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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
三章『広がる青』
37/193

035 酒に戻りて


 冒険者として故郷を発ったわたしたち三人はひとつのルールを設けた。

 それは、『<マールウィンド連邦>領内を決して出ない』ということ。

 

 十六歳の誕生日を迎えるまでのおよそ一年間の冒険者生活。そのあいだは<マールウィンド>領内のおよそ五割を占める、大平原での活動に限定をした。


 わたしたちの暮らした<リムルの村>は、縦長の楕円形状をした大平原のほぼ南端にあり、壮麗な大都会として名高い連邦の首都、<ウィンドパリス>は最北端にある。旅馬車の御者や商人に話を聞いてみたところ、徒歩ではおよそ二ヵ月もあれば辿り着けるという話だった。勿論、片道の話だ。

 

「近いんだか遠いんだか分かんねえな」


 コルネリウスがマークとメモ書き足した羊皮紙の地図を睨みながらに言う。彼は『景気づけ』と称して、わざわざ路銀を使って果実を潰して作った清涼水を購入し、喉を潤していた。

 旅は始まったばかりだというのに早速の浪費。彼の金銭感覚は大丈夫なのだろうか。

 

「往復で四ヶ月だから遠いよ、コール。けど帰りは馬車でも使えばいいし、急いで首都へ行ってとんぼ返りをする必要は無いね」

「まずはどうしようか?」

「とりあえず、歩こう。いつも通っていた街じゃない、まるで違う道を進もう」


………………

…………

……

 

 旅立ちから四ヶ月。冒険者への登録や、辿り着いた街々での依頼をこなしている内に予定の日程から随分と遅れてしまっていた。

 現在のわたしたちは連邦の首都に程近い<ドーリンの街>の酒場に居る。面白いことに、平原を北へ進むにつれて街並みは均整の取れた、言うなれば洒落た外観に変わっていった。

 この<ドーリン>は地図の上では連邦首都<ウィンドパリス>まで三つ手前の街である。赤レンガを基調とした街のデザインはバランスがよく取れていて非常に美しいものだ。また、富裕層と貧民層では住居区画が明確に区分をされており、人口の多さの証左でもあるだろう。


 白い外壁と赤い屋根で統一された大通り。道の左右に軒を連ねる大邸宅を見上げてビヨンが感嘆のため息を吐く。

 

「すごいねえ、うちらの村って何だったんだろうね」


 同感。

 

「なんつうか、まさに都会って感じだよな。俺らの故郷は文明に置いていかれてたんじゃないかって気がするぜ。着てる服も洒落てるしよ」


 それにも同感。

 わたしたちは立派なおのぼりさん(・・・・・・)というわけだ。


「あんまりじろじろ眺めてると連邦騎士が飛んでくるよ。駆け出しの冒険者を見る目はあまり良くないんだから、変な行動はやめておこう」

「了解了解。じゃ、酒場に行こうぜ」





 盛り場の代表格である酒場と冒険者という職は縁が深い。

 無数のウワサ、金目の話、多くの人出。

 酒場で飛び交う情報を冒険者が買い、情報をもとに宝を入手し、商人へ宝を売る。

 古い黄金律であり、今なお通用する流れだ。

 

 しかし、昨今は少々事情が異なる。

 人口が膨れ上がった冒険者を管理する為に<冒険者ギルド>が興り、各国に立ちあがったギルドと国は結びつき、人々は困りごとや頼みごとを国家ごとの騎士や憲兵ではなく、手数料はかかるがその分仕事が早い、ギルド傘下の酒場に<依頼クエスト>という形で提出をするようになった。

 かつて、情報屋と冒険者の個人間でのみ通用していた流れが大衆のものに変化をしたのだ。

 依頼を提出した際に手数料として支払う金は、報酬金としてギルドに認可をされた酒場が預かり、経費諸々で引かれた金額を報酬として冒険者に渡される。


 冒険者はよく金を回す。

 酒、女、飯は勿論のこと、武具の手入れや道具の購入。科学者や魔法使いならば研究資金に魔法書。使い道は立場と目的によって多岐にわたる。

 

