女だ。目元のくまは色濃く、褪せた金色の長髪は伸びるままに任せている。開き切っていない上まぶたのせいで目はじっとりとした半目だ。一見した印象は偏屈な人物。他人に心を見せる女ではないのだろう。

 

「古塔調査の件で参りました」 わたしは依頼書を彼女へ見せた。

「ガーリン・ベイカー氏はどちらに?」


 つやの無い唇が水槽の中の小魚のようにぱくぱくと動いた。依頼書とわたしに交互に視線を送り、続けてビヨンとコルネリウスを疑り深い目で見つめた。

 

「無礼なやつ……これだから冒険者は……」 小声で言ったつもりだろうが、彼女の言葉はわたしにも仲間にもはっきりと聞こえた。枝のように細い指で彼女は扉を開き、

「お入りください。依頼についてお話をします」


 ぼそりぼそりと落とすように言葉をつぶやき、わたしたちを陰鬱な家へと招き入れた。

 

………………

…………

……


 空気が止まっていると感じた。

 棚や机に椅子、家具という家具が白いシーツで覆われていて、雲を混ぜ合わせたような希薄な模様の花瓶には花が挿さってはいたが枯れてしまっていた。鮮やかな色はとうの昔に失せている。

 屋敷は広かったが、人が生活をしている空間とはとても思えなかった。内部には明かりの類がほとんど無く、カーテンを閉め切っているからだろう、奥の暗がりへと続く廊下は昼間だというのにひどく暗かった。

 

 わたしたちを招き入れた女は足を患っているようで、歩行の補助として杖を用いていた。片手に燭台をもち、ゆらゆらと揺れる炎の明かりを頼りにしてかび臭い絨毯の上を背を丸めてゆっくりと歩いている。ぶつぶつと何事かを口にしているがわたしが気に留めるような内容ではない。仕事の話さえできれば十分だからだ。個人的な関心は無い。


 いくつものドアを通り過ぎたが人の気配は感じなかった。家人は居ないのか? 訊ねようとも考えたが、未使用のドアノブに積もった埃がその答えらしい。

 窓ガラスの向こうには人々が都会の朝にせっせと歩きまわっているのが見えた。商品を運ぶ馬車、職場へ向かう人々の群れ、朝市へ向かう女たち。たった一枚の窓ガラスが動と静をはっきりと隔てている。

 わたしはなんだか幽霊屋敷に住む亡霊になったかのような気分だった。空気の停滞した屋内からまばゆい外界を眺める気分は明るいとも爽快とも言えない。

 

「しんみりした家だな」 コルネリウスが言った。日中とは思えない暗さと静寂を彼はどう感じているのか。

「ちょっと。せめて静かな、って言いなよ」


 ビヨンが彼の横腹を小突く。小言を言いながらも彼女の視線は壁に掛けられた絵画に注がれていた。

 女の後ろを歩きながらに顏を横向けて絵画を見る。ドラゴンに単身で対峙する騎士、飴玉になった夕焼けを飲む男、もやの中でうずくまる老人、主の居ない椅子。壁に並んで掛けられた絵画はどれもが陰鬱だった。雨の日の午後のような暗ったさだ。

 どのようなものにも『似合い』というものがある。人柄、場所、時間、それはもうあらゆるものに。壁に並ぶ絵はこの屋敷には確かに似合いだった。

 

「これ、ルヴェルタリアの絵だね」


 反射的に顏を起こした。『アーデルロール』や『ルヴェルタリア』といった言葉はわたしの特別であり、関心を否応なしに強烈に惹きつける。思わず足を止めた。仲間の指が示す先にそれはあった。


