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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
三章『広がる青』
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042 風の刺客

 コルネリウスにからかわれようとも、ルヴェルタリアに関連をした記事が掲載している雑誌や新聞を、首都<ウィンドパリス>への一日半の道程の間中あいだじゅう、わたしは知識をむさぼるようにして読みふけっていた。

 

 北の騎士や戦士の活躍を、おそらくはストーリー性を設けるために多少の脚色――味付けと言ってもいい――をされた大衆向けのゴシップ記事や、北のイリル大陸でのみ採掘できる<星鉄せいてつ>製の武具の剛性を高める新たな加工法の発見や、マールウィンド連邦や西の聖王国をはじめとした世界各国へと派遣をされた北騎士の動向、物資や貨幣の流通事情、ルヴェルタリアのやり手の宰相、サランディール・ディクセンの熟練した国民の意識操作とまつりごとの動きまで。


 記事を追えば、わたしの意識をとらえて離さないアーデルロールの凛とした姿と、遠い日に目にした緋色の瞳がふたたび見えるような気がしたのだ。



「……多いな。王家関連の記事では彼女が一番顔を出してる」

 

 ルヴェルタリアの三姉弟。その中でもっとも頻繁に群衆の前へと姿を現しているのは、長女であるアリシアム王女だった。

 わたしは彼女の姿を新聞や雑誌といったメディア媒体の写真でしか目にしたことがなかったが、夜の闇を溶かし、滲ませたような艶のある黒髪が特徴的な美しい女だ。


 アーデルロールの若草色ともヴィルヘルム王子の白髪とも違う、夜闇の髪。

 病的に白い肌と黒色の髪のコントラストは、写真越しであっても見る者の注意を引き、魅了をさせる妖美さがある。

 そして〝霧払い〟の血筋の果てである彼女の両の瞳にもまた、ガリアンが宿したとされる緋色が射している。自ら輝きを放っているかのような目が覚める緋色に、王権の証とされる〝霧払い〟の遺した聖剣への絶対的な適合性。


 アリシアム王女。彼女の血統と風貌はまさしく次代の王に相応しく、遙かな北、凍て空の下にあるルヴェルタリアの騎士らは、王家と忠誠、そして世界のために剣を握るのだろう。


「緋色……か……」


 わたしにもある意味で緋色の瞳が宿っているという事実を忘れたことは片時もない。

 眼球の奥――眼底に身に流れる魔力を集め、魂に刻まれたように深く、正確に覚えている短い詠唱の言葉を口にすれば、わたしの父譲りの青い瞳はどこかへ失せ、ルヴェルタリア王家と同一の緋色の瞳が現れることを、わたしは確かに知っている。


〝王狼〟ギュスターヴはこれを古い魔法技術の産物、〝紋章〟だと言った。

 強い魔力によって瞳の色が変容し、強力な力がわたしの身に宿るのだと。


 この力を手に入れてから五年が経った。決して力を使うなと釘を刺したギュスターヴの言いつけをわたしは破り、何度か人目につかない場所で〝紋章〟を使用したことがある。


 その際に味わう万能感は他で経験をできるものではなく、薬物じみた危うささえあった。そしてわたしと入れ替わるようにして現れ、この肉体の主導権を得る人物――おそらくは女性だ――に、どこか懐かしい温かさを感じていたのだ。


 しかし、いくら問いかけようとも、意識の中の彼女は何も語らない。辺りに敵が居ないことに彼女は気付くと、『有事以外には呼ぶな。私はお前の話し相手ではない』と、わたしの口を介してつまらなそうに呟き、霧散する。


 あの女性は何者なのだろう。

 霧の森で目覚める前のわたしを知る人間なのだろうか?

 けれど、わたしは、もう――、

 

「なあ、おい。アルルのやつについて何か書いてあったか?」


 はっとした。気づけばコルネリウスがわたしに向け、白い歯を覗かせる快活な笑みを見せていた。

 物思いの泥沼に沈んでいたわたしは取り繕うようにして笑顔を浮かべ、ちっともページを進めていなかった雑誌をぱらぱらと指先でめくる。


「ええとね……去年のことだけど〝巨人公女〟のバックパックに忍び込んで、霧の前線までついて行こうとしたらしい。勿論すぐに気付かれて、〝巨人公女〟は庇ったみたいだけど、結局は回れ右で帰されてるね」

