閑話002 アーデルロールの手紙
みなさん、こんにちは。私の予想が正しければ、この手紙がそちらに届くのはお昼の頃だと思うので、この挨拶できっと間違いないと思います。
突然の手紙で驚いたでしょうか?
ルヴェルタリアへ帰る前日、みなさんを前にして挨拶はしたけれど、どうしても素直な言葉を口にすることが出来なかったので、あの時に言えなかった気持ちと感謝を伝えようと考え、こうして筆を取ることに決めました。
お恥ずかしい話だという自覚はあるのですが、私は私的な手紙を誰かへ送ったことが一度もありません。
もし、私が民間の学校へ通う身分であったなら、授業のあいだに教師の目を盗み、こっそりと手紙を回して内緒話を楽しむような機会もあったのでしょうが(ビヨンやミリアちゃんの学校の話を聞いて、私はすごく羨ましかったよ。いいなあ、って憧れちゃった)、私の環境……城に居る先生たちはそういった遊びを決して許してはくれません。
時間を見てこっそりと書き進めているこの手紙も、先生に見つかったらきっと取り上げられて『なにをふざけているのですか』とか『なっておりません!』なんて叱られた上に破かれてしまうに違いありません。
そのぐらいにお堅いのです。
同じ十月だというのに、こちらはもうすっかり真冬です。といってもルヴェルタリア王国のあるイリル大陸は一年のほとんどが冬なので仕方のないことなのだけれど。
そちらで過ごしていた穏やかな夏の日々が今はとても懐かしいです。信じられないぐらいに暑かったけれど、こちらの大陸では決して見れないような緑の森と夏の青空を私はきっと忘れないでしょう。
この文章は弟のヴィルヘルムに見てもらいながら書いています。時折、アリシアムお姉さまも見に来ます。私がこそこそと書いているのを見てお姉さまは気になって仕方がないみたいです。
弟のヴィルは私より二つも下だというのに、私よりもずっと賢くて、内心では面目ないなあなんて思うこともよくあります(例えば今のような)。ヴィルは『姉上の思うままに書けばいいのですよ』と簡単そうに言うけれど、私にとって手紙というのはやっぱりとても難しいものです。
文章の運びや言葉の選びがチグハグだとしてもそれは仕方のないことだし、どうか大目に見てくれるといいなあと思います(ヴィルはあまり真剣にチェックする気がないみたいなので。あとで懲らしめなきゃ)。
気持ちをちゃんと伝えられるかは不安ですが、頑張って書き進めてみたいと思います。
前置きが長くなってしまってごめんなさい。
読み終わった後、この手紙を大事に取っておいてもらえると私はとてもうれしいです。
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最初に、ビヨン・オルトー様。
初めて会ったのはフォンクラッドの家の前でのことでしたね。あの時はつっけんどんな態度を取ってしまってごめんなさい。私はアリシアムお姉さま以外に同年代の女の子と会ったことがほとんど無くって、どう接していいのか分からずにジロジロとあなたを見てしまいました。
私は目つきが鋭いものだから、あなたを怖がらせてしまったかもしれません(コルネリウスの後ろに隠れていたからきっと怖かったんだよね)。
あんな出会い方だったけれど、私はどうにかしてあなたと友達になりたいと思い、あなたを半ば無理矢理にリブルスで滞在しているあいだに利用をしていたコテージへ連れて行きました。覚えているでしょうか?