 現代の金の流れはそこにあった。

 富・名声・栄誉。夢に満ちた職業である冒険者は、今や空前絶後の人気を博しており、わたしたちも多分に漏れずに登録をした次第である。

 

 

 酒とタバコの匂いが染み着いた、古いがしかし、無性に人を惹き付ける活気と魅力のある酒場の熱にはもうすっかり慣れたものだった。

 駆け出しのわたしたちが請けることの出来る依頼はそう多くはない。つまらない仕事が大半であり、報酬もやはり少なかったが、千里の道も一歩から。出来ることからコツコツと進めるのだ。それに何より、働かなければ食事にありつけない。


 わたしは依頼が山と貼られた掲示板オーダーボードより自分たちに見合った内容を手当たり次第に掴み取り、仲間の待つテーブルへと戻った。

 

………………

…………

……


「ただいま。僕たちで請けられる依頼を選んできたよ。手当たり次第だから内容はあんまり覚えてない……けど……」


 わたしは右手いっぱいに握り締めた依頼書を丸卓の上にばさりと置いた。

 オーダーボードに貼られていた無数の依頼をわたしがのぞきに行っているあいだに、テーブル上の皿はその枚数を随分と増やしていた。残念なことに、すべてが空皿だったが。

 少しだけ肉の残っている骨をつまみ、肉片をかじる。……何の味もせず、むなしさが募った。


 旅の仲間のひとりであり、幼少の頃からの知人。

 ビヨン・オルトーが助けを求める顏でわたしを見た。よっぽど困り果てたらしくその眉根は下がり、半開きの口はわなわなと震えている。


「ユーリくん!」


 酒場のにぎわいに声をかき消されまいとしてビヨンが声を張る。

 彼女の要件はだいたい分かっているし、わたしの見当は正解だろう。いつものことだ。

 

「どうしたの?」 ひもじい気持ちのまま、わたしは手に持った骨を皿に戻した。

「またコールくんが無茶な注文してるんだよ! いくら口やかましくギャンギャン注意しても、うちの言うことなんてもう全然聞きやしないの。ねえ、もういい加減矯正しよう? 調教した方がいいよ、絶対」

「調教って、またそんな。コールは獣じゃなくて人間だよ」

「欲望に忠実で自制が効かない人は獣だって師匠が言ってたよ!」


 わたしと同様に十五歳へと成長したビヨンだが、大人びた外見はまだまだ無く、あどけない顏やちんまりとした体格は少女然としている。

 顏には愛嬌の良さが浮かんでいて、その緑色の瞳には知性と深慮をたたえた落ち着きがうかがえる。魔法の師であるイルミナ・クラドリン譲りの時折見せる不穏な言動だけが玉に瑕だったが、良いものを得れば悪いものも得る好例ということで、今現在のわたしは諦めている。

 

「イルミナかあ……、あの人、おとなしい顔して過激派だから真似しない方がいいよ。ねえ、コールも何か言ったら? 人間扱いされてないよ」


 笑いを隠さずに話の先を親友の男へと向ける。と、視線の先に居るコルネリウスの姿を見て今回はただ事では無いのだなと悟った。


「よお~お! 戻ったか、相棒! 待ってたぜ、おいおいおい! 調子はどうだよ!」


 コルネリウスがこめかみを抑えながら身を起こす。重心が定まらないらしく、長身を左右にぐらぐら揺らし、今にも机にどかりと突っ伏しそうで見る目に危なっかしい。

 

「目がすわってる。この人いったい何杯飲んだの?」


 机の上に樽ジョッキはひとつも見当たらない。

 わたしは酔っ払いと視線を合わせないようにし、ビヨンに問いかけた。

 

「十杯……うち、止めたんだよ……」


 ビヨンが金の工面が出来なくなったような絶望的な顔で言う。

 悩んだらこれ! とオススメされている『マールビール』。

 メニュー表によるとその金額は銀貨五枚。十杯を飲んだというので、銀貨五十枚。

 