 際限の無い雪原の上に白い都、ルヴェルタリアの王都<リーンワール>が描かれている。その興りは今より千年も前、現在に用いられる元号、北天暦元年のことだ。

 この都のことはよく知っている。外周から中心へ向けて標高が上がっていく特徴的な地形で、この傾斜は緩やかなものだが、中心は最終的には山ほどの高さになる。


 王都の中央には著名な古い城がある。建城時期は都と同じく千年も前なのだから、城下ともどもを含めて『遺跡』と呼んでも問題ないだろう。

 ルヴェルタリアの王城はおおよそ尋常の形状を成してはいない。

 城と城とを繋ぐ橋があり、書庫の為だけに気付かれた副城、背高の居城、様々な用途の城が混ざり、溶け合う様相はもはや『城』ではなく、ひとつの街と認識をした方が正しい。

 

「それはヴェル・ジャクリーヌの絵だ」


 陰鬱な女が杖と足の歩みを止め、壁に寄りかかりながらに言った。ぼそりぼそりとした声は小鳥の声にもかき消されそうで、注意をして耳を傾けなくては聞き逃しそうだ。


「祖父が気に入っていてね。客人が視線をやっているのを見ると、祖父の鑑識眼は確かなものだったのだと内心で嬉しくなる。良い絵だ。イリルの北限の厳しさと古王国の誇りや孤独とを溶かし、キャンパスに巧みに落とし込んでいる」


 女は手に持つ燭台を掲げると絵画を照らした。絵の雪原に陽光が射す。

 

「ヴェルの筆は実に巧みだ。複雑に組み合わさる王城区画が最も魅力的に見える角度から描き、それを成功させている。客人よ、この玉座の間を見たまえ! 主城の先端より真横に伸びる天空回廊だけが結ぶ、ルヴェルタリア古王国の玉座の間を! いかなる魔法の加護によるものかは知識の外だが、空中に浮くかの玉座の間は溜息を漏らすほどに美しい。北天暦初期の芸術の粋と言っても過言ではない。なあ、そうは思わないか? 白磁の外壁と樹木とが混じる建築物……見事だ……」


 わたしたちは顏を見合わせた。この女はまともなのか? がコルネリウス。精神のスイッチを入れてしまったかも知れない、と引きつった笑顔をしたのがビヨン、わたしは参ったなと前髪をかき上げ、同感ですね、と小さく漏らした。

 

 女が興奮冷めやらぬ足取りでわたしたち客人を導いたのは応接間だった。元は広々とした部屋だったのだろうが、大きな壺や甲冑、小物や書類が散らかり放題のデスクがスペースを圧迫していてどうにも狭い。

 

「そこに掛けたまえ」


 ほこりの被った木の椅子を引っ張り出すと三人横並びでわたしたちは座り、購入から一度も清掃をしてないのだろうかと思うほどに薄汚れたデスクを前にした。

 陰鬱な女が革張りの椅子に腰を下ろし、ビヨン、わたし、コルネリウスと順繰りに見て最後につまらなそうに溜息を漏らした。

 

「点数付けでもされんのか?」

「僕は雑貨屋の売れない商品になった気分だよ」

「うちは圧迫面接って感じ……」


 女が大きな咳払いをした。迂闊だったと思った時には既に遅く、じっとりとした半目の女はデスクに身を乗り出して責める目つきでわたしたちを睨んでいた。

 

「ユリウス・フォンクラッドは?」

「僕です」 わたしは軽く頭を下げた。

「話は聞いている。落ち着きのある人物かと思っていたが、やはり子供だな。お前に我が一族の悲願を託して良いものか……」


 色褪せた金色の長髪を掻きむしりながらに女がうめいた。精神的に不安定に思える。ヒステリックを起こし、デスクに転がっている拳大の球形のオブジェを投げつけられでもしたらたまらないな。

 

「フラメル首相の頼みならば仕方がないか。私はガーリン三世。ガーリン・アムリタ・ベイカーだ。最初に話しておくが、古塔の調査依頼を発行した先代のガーリン・ベイカーは既に死んでいるからな。では仕事の話に入るとしよう」


 言ってガーリン三世は乱雑に散らかった書類の山を引っ掻き回し始めた。

 彼女の発言にわたしやコルネリウスが面を喰らったのは、わざわざ詳細に語るまでもないだろう。

 


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