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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
九章『溶鉄の炎髭王』
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閑話004 蛇みたいな男の話


 遠距離通信ってものはバカ高い。


 なにせ30分使用するだけで一週間分の食費が飛ぶのだ。

 しかも料金は相手が出ても出なくっても発生する。

 一部の魔導技術者とそれを取り扱う商会連中しか喜ばない、こんな料金設定、一体どこのどいつが考えやがったんだ? 銭ゲバめ。


 便利じゃあるがあんまりに高いもんだから普通の連中は利用しない。

 相手と連絡を取りたければ手紙をしたため、郵便屋なり鳥なり竜騎士なりに頼めばいいだけだからな。

 時間はかかるが、星の裏側にだってほぼ確実に届けてくれる。いや、くれた(・・・)

 

 通常の連絡手段が有用だったのは以前ならの話だ。今のご時世はそうもいかない。

 なにせルヴェルタリアの連中が押さえ込んでた霧が〝大穴〟から噴き出してから向こう、世の中はだいぶ変わっちまったからだ。


 まず、あちこちに濃霧が湧くせいで安全な街道なんてもんはほとんど無くなり、陸路を往く郵便屋が封じられた。


 鳥の類もだめだ。いくつも出したが返ってきた試しがない。

 おおかたどこかの濃霧に入った途端に食べられてるんだろう。


 航路や空路はどうだろうかとおれは考えたが、どうやらこいつも良くない。


 今居る南方大陸(リブルス)から西のローレリア大陸までは大洋を渡る必要があるのだが、海では島ほどもある大きなバケモノが船を飲み込むようになったのだという。

 ってことは何度か船で出したおれの手紙は今頃海の底かバケモノの腹ん中だ。

 

 そんでもって空路だ。

 空を往く場合は中央列島の大公国を経由すればいいんだが、どうにも今一番ヤバい土地であるイリル大陸の上空を掠めるなり近づくなりすると、なにやら正体不明の力で墜とされると報告が来ている。

 南をまわるルートは昔っから飛竜の類が狂っちまうので候補にすら上がらない。


 打つ手なし。

 つまりまともな手段じゃ大陸の向こうにいる相手とは連絡がとれないのだ。


 だからよっぽどの火急の用か、連絡を取らなきゃ遠くの相手に呪い殺されるような状況の人間だけは目ん玉を剥くような金額をはらって遠距離通信を泣く泣く利用する。例えば自分のような。


「通信術者をひとり頼む」


 窓口に立つおっさんに声を掛け、そいつが面倒くさそうに了承の頷きを返す。

 懐への入りは随分良いようでアゴと腹にはたっぷりと肉が付いていた。

 

「儲かってそうだな?」

「それなりに。3番の部屋へどうぞ、術者が待機しています」

「あいよ。切った張ったの仕事じゃなくってこっちの業者になりゃ良かったぜ、全く」


 廊下を渡り、3番の扉に入ると儀式じみた内装の部屋と黒い姿が出迎えた。


「さて……」


 通信術者っていうやつはどいつもこいつも似た服を着ている。

 頭にかぶったベールで顔を覆い、さらに黒いローブで全身を隠している。


 額にかけた水晶の輪は集中力を高めるための触媒らしいが、効果の程は実際どうなんだかな。見たとこ大した品じゃなさそうだが。


「呼び出し先をどうぞ」


 鈴を転がしたような声がそう言った。

 おれは黒子に向けて呼び出したい相手の所在と名前を口にする。

 けったくそ悪い相手だが給料を寄越してくれているあいだは仕事をしなきゃいけない。


「あの……そのお名前と場所は……」


 通信術者が言い淀んだ。表情は見えないが、もし見えるなら『これは自分の独断では決められない』と言いたげな顔をしているだろう。


「いいから通信かけろ。問題ない」

「でも……」

「いいから」


 悪いことをしたな、と思いつつこの後に渡すチップの計算をしながら通信がつながるのを待つ。30秒。1分。3分。もう今日の昼飯代が飛んだ。

 ややあって、


「繋がりました。発声します」

「頼む」


 通信術者の身体がびくびくと跳ねると雰囲気が一変した。

 誰が名付けたんだか知らないが、おれからすればこれは通信じゃなくて降霊に近いように思えてならない。


「メルウェンか?」


 硬質な声が黒子の喉から発せられた。

 一瞬前までの柔和なそれではなく、自分の道を譲らぬ、邪魔する者は皆殺しと決めた強い意思を持つ声だ。


「ああ、おれだよ」


「話は手短にいこう。

 お前に与えていた任務が更新された。その内容を伝える。

 記録の用意は?」


「準備万端だ。脳に刻むよ」


「アーデルロール・ロイアラート・ルヴェルタリアは分かるな。

 レオニダスの孫娘だ。

 彼女から〝聖剣〟を奪い、<神聖国>へ持ち帰れ。生死は問わない」


「了解だ」

「理由は訊かないでいいのか?」


「いらないね。居場所はどこなんだ」

「<ファイデン竜王国>だ。

 やり方はお前に任せる。では頼んだぞ、左方騎士団・副長殿」


 通信はそれで終わった。

 術者の声は戻り、チップを渡すとおびえていた態度も戻る。


 施設を出る際には窓口のおっさんに礼の言葉だけを放り、物理的な物は何もくれてやらなかった。男に良くする趣味はないからな。


 そうして適当な公園まで歩いてベンチに腰を落ち着けた。

 伝票やらペンやら適当に放り込んでいたポケットから煙草を取り出し、火をともすと紫煙をくゆらせる。


「……アーデルロール・ロイアラート・ルヴェルタリアか。

 何の因果か、あの娘のそばにゃあユリウスの野郎が居たな。

 今は15歳? 16歳?