「巨人なんとかってーのは、ルヴェルタリアの〝四騎士〟だよな? 随分な大物と仲良くしてんだな」


「アルルたちの姉弟とは特別仲が良いみたいだよ。あとは……お忍びで城下に行っているのがとうとうバレて、逃げ回っているうちに商店ひとつを壊すぐらいの騒動になったとか。何をしたんだろうね」

「ははは! 何だよ、五年もあったのにあいつは子供のまんまだな!」


 快活に笑うコルネリウスへ向け、愛用の杖を磨いているビヨンが呆れた声で言う。


「コールくんは人のことを言えないでしょ」


 ビヨンの日課は多く、旅の出来事を事細かに書いた日誌の執筆、道具の確認、携帯食料の期限のチェック。その他諸々。

 家庭にたとえれば彼女は家事全般を担当する主婦のようなものであり、わたしたちは有事の際にだけ働く……穀潰しのようなものである。


 よってわたしは頭を下げて礼を口にするしかなく、ビヨンに対して貸しがあるところのこちらは、彼女の要求や提言に対しては基本的に受け入れなければならない立場にある。

 

「俺が? なんで?」


 それ。

 ビヨンが羽ペンの先で、タンクトップ一枚のコルネリウスのたくましい肩を指し、


「背丈やガタイばっかり良くなって。脳みそは子供のまんまじゃん。うちは第二階位の魔法を扱えるけど、コールくんは何か魔法を覚えた?」

「身体強化だけな。他は要らねーから覚えてねーよ」

「アルルちゃんの手紙にも『魔法は覚えておきなさい』ってあったのに、もう!」


 こつこつ、と窓が叩かれ、扉を開くと御者の楽しそうな声が聞こえた。


「旦那方の言う『アルル』ってのは、もしかしてアーデルロール姫さんのことですかい?」

「ええ。そうです、ちょっとした縁があって」


 雑誌を広げ、アーデルロールの写真を指さすと御者が関心した顔をし、


「はあ! たまげたな、大海原の向こうにある国の王女さんと知り合うなんて、いったいどんな手を使ったんだ? まさか夢の話か?」

「あはは、確かに……そうですね、夢だったかもしれません。もしそうなら子供の時にだけ見れる楽しい夢ですよ、多分ですけれど」

「はーん……いやあ、若いってのはいいな。おっと、旦那方」


 えっちらおっちらと車を引く馬の手綱を握る大柄の御者が低い声を張り上げた。

 何がおかしいのか、彼は子供にプレゼントをあげるような楽しげな調子で、

 

「ようやく見えましたぜ。丘の向こうに広がるは風光明媚な風の都。過去の魔導と現代の技術とが溶け合う前進の街。五つのオベリスクと一つの古塔が目印のマールウィンド連邦最大の首都、<ウィンドパリス>に到着だ」


 わたしたちは返事もしないままで馬車の扉を弾くように押し開き、下から順にビヨン、わたし、コルネリウスと団子になって顏を突きだすと、故郷と同じ大平原の上に広がる、連邦首都<ウィンドパリス>の姿を目にした。


………………

…………

……


 オリーブグリーンの色をした背の高い外壁が広大な都市をぐるりと囲っている。

 霧の襲来に備え、人間の住まうコミュニティを背の高い壁で囲うのはこの世界の常識だ。事実、わたしの暮らした村や通学先の街にも壁はあり、霧が現れた際には物理的な保護に心の安心を得られたものだった。


 そんな外壁だが、首都などの巨大かつ主だった都市では一歩を発展した機能が備わっている。


 それは魔力障壁の展開。

 魔物を寄せ付けない安全な結界を三百六十度にぐるりと発生させ、それは人間には害は無いが、害意に満ちた生物――例で言えば、魔物やオークをはじめとした敵対的な獣人だ――が触れれば、ひどく熱い溶岩の壁に触れたような手傷を負う。


「この技術の根っこは〝霧払い〟のガリアンの仲間だった、歴史上最高の魔法使いと言われる〝万魔〟のエルテリシアだけが扱えた、第七階位の結界魔法だって言われててね、それで……」