「ウソでしょう?」

「大マジメだよ!」

 

 絶句した。

 わたしたちがこなせるようなランクの依頼の報酬額は、銀貨五枚から二十枚が相場であり、それだって即日でこなせる内容とそうでない内容がある。無論、額の良い依頼は数日がかりの仕事になる。


 机の上には、今や何が載っていたのかまるで定かではない大皿が七枚はある。

 今日の出費はハッキリ言って洒落にならない。

 直前にこなした仕事は一週もかかった大仕事であり、その分報酬は非常にウマいものであったが、プラスの収入分はコルネリウスの胃袋にどうやら消えてしまったことは間違いない。

 

「中々酒の趣味がいいみたいだね」


 呆然とした気持ちでメニュー表を眺めながらにわたしは言った。

 赤ら顔のコルネリウスは、さぞや天にも昇る気分で酩酊しているのだろう。「あいじょうぶあいじょうぶ」とモゴモゴと何かを口にしているが、ろれつがまるで回っていないので意味がさっぱり分からなかった。


「いくらお金が無いからって、道端で摘んだ正体不明の雑草を煮詰めたスープは飲みたくないよ……」

「同感、あれはもう本当に最悪だった。あの最悪な鍋を食べようって言い出したのは……?」

「「……」」


 わたしとビヨンは無言のままに、気持ちよさげな面をした男を見る。

 盛大なため息を吐きながらにビヨンがその体を突っ伏した。倒れた拍子に、彼女が握っていた羽ペンが家計簿代わりの無地のノートに黒い一本線を引く。


「よお、相棒」


 大酒飲みかつ、金銭感覚が手抜き工事の家並に緩い酔っ払いがわたしを呼ぶ。


「なに?」

「実はな、俺は物凄い発見をしたんだ。すごいぜ? お前も絶対に歓声を上げる」

「それはそれは」


 わたしは酔っ払いに取り合わなかった。

 脳みそを一回転もさせない気の無い返事を口にしながらにメニュー表をながめる。こういった酔っ払い相手にはどんな返事でも構わないのだ。「あー」だとか「うー」なんて適当極まりない返事でも、何かしらのリアクションがあれば彼らは勝手に喜び、勝手に喋り続ける。


 さて、何を頼もうか。金が無いのは分かっているが、空腹に対処をしないと浮かぶ作も思いつかない。やや高額の肉料理に目をつけ、よしこれにしようと心に決めた時、体を突っ伏したままのビヨンが「安いのにしてね」と鋭く言った。

 ……心理系の魔法の心得は無かったはずだが、どうして分かったのだろう。

 

「つれねえ返事だな。ま、見りゃわかる。おーい! 店員さんよぉ!」


 赤ら顔の親友が店員を呼ぶ。

 しまった、これ以上の無茶な注文は断固阻止しなくてはならない。

 間違いで呼んだと店員に言わねば。そう覚悟を決めたわたしのテーブルのもとに現れたのは、珍しいことにエルフ族の女性店員だった。ここは多種多様な種族が入り乱れる酒場だったが、エルフの数は決して多くはない。本来は森と共に生きる彼らエルフ族が、人間で溢れる都会に居るのは珍しい事例であった。

 彼女は特徴的な長い耳をもち、憂慮げで儚い表情をしている。小脇に抱えた会計紙の束を挟んだボードを手に取り、「ご注文は?」と彼女は言った。

 

「ビールをジョッキで二つ」

「ちょっと!」 跳び起きたビヨンが声も高らかに叫ぶ。

「なあ、相棒。……すごいだろ?」


 突っ込みを意に介さないコルネリウスが下卑た視線をエルフに送り、続けてわたしを見た。


「何で勝手に追加を頼んでんのよ! あの、すみません。今の注文を無しにすることって……無理? はい……そうですよね……」


 まったく、二枚目が台無しだ。

 心の中でやれやれと溜息を吐いたが、わたしもエルフの女の顔に張りついた陰鬱な影にはおよそ似合わない、自己主張の激しい体の部位に興味を強く惹かれた。

 