 どっちだっていいが成長期もど真ん中だ。

 修羅場を越えて強くなってんだろうなぁ……面倒くせえ。

 ナイフだけで正面から挑むのは上手くねえや。スカウトらしく絡め手でいくか」


 せめて長剣を握れない呪いさえ解けりゃあどうにかなるんだが、と悩みの種を口の中で転がすと部下が通りの向こうから走ってくるのが見えた。


 今しがた通信した方の仕事じゃない、他の稼業でつるんだ部下だ。

 ほどほどに人が良く、欲張りで俗っぽく、自主的に犯罪行為に手を染めたことがある。


 そのうえなかなかの生存本能の持ち主ときた。

 こういう奴は使い勝手が良いから重宝する。

 自分の命が危なくなったと言葉でいじめてやれば大体のことは倫理を無視してやってくれるからだ。


「アニキ~!」


 フレデリックも同じようにおれのことを呼んでいたが、あいつの爽やかな挨拶に比べるとこいつのはどうにもねちっこい。


「大変っすよ!」

「お前の『大変』は目ぇつけてた女に金を持ち逃げされたとかだろ?」

「違うっすよ! 仕事の話っす!」

「どうせ大したこたねえだろうが言ってみろ」


 期待しないで聞いてみれば、なるほど確かに『大変』だ。


 まず第一に冒険者ギルドが再編された。

 なんでも霧の脅威に対抗できる遺跡を使用するに際して、名前? 概念? をその遺跡があった頃の大昔に戻さなきゃいけなかったんだと。

 新しい名称は≪連盟(ユニオン)≫というらしい。


 おれは冒険者ギルドじゃ結構上の等級だったが、再編の暁にはどうなることやらだ。

 というかよくそんな話が通ったな。


 自分が知ってる限りのお偉いさん連中は、互いに協力するような性格じゃなかったはずだが一体どんな裏があるんだか、と想像する。

 まさか字面通りに一致団結して霧を乗り越えよう! なんて綺麗な話なのか?

 思わず笑う。子供ならともかく、金で絆を結ぶ人間同士でそんなことがあるわけねえ。


「集団洗脳でもされたか? ふっははは」

「どうしたんすか?」

「いや独り言。つづけてくれ」


 それから第二の『大変』な話。

 アーデルロールのやつが霧を払ってやるぞと大勢の前で息巻いたのだと。

 これを聞いた途端、さっきの通信で賜った話と自分がこれまで集めてきた情報が一本の線でつながった、と直感した。


 そりゃ<神聖国>の連中が〝聖剣〟を奪おうと乗り出すわけだ。


 あいつらは元々ルヴェルタリアを嫌っていた。

 血を流す争いだって一度や二度じゃない。山ほどある。


 神聖国は、人の手に〝聖剣〟があることを良しとしていなかった。

 未だに神様連中と限定的にだが繋がれる手段を持つあいつらは、〝聖剣〟を触媒にして新しい英雄を呼ぼうとしているのだ。


 その人物をどうするかは知らないが、今のご時世としちゃあ霧を払わせるんだろう。

 用が済んだら天よりの使者だのなんだのと祭り上げるに違いない。


 先代のレオニダスのジジイが持っているあいだは〝聖剣〟自体が万全の状態だったうえに、所有者がでたらめに強いことも重なって奪取ができなかった。

 あんなのを確実にどうにかするには〝ウル〟を出すしかないからな。


 かと言って契約の光を失った後では利用価値は無し。


 しかし今はアーデルロールが剣の光をいくつか取り戻しちまった。

 守りは弱く、神様とつながるための触媒価値を得た状態。

 そのうえ使い手はまだ未熟ときた。<神聖国>からすりゃあ垂涎ものだ。


「こりゃマジに()れるかもな」

「アニキ?」

「いやこっちの話だ」

「今日はいつにも増して頭がおかしいっすねえ」

「ぶっ飛ばすぞオイ」


 取り巻き連中……特に〝王狼〟さえどうにか出来れば奪取の勝算は高い。

 現地の人間を金で釣ってどうにか上手い手を考えるか。


「それでこれがとっておきなんですけどね。

 ファイデン竜王国にあるらしいですよ、解呪の結晶!」


 普段は糸目で目を開けているんだかいないんだか分からない、と言われるおれだがこの時ばかりは流石に両目をかっ開いた。


「そりゃマジな話なのか? 適当だったら猫耳をもぎるぞ」

「本当っす! 良かったっすね! これで剣を握れるようになるっすよ!」


 ああ、そうだな。とたまらず口元がニヤついた。

 長剣を握れるようになれば、かつて学んだ〝迅閃〟の技も扱える。


「あんまり気乗りしてなかったがよ……行くか、ファイデンに」


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