「うんちくは宿についてからでいいぜ、相棒」

「イルミナ師匠は苦手って言ってたのに、魔法の歴史なんかの話はちゃんと聞いてるんだから変わってるよねえ」


 赤面を自覚しながらにわたしは口をつぐみ、結界の広がる外壁の向こうに見えるランドマークである、五つのオベリスクと一つの古塔へと目を向けた。

 わたしたちを乗せた馬車が舗装をされた街路を走り、そうして南側の正門へと真っ直ぐに向かっていく。


………………

…………

……


「では、『人生に色を』。良い旅になることを願ってるよ」

「お世話になりました。お食事、とても美味しかったです」

「いつか西のローレリア大陸に行くことがあったら砂漠にある<ヴァーリン族>の都、<バラデラ>にも立ち寄ってくださいよ。それじゃあ、ここらへんで」


 二頭の白馬がいななきをあげて帰路につくのを見送り、<ウィンドパリス>の南大正門へと足を向けた。

 霧の出ていない平時には高さ二十五メートルもある大門は開け放たれており、旅行客は五メートルもの厚みを有する黒鉄製の門の先に広がる都会を、歩きながらに目にすることが出来るのである。


「ゴミひとつ落ちてない街路、赤レンガの色で統一された街並み、等間隔で並んでる街路樹……すごいな、最初のほうの街で覗いた美術館の中庭を思い出すよ」

「ユーリくん、見てよ! どの建物も五階以上ある。すごいね、レンガの樹で出来た森みたいだよ」


 真上を見上げて辺りを見回すビヨンの言葉は、なかなかに言い得て妙であると感心を覚えた。

 視界内のあらゆる建物は上へ上へと伸びる木々のように真っ直ぐに上方へと建ち並んでおり、これを『木』と見なすのであれば確かに『森』と表現をするのがちょうど良い。


 ならばこの『森』には極めて背が高く、とりわけて目立ついくつかの『大樹』がある。


 それは五本の巨大なオベリスクと一本の塔。


 円形の都市内に五芒星の形に配されたオベリスクはひとつの巨大な魔導装置であり、わたしが先だって得意げに(・・・・)説明をした、都市を覆う大規模な結界装置の源である。


 動力源は地下に流れるマナの流れと、大気中に存在するマナを汲み、内部にて複雑な魔法式と魔導技術とが組み合わさり……、


「すげえ! ビヨン、おい、見ろよ! 人形が掃除してるし、店番までやってるぞ! おーい、人形さんよ!」

「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ! あ、あ、手振ってる! かしこーい!」


 ……つまり、都市の安全に欠かせない装置なのだ。


 わたしたちが通った南大正門から続く、首都のメインストリートである<風精大路ふうせいおおじ>と呼ばれる道から見える真正面に、太く、とりわけて背の高い塔が見える。

 寄り添う大樹に半ば飲み込まれるようにしてそびえる塔の名は<大星たいせいの塔>。


 マールウィンド連邦の首府であり、フラメル・カストロ首相の住まう官邸もあの古塔の内部にある。

大星たいせいの塔>は、この地に人間が住まう以前よりここに存在し、話に聞く限りではどうやら北天歴――霧払い〟が〝霧の大魔〟を打倒し、ルヴェルタリアを建国した時を北天歴元年と呼ぶ――以前の建築物だという。


 現在の技術では年代以外に何も解明が出来ない、おそらくは先史文明の産物だろう塔には今や人が住まい、その営みを見下ろしているのであった。



「あんまりきょろきょろとしてると連邦騎士に目をつけられるよ。まずは移動した方がいい」

「おう。ってえと酒場か?」

「うちは酒場に一票。まずは冒険者ギルドに顔を出さないと」


 賛成、とわたしは返し、蜘蛛の巣そっくりの形に区画整理のされた案内の看板とのにらめっこを開始した次第である。


………………

…………

……


 一昨日まで滞在をしていた<ドーリンの街>の酒場とは違い、首都に置かれた酒場は簡潔に言ってモノが違った(・・・・・・)


 粗野な人間でごった返す雑多な雰囲気は無く、暖色の照明に選び抜かれた美しい木目の丸テーブルに受注カウンターの数々。

 依頼をピン留めされた掲示板オーダーボードも、目的と受注可能のランク毎に分けられており、きめ細かく整理されていた。


 天井には世界地図が張り付けられており、水瓶を持つ女、猛々しい炎の斧を握る体格の良い男に、流れる風に指先で触れる男の三人の像がホールに佇んでいる。


「場所を間違えたんじゃねえよな?」 コルネリウスがきょとんとした顔で言う。

「合ってるよ。ここが首都の冒険者ギルド、正確に言えば、マールウィンド連邦の冒険者ギルド本部だ」


 白金色の鎧、華美な装飾の盾、よく磨かれた剣。

 このギルド本部に居る冒険者たちは皆が一目で分かるような上等な装備で身を覆っていた。彼らは精神的にも余裕があるらしく、わたしたちが興味深そうに辺りを見回していても、その視線をちらりと向けることさえもなかった。


