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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
九章『溶鉄の炎髭王』
169/193

165. 偽名の道連れ

「王の客とあらば相応の身なりをせねばなりませんぞ。

 見れば皆さまは自由気ままな旅人の出で立ち。

『郷に入っては郷に従え』という言葉をご存知ですかな?

 窮屈かとは思いますがヴィントゴアの作法に従っていただきます。

 しばしご辛抱を」


 前後を大勢のドワーフに挟まれたまま、わたしたちは王城の鉄板張りの通路をぞろぞろと行列を成して移動した。


 物珍しいのか、あちこちの部屋――食堂や備品保管所、鍛冶場など――の扉を開けてずんぐりとしつつもガッチリの筋肉のついたドワーフたちが覗いてくる。


 なんとなくだが、城に居るドワーフにはいくつかの種類がある気がした。


 まずは金槌を握り、不燃革製のエプロンを着た鍛冶人だ。

 王の間で見た彼らは王の号令によって炎に身を変えたが、様子をうかがってくるこのドワーフたちはどうなのだろう?


 もじゃもじゃとした眉毛の下で目を丸くして見上げる彼らはどうしたって生きている亜人にしか見えなかった。


「ここから先は男性と女性とで別れてご案内いたします」


 行列の先頭を歩き、ペースリーダーを務めていたドワーフがくるりと振り返ってそう言った。

 片目に丸眼鏡を掛け、糊の効いたシャツを着こみ、そのうえ首元までボタンはきっちり止めている。


 わたしの知るそれとはいくらか風体は違ったが、白と黒のメリハリがついたその装いに袖を通した姿は執事であった。


「失礼」


 そう言ってドワーフ執事の一名――女性だった――は背伸びをするとビヨンの頭に乗っかっていた鍔広の魔法使い帽子を手に取った。


 そういえば旅の始まりにはピンと張っていた鍔の先が今ではくったりと垂れている。手入れをしているのをたまに見ていたが、面倒が届き切っていなかったのかもしれない。


「え、え、え、え!? うちの帽子を何故取るんです!?」

 

 ぱちくりと目を開いてビヨンが言った。

 素早く帽子を取り返そうとするがドワーフの淑女の方が動きが早い。


 ビヨンはぴょんぴょんと飛び跳ねて帽子を取り戻そうと手を振った。

 しかし淑女には届かない。ローブの裾から伸びる白い手がすかっと空を切ると、


「それほどに大事な品なのですか?」


 淑女は小首をかしげてそう訊いた。

 問われてビヨンは両手でつくった拳を強く握り込み、ここは熱意を伝えねばならんと気合を籠めて、


「とてもかなり相当めっちゃ大事です!」


 ビヨンの熱はきちんと伝わったらしい。

 淑女は口角を上げた三日月型の微笑みを浮かべると「承知しました」と言い、


「では、しっかりとお直しをしてお返しします。

 大事なお帽子であるのなら、細かい痛みや先端の曲がりなど整えなくてはいけませんからね。

 長持ちするよう私どもが誠心誠意、修繕させていただきます」


「あ、そ、そうだったんですか?」


 エメラルドグリーンの色をした瞳を丸く見開いてビヨンが言う。

 所在なさげに外側へおおきく跳ねている横髪のくせ毛部分を指でいじくり、恥ずかし気に顔を赤らめながら彼女は言った。


「てっきりぼろっちくて城に相応しくないから没収されるかと思っちゃった。

 よ、よろしくお願いします!」


 一方でアーデルロールの喉からは「ぎゃおおーっ!?」と悲鳴がほとばしった。

 何が起こったんだと視線を向けると、複数のドワーフがルヴェルタリアの姫君を囲ってわちゃわちゃとひしめいている。


 どんどんと飛び出てくる悲鳴と文句の内容をよく聞いてみると、彼女の担当となったらしいドワーフたちは、アーデルロールの若草色の髪に触れるばかりかトレードマークのポニーテールを作っていた髪留めを力づくで外したらしい。