他人を遊びに誘うことが全くの初めての経験だった私はあのとき、本当に心臓が爆発するみたいに緊張をしていました。メイドをはじめとした従者たちは私の様子がおかしいことにすぐに気がついたみたいで、安心させるための言葉をたくさん掛けてくれました。けど、当の私は本当にそれどころじゃなかったのです。
頭の中は真っ白になっていて、自分が何を話していて何を口に運んでいるか分からないぐらい! するとメイドたちはフォローを始めました。お部屋の飾り付けにお茶菓子の用意まで。そんなにしなくていいよ、って言ったのに『アルル様がお友達と遊ぶなんて初めてのことですから特別気合いを入れないと!』なんて言って……もしかして私より張り切っていたのかも知れません。
だからあなたやミリアちゃんが大喜びの顔を見せてくれたのはすごく嬉しかった。けど、やっぱり自分の力だけであなたたちを招いたパーティをもう一度してみたいな、なんて内心で思っています。
どうかルヴェルタリアに一度遊びにいらしてください。その時はお城の中を隅々まで案内します。本当に、約束だよ。
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コルネリウス・ヴィッケバイン様へ。
まず、初対面から模擬とはいえ戦うことになってしまってごめんなさい。思い返すと私の物言いもひどいものでしたが、あなたの発言はやはりどう取っても挑発以外の何者でもなかったと思います。
言い訳をさせてもらうと、ルヴェルタリアの騎士らのあいだには『売られた喧嘩は財産を売り払ってでも買え』という言葉があり、私は北に生まれた人間として伝統に倣ったまでのことなのです(今この手紙で正直に言えば、私は相当に楽しんでいました)。
戦いのあと、いい汗をかきながらに初夏の風を楽しんでいると『これはまずいことをしたぞ』と思い、すぐに一言謝ろうとしたのですが、当のあなたはといえば顔と体のあちこちに青あざを作ったままでさっさと立ち去ってしまい、これでは友達になれないじゃないかと内心で非常に焦りました。勿論、反省もです。
けれどそれ以降のあなたはといえば、何事もなかったかのようにケロリとしていて、どころか私をまるで旧知の友人であるかのように接してくれて、私はすごく嬉しかったです。本当にありがとう。あなたのその性格はきっと良い縁を呼ぶに違いないと信じています。
私もこの口と言葉遣いはいつか直さねばならないな、なんて考えてはいるのですが
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(グチャグチャとした修正の跡が続いている……)
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コルネリウス様、あなたは偉大な戦士になるのが夢だと口癖のように語っていましたね。あなたのそれがただ言葉に乗せるだけの理想ではなく、実現をさせるために日夜努力をしていることを私は知っています。
実は夜の森で散歩をしていた時に、あなたが月明かりの射す森の中でたったひとり稽古に励んでいるのを私は見たことがあるのです。それも一度ではなく、何度も。
今の理想と努力を忘れずに日々を生きれば、きっとその力は実を結ぶでしょう。遠いイリルの大地からあなたの夢の成就を願っています。
……ただし、肉体の鍛錬も良いですが、魔法の勉強も必ずしてください。
本や魔法をどうしてそこまで毛嫌いするのか。私にはいくら考えてもその理由がさっぱり分かりませんが、最低でも身体の頑強さを高める技能だけは覚えてください。死んでは元も子もないというのは動物でも分かるような常識だからです。それに、怪我ばかりをしていてはユリウスやビヨンに迷惑をかけてしまいますよ。
いつか成長し、立派な戦士となったあなたとまた技を競う日が来ることを心待ちにしています。あ、もし将来就職に困ったらルヴェルタリアの騎士の口を紹介するので、気軽に来てください。生と死の紙一重の、人によってはしんどい職場みたいですけどコルネリウスには合う気がします。
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最後に、ユリウス・フォンクラッド様。
あなたとは多くの時間を語らい、深く、長い別れの挨拶をすることが出来ました。夏の残り香のする泉で話したあの時間は、私がそちらで得た宝物のひとつです。
(二人っきりだったのは内緒にしておきたかったけど、やっぱり書いちゃった。ごめんね。皆に(特にコルネリウスかな?)何があったんだって突っ込まれたら適当にはぐらかしておいてね。木の実を拾ってたとかどう?)
この手紙の中であなたに伝えるべき言葉はそう多くはありません。
決して無理をせず、健やかに生きてください。
あなたの剣には確かな伸び代が眠っているように感じました。日々鍛錬を怠らなければ、きっと父であるフレデリックさんのように鋭いものへと昇華するでしょう。
どうかその強い力は、弱きを助け、霧と魔を払うために振るって下さい。
いつか再会を果たすその日までどうか、私との誓いを胸に。
最後に……私が愛する言葉を、私の騎士であるあなたへ贈ります。
『人生に、色を。』
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滞在のあいだ、皆さまには本当にお世話になりました。
私は夏の青さと美しさを、友の愛と絆を知れて本当に実りのある時間を得ることが出来ました。
ここに今一度感謝を伝えたいと思います。
それではみなさん、どうか健やかに。日々に輝きと色のあらんことを。
アーデルロール・ロイアラート・ルヴェルタリア
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「で、王女と何してたんだよ、お前?」
「……木の実を拾ってた」
「ユーリくんの嘘つき! もう、ほんっとバカ!」
☻次話より三章となります☻