 ハナから興味が無いのだろうか。

 下手に注目をされるよりかはありがたいが……わたしは無意識に父から譲り受けた籠手に手で触れた。



「ここのカウンターは空いてるね。ごめんください」


 ビヨンが呼び鈴を鳴らす。するとカウンターガラスに降りていたカーテンが上がり、愛想の良いにこにこ笑顔を浮かべた女性が姿を現した。


「こちら、マールウィンド連邦冒険者ギルド、<ウィンドパリス>本部の二番カウンターにございます。私、シナーヤと申します」

「は、はあ、ビヨン・オルトーと……申します……」

「こんにちは、ビヨン様。本日はどのような御用向きで?」

「この支部での冒険者登録と、提携宿の案内を……はい、はい……」


 行動拠点を移し、それまで滞在していた街のギルドの管轄範囲を脱した場合は移動先の街で新たに冒険者登録をする必要がある。

 登録をしないままに依頼を受注することは出来ず、カウンターの受付嬢に突っぱねられるのが常である。


 本来ならばスムーズに終わる登録作業のはずだが、今回は何故だか時間がかかるらしい。こちらを振り返ったビヨンが適当な丸テーブルを指でさし、着席のジェスチャーをわたしたちへと送った。


「座れって言ってるよ」

「じゃ、先に飯でも食ってるか。相棒、どのぐらい食っていいと思う?」

「コールの中の『軽食』でお願いするよ」



 店員に注文を伝え、コルネリウスと顔をつき合わせ、幼少より憧れていた首都でいったいどんなことをするかと相談をしていると、とんとん、とわたしの肩を誰かの指先がつついた。


 警戒を向けながらに顔をあげると強面の男がわたしを見下ろしている。

 何か不興を買ったのだろうか?


 彼を観察する。

 真っ白いエプロン、白いブーツに背高の円筒の帽子。その出で立ちはさながらシェフかコックだ。彼はひげもじゃの奥でどうやら笑顔を作り、手のひらをわたしへ向け、


「ツケ」 と、短く言った。


「はい?」

「あん?」


 前者がわたしで後者がコルネリウス。こちらが当惑の顔を浮かべても、強面の男は手のひらを引っ込めない。


「ツケとは?」 わたしは素直に聞いた。腰の剣には触れない。

「何をトボけてやがる。オレが前に定食屋をやってた頃、お前、ツケでさんざっぱら飯を食ってただろ? それも一度じゃねえ、二週間だぞ! 忘れもしないぜ。あんた、他の常連になんて言われてたか知ってるか? 『マールウィンドの腹ぺこワーム』だ」

「……僕たちは今し方に初めて<ウィンドパリス>に着いたばかりですよ。生まれは南の<リムルの村>です」


 またこれか、と内心でため息をつく。

 この男もわたしを父フレデリックと見間違えているのだろう。それが証拠に彼は少しだけ語気を強め、


「つまらねえ冗談はやめな。その黒髪に青い瞳を見間違えるわけがねえ。オレとフレデリック、お前の仲じゃねえか? いい加減払えよ、な?」

「よお、おっさん。こいつの名前はユリウスだ。ユリウス・フォンクラッド」


「フォンクラッド……? ユリウス……? あんた、親父の名は?」

「父はフレデリックです。多分、あなたの店でタダ飯を食っていた……」


 沈黙がわたしと男のあいだに流れた。彼はどう出るだろうか?

『あいつの息子ならお前が払え』『関係ねえ、お前が払え』『あいつを呼べ』、およそ三択に絞られるか?