 実際わたしやビヨンがやったらどうなるかは知らなかったが、彼女の性格をある程度把握してる立場からすれば命知らずという他なかった。

 よもや乱闘になるかと思ったが、ギュスターヴが割り込まずにただ爆笑している様子を見るに心配は無用のようだ。



「男性はこちらへ」と、すぐ隣の賑わいをまるで別の世界のことのように無視をしながらドワーフの男が言った。良く通る澄んだ声だった。


 彼はコルネリウスとギュスターヴの二人へ深く一礼をし、


「そこの背の高い殿方とそこそこ背の高い殿方はあちらへ」と、そう誘導した。


「じゃあまた後でな」


 金髪の友(コルネリウス)が片手で軽く挨拶をして去っていく。

 彼はドルゲルバドル王が口にしていた女性がつく歓待を期待している様子だ。

 端正な顔の下半分がだらしなくなっているのを見れば一発で分かる。


 やや前のめりで歩くコルネリウスの背中をギュスターヴはその大きな手で一発張ってやり、それからわたしを振り返ると念を押すような語調でこう言った。


「折れた剣じゃ戦えねえだろう。折角だから良い品もらっとけ。

 お前の母親、リディアのやつなら貰えるもんは何でもかっぱらってくからな」


 そしてギュスターヴは幾人ものドワーフが見上げる視線をそのおおきな背丈で受け止めながら『エステルーム』と看板の下がった扉へ入っていった。


「黒髪の傷だらけの方。貴殿は私に続いてください」

「あ、はい。ん? ここは……『大浴場』?」


………………

…………

……


「うあああああーー~~ーーっ!!!?」


 どんな死者でもこれを感じれば現世に蘇るなり目が覚めるなりするだろうという、強烈な痛みだった。

 毛穴という毛穴に電流を流されたとでも言えばいいのか、とにかく脳までしびれる衝撃が全身を走った。


 どうしてこうなったのかを短く言おう。

 あっという間に脱衣させられたわたしは、大浴場の浴槽にたっぷりと溜められた湯の中に放り込まれた。


 ドワーフたちが使う浴槽のようで水深は浅かったが、とんでもない激痛を感じるとあまりのショックで足を滑らせ、わたしはそれに全身浸かってしまったのである。

 以上。


「痛みますか?」

「いばびばす(痛みます)!」


 水面からどうにか顔を上げようとバタつくわたしに向け、執事役のドワーフは至極冷静にそう言った。


「どんな痛みですか。

 沁みますか、痺れますか、刺すような痛みですか」

「全部です!」

「おお、それはそれは。

 効果がある証拠ですな。ふふふ」


 笑い声は聞こえど執事の顔はぴくりとも動かない。

 くそっ、目を開けてられない……なんなんだこの湯は。何が入ってるんだ。


「貴殿の身体には随分と傷が多い。なるほど、これでは染みましょうな。

 脚や腕、背中の傷も目立ちますが胸の傷は特に凄まじい。

 心臓が抉られていてもおかしくないほどだ」


 後ろで手を組み、上体を前へと傾けながら執事が言う。

 顔から感情は窺えないが興味深げな声音だった。

 注意して聴けば少しは機嫌が良さそうな声だったかもしれない。


「貴殿は痛みや死に耐性がおありで?」


 そんなわけがなかった。

 ある程度の痛みは無視できるし、多少の深手でも戦闘を続行できる自信はあったが死の耐性なんてありはしない。


「ははは。冗談です」


 例によって真顔である。


「さあ、これだけ浸かれば十分でしょう。