 わたしは平静を装うフリをして水の注がれたコップに口をつけた。エルフの店員の体を観察し、続けてビヨンの体へと目線をやる。

 なるほど、確かにすごい(・・・)

 

「これは宝だね。そうそう拝めるもんじゃない」


 彼女から視線をはずさずにわたしは言った。

 

「え? どこ見て……。もうっ! ほんとに! どこ見て言ってるのよ! はあ、二人とも燃やしちゃおうかな……」


 おどしではない発言がビヨンの口から飛び出す。慌てて見ると彼女もまた目が据わっていた。昨今の彼女は『やる』と言ったら『必ずやる』性格を獲得していることを、わたしは身を持って知っている。


「さっ! 冗談はこの辺りにして仕事の話をしよう。お金を稼がなきゃね!」

 

 話題を切り替えるつもりで平手を打ち、わたしは続けてコルネリウスへ向けて手の平をかざす。すると彼の体を淡い光がぼんやりと包む。酔い醒ましの魔法だ。といっても解毒の応用だが。


 彼の赤ら顔がみるみるうちに元の顔色へと戻っていく。

 天井につるされた暖色照明の明かりではっきりとは分からないが、とろんとしていた目がすっきりとしたものに戻っているのを見るに、彼は正気に戻ったのだろう。

 これは余談であるが彼はこの酔い醒ましを嫌っていた。酒好きのコルネリウス曰く、せっかくの良い気分が抜けるとのこと。

 

「いい気分だったんだがなあ」 目をこすりながらにコルネリウスが言う。

「メニューは取り上げ! はい、没収です。もう絶対注文しないでよね!」

「分かった、分かったよ。おい、これ全部依頼書か? 随分たくさん持ってきたな」

「大きな街だと依頼の量も桁違いだから面食らったよ。とりあえず、僕たちのランクで請けられそうなのを持ってきた。さっきも言ったけど内容はあんまり確かめてないからね。一緒に見よう」


 ビヨンが依頼書の束をまとめ、全員の視線が彼女の手元に集まる。

 まずは一番上の一枚目。

 

「古代魚の捕獲。山奥の泉まで出張って釣って来いってさ」

「パスだ。地味過ぎるぜ」

「堅実でいいと思うけど。でも何日かかるか分からない内容で銀貨十枚……この報酬額は少ないね」

「そうか?」

「今のうちらは金欠寸前なの。こつこつ稼ぐのもいいけど、当分は火の車だし余裕は生まれないよ」


 きょとんとする顏で言うコルネリウスに向け、ビヨンが口をとがらせ言った。あまり責めても仕方がない。悪気があってやっているわけではないのだ。


「あとは犬の散歩に遺留品の回収。化け猫の世話。化け猫!?」

「写真があるよ。飼い主のおじさんより二倍は大きいね」

「こりゃあもう魔物のサイズだろ」

「さあ……。違法ペットだったりして」


 それからも残る依頼書を次々にめくって互いに言い合ったが、全員の賛成を得られる内容の仕事はわたしが持ってきた束の中には無かった。


 と、テーブルに運ばれてきたるは二杯のビール。酩酊していたコルネリウスが頼み、ビヨンがキャンセルを口にしたものの受理をされず、結果として余計な出費となった、なんとも口をつけがたい心情にさせる酒を見つめながらにわたしは思案する。


 霧が現われでもすれば、市民の護衛という名目の下で剣を振るい、防衛の報酬としていくらかの金銭を貰えるのだが、それこそ運頼みというものだ。それに霧の出現を望むなど口を裂けても往来では言えない。


「埒があかねえな」 酒を飲み干し、そう言ったのはコルネリウスだった。

「はあ……どうするつもりなのよ」

「そんな責める目をすんなって! 掲示板まで見にいこうぜ。注文もしねえで座ってるのもなんだろ?」

「僕は賛成。じゃ、行こうか。伝票は……」

「うちが持つ。お財布係だし……」

「……あー、ごめんね?」 彼女のねめつける視線に、わたしは頭を下げた。



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