 しかし男の返答は意外なもので、


「何だよ、おい! あいつのせがれか! いやあ、考えてみりゃそりゃそうか。あれから二十年も経つんだから、あいつもオレと同じにいい年齢のおっさんだよなあ!」


 喜色満面でにっと笑い、わたしの背中をばんばんと叩いたのである。威力は中々にあったが、場の空気は険悪なものではないのでよしとしよう。


「父はこの街の出なんですか?」

「いんや、フレデリックはもっと東の田舎から出てきたっつってたな。故郷のことは聞いてねえのか?」

「特に……何も」


「そうかい。ま、聞いてもしょうがねえよ。あいつはこの街に三年かそこらは居たな。シラエアの剣術道場に通ってたぜ。今思えば根性はある野郎だったな、あの鬼ババアのしごきに耐えてたんだからよ」


 男はわたしの知らない父の姿をよく知る人物だった。


 彼はフレデリックがわたしと同じ年頃に剣の道を志し、同時に大層なワルガキであったことを語ってくれたのだ。また、父が素行は悪くとも約束は違えない義理深い男であることも。しかし、彼はつけをまだ払っていないのだが……。


 そうこうをしていると「お待たせ」とビヨンが活動許可証を引っさげて現れ、わたしたちの冒険者免許に記載をされている『出身:リムルの村』という項目を見た強面の男は、「秘境からやってくる人間は初めて見たぜ!」と声を大きくして興奮をしていたのがどうにもおかしかった。



 男は酒場のキッチンを任されているらしく、彼が言うには「街角の定食屋からギルド本部の飯を任されるようになるなんざ大出世だ」ということらしい。

 人間違いと旧友の息子に会えた祝いだということで、会計から四割引という破格のサービスを受けたわたしたちは大いに食べ、飲み、語らった。


 その晩の羽目の外しようときたら、これまでの旅の中でももっとも賑やかなものであり、酒の注がれたジョッキを握りしめたままにビヨンが丸テーブルに片足をかけ、アップテンポの曲を熱唱をする有様だった。

 彼女がここまで上機嫌になる理由については何も思い当たらず、酒に口をつけながらにわたしは、旅の目的地であった首都<ウィンドパリス>へととうとうたどり着いたのだな、としみじみと感慨に耽るばかりだ。


「少し手洗いに行ってくるよ」 わたしは席を立った。

「便所か。俺もついてくか?」

「多分百回以上はしてるからそろそろ作法は分かってるよ。すぐ戻る」


 足下はふらつくが、わたしはまだ意識ははっきりとしているという自覚があった。天井には案内板が吊られており、男女のシルエットマークが示す先がトイレだろう。


 と、思ったが――、


「どこだここ」


 わたしがたどり着いたのは広間であった。木目の床と、達者な文字で記された東方文字の絵画があるこの広間の雰囲気は、言うなれば武道場である。


「……まあいいか。来た道を戻ればいいだけだ」

「帰れると思うか?」


 背後に強烈な気配を感じた。息を飲み背後を振り返ると、物陰から何者かがゆらりと姿を現した。

 白い長コートを羽織っている。背は低く、腰に剣が収まった鞘を吊った姿は男か女かの判断がつかない。


 わたしは無意識に腰の剣へと指を伸ばし、相手に正体を聞きただしもせず、鞘走りの音を立てると剣を抜きはなった。

 内心で舌打ちをする。愛用の盾は酒の席に置いたままだ。防具を欠いたままで戦いに臨まねばならないらしい。


「驚いたよ。……お前がこの街へ戻っているとはな」


 しわがれた声の主はおよそただものではない。

 場に漂う気配は幾度も血をすすった刃のように鋭く、妖しいものがあり、くるぶしから膝までを蛇に絞められるような居心地の悪さに汗が浮かぶ。


「……か……っ」


 声が出ない。

 緊張か、恐れか。

 濃密な気配に飲み込まれそうだ。


 衣服と同じに真っ白なフードですっぽりと覆われた顏をこちらへ向けた。正体はやはり掴めない。人間……だろうか。種族の判別に二の足を踏んでいると刺客が剣を抜いた。反りのある片刃の剣。東方の『カタナ』に似ている。


「お前に盾は必要ない。お前は自分で自分の首と才を潰したのだ。……安心しろ、私がまた教え込んでやる。かつてそうしたように、死の淵まで何度も何度も追いこんでな」


 剣先をわたしへ向ける。

 と、白コートが軽やかに跳躍し、白刃の煌めきがわたしの視界で輝いた。


「――フレデリック・フォンクラッド! ここで会ったが貴様の最期だ、死ねい!」





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