 ひと晩眠れば傷は塞がります」

「良かったです……」


 湯から身体を上げ、タオルで乱暴に髪や身体を拭うと差し出された楽な館内着に袖を通した。


「次にあなたがするべきことは武器の選定。

 その後には食事を摂り、十分な睡眠をもって回復していただきます」


 そうして次に連れられて行ったのは『重要武具保管庫』だった。

 名の通りにヴィントゴアで鍛えられた武具の数々が壁を飾っているかと思えばそんなことはなく、


「棚に本が並んでいるだけですね」


 壁と言う壁に並べられた棚は縦方向にもうずたかく積まれている。

 ここが武具保管庫とはにわかには信じがたかった。


 わたしのそんな疑念を察知したのか、


「特級の武具は特殊な方法で保管しています」


 執事が棚の縁を上から下へゆったりとなぞった。

 すると棚に収められていた書のいくつかが引っ込み、空いた空洞を埋めるようにして別の書が内側からせり出してきた。


 同じような動きがあちこちの棚で起き、まるで本には命があり、生活しているようにさえ思えた。


「並んでいる本はすべて武具の目録です。

 鍛造者と用いられた材料、くべた炎の名が記載されています」


 目録の背を手袋越しの指でなぞると、わたしへ背を向けたまま執事が問いかけてくる。


「貴殿の獲物は」

「えっ?」


「貴殿が戦いにおいて扱う武具の種類をお聞かせ願いたい」

「片手剣です。それと……盾を」


「盾の種類は何でしょうか。

 身を護るカイトシールドでしょうか。

 いくらか小型のヒーターシールドでしょうか。

 円形状であればホプロンやバックラーといった種類を取り揃えております。

 まさかタワーシールドが得手ですか? 体躯からは想像がつきませんが」


 やたらと早口だった。

 わたしは少しばかり面を喰らいながらも、自分はラウンドシールドを好み、目録にあるようなら品を見せて欲しいと答えた。


 ドワーフは背を向けたままで「ふふふ」とまたも笑い、


「承知しました。

 そう仰るかと思い、いくつか目星をつけておりました」


 いくつかの目録を棚から抜くとその書を彼は開いた。

 紙面には説明を受けていたように鍛造者の氏名と用いられた素材、くべた炎が記載されている。

 それから対象の品の絵……いや、写真が載っていた。


 中空に鈍色の波紋が前触れも無くあらわれると、その中心部分から盾が滲むようにゆっくりと出現する。


「こちらを手に取り、お試しください」


 言われるがままに内側のベルトに腕を通し、グリップを握る。

 すると大昔から使っていた品のように身体になじんだ。どころか全身が目覚め、力が腹の底から湧いてくるような気さえした。


 簡単に思いつく攻撃を空想し、防ごうと盾を上げ下げするわたしの様子を見て執事は満足そうにうなずいた。


 既に彼は手に何冊かの目録を握っている。

 表題は詳しく読めなかったが、『剣』の文字だけはどうにか読めた。


「では、次は剣ですね。

 肉厚なグラディウスですか。

 片刃で大振りのファルクスですか。

 それとも細いレイピアでしょうか。

 失礼。手をお見せください」


 彼の最後の言葉は質問ではなく確認だったようで、返事を聞かないうちに執事は盾を握っていないわたしの手を取り、関節の長さ・しなり、指腹や親指の付け根の硬さと手首の柔らかさを納得いくまで確かめた。


 目を細め、凝視し、確かめるその様子は熟練の職人が鉄を見極めるかのようだった。


「なるほど。

 はあ、なるほど……ありがとうございます。

 少々お待ちを」


 顔をあげた執事の顔は赤らんでいた。

 興奮しているらしく、さっきよりも慌てた様子で彼は目録を開いた。


 少しするとまたあの鈍色の雲が湧き、様々な形状の違いをもった剣がずらりとあらわれる。数は……ちょっと数える気になれないほどだ。


 執事は指揮棒でも振るように指を左右に揺らすと宙に浮く剣の並びを何度か変え、そのうちたったひとつの剣を選出した。


「こちらのロングソードをお試しください」


 それは何の変哲もない銀色の直剣だった。

 ルヴェルタリア騎士が騎士位を授かると同時に与えられる、北銀鉄鉱(イリル鉱)を材料とした北騎士の銀剣にデザインは近いか。


 だが刃に浮かんだ波紋やグリップ部分に施された窪みは現代に見る北の剣とは異なっている。

 整えられた意匠は実戦的なものではなく、どこか儀礼で用いられる品が持つ気品のようなものを漂わせていた。


 促されるままにそれを握り、指を丸めると盾と同様に昔から握っているような実感があった。

 まるで剣に籠められた神秘がわたしの精神を高揚させるようだ。


「手になじむ」


 自然とわたしは口にしていた。

 叶うのなら今すぐにでも敵を相手にこれを振ってみたい。


「この剣は一体?」

「ガリアンの道連れの方が所有した剣の兄弟剣です」


 淡々と告げられる事実はわたしを驚かせるのに十分なものだった。


「神木の古枝を芯に据え、王が手ずから北方鉱を打ち、鍛え上げました。

 稀なる業物です。

 戦いで用いることを私は勧めますが、しかし、この剣だけで戦い通すという見通しでしたらそのお考えは棄てた方がよろしいでしょう」


 あくまで礼儀正しい所作をもって執事は言う。

 その声と表情には心底の心配の色があったように思う。

 わたしは彼へ問わずにはいられなかった。


「それは何故ですか?」

「鉄と火の法則を貴殿はご存知でしょうか」


 いえ、と答えた。出来る限りの範囲の記憶をさらったが聞き覚えは無かった。


「鉄は自らを産んだ炎より強い炎の前には溶けてしまう、という法則です。

 王はこの地上で最も熱い星炉の炎ではなく、ヴィントゴア火山の炎でこれを鍛えました。

 貴殿らが挑まんとするドルゲルバドル王の肉体は星炉そのもの。

 つまり王の肉体は最も熱く燃え盛る炎なのです。

 下手に斬りかかれば、剣を振り切った後には刃が溶けてしまっているでしょう。

 これは二度とは生まれぬ優れた一振りですが、戦いの最後まで貴殿のお役に立つことは叶わないでしょうな」


 戦闘の途中で獲物が溶解し、戦う手段を失うことになると彼は言うのだ。

 この忠告が無かったらと思うとぞっとする。

 わたしは彼の目を見、丁寧に礼を口にした。


「もう何本か同等の質の剣を私の方で見繕っておきましょう。

 明朝にお渡しいたします。

 戦いにおいては床のどこかへ突き立てておけばよろしいかと」

「ありがとうございます。

 あの……ひとつお伺いしても良いでしょうか?」

「なんなりと」


「この剣の元の所有者はガリアンの道連れだと仰いましたね。

 その人物はセリス・トラインナーグでしたか?」

「いえ、違います。〝ウル〟の弟子ではございません」


 ついさっき幻視したガリアンでも〝四騎士〟でもない男性の剣士かと思ったのだが違うらしい。


「では――、」

「アースリアと名乗っておられました」

「アースリア……」


 特に胸に響かない名前だった。

 期待していたのは何かの核心に届く真実だったのだが空振りだ。


 しかし腑に落ちない。そんなはずはないのだと、根拠はないがそう言い切れる胸のざわめきを落ち着かせようと考えていると執事がぽつりと言った。


「偽名でしょう」

「え?」


「アースリアというのは神話に近い時代に居た剣士の名です。

 世界が上層と下層の二つに分けられていた頃に名を馳せた英雄の名ですよ。

 神話の人物の名を子に名付ける親などそうおらんでしょう?」


「そう……かも知れません。

 その、アースリアとはどういう英雄なのですか?」


 話を掘り下げようと言葉を放ってから『しまった』と思う。

 ドワーフたちはわたしたちがはるかな未来からやってきた客人ではなく、外から来た旅人だと思っているのだ。


 もし執事が言うアースリアなる英雄の知名度はこの王国では抜群でいて、それを知らないことで何か要らない不審や疑念を彼に覚えさせてしまったのではないだろ

うか。


「あ――すみません。古いことには詳しくなくって」


 慌てて言葉を付け加えたわたしの心配は無用だったらしい。

 執事はなんてことない顔をしてアースリアのことを語ってくれた。


「人として一度死に、獣へ堕ち、再び人へ戻った英雄ですよ。

 戦いにおいては力と背丈が10倍に膨れ上がり、未来を見る力に加えて空を自在に駆けることが出来たと言います。

 ああ、青空の下では決して死なないという秘密の祝福も持ったそうですよ。

 最期にはその秘密を知る者によって夜間に殺されたと伝えられています」

「……そうですか。悲しい英雄ですね」

 

「まあ神話のような古い時代の話ですから。

 ガリアンの道連れである自称アースリアですが、彼はどこか後ろ暗い。

 ガリアンが彼をどう考えているかは分かりませんが、勇者の一行に相応しい人物とは私には思えませんね」

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