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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
九章『溶鉄の炎髭王』
166/193

162. 望まぬ手錠


 人が集まるところに情報あり。

 誰が言いだしたのかは知らないが、この法則は古今東西のどこかしこでも適用されるのだとわたしは思い知った。


「ガリアンたちが城に来てるって話は本当なのか?」


 すぐ真後ろのテーブルで湧いたそんな言葉が耳に飛び込んできた。

 思わず舌の上で味わっていた食事を噴き出しかけるが気合で堪える。


「ああ。北の巨人大公のとこで武具をやっちまったから修理に来てるんだと」

「ハールムラング大公の膝元にも鍛冶屋はあるだろう?

 なんだってここに来るんだ。いや、来るなって言ってるわけじゃないんだが」


「石はあっちの方が優れているが、火と槌の扱いはヴィントゴアの方が上だからに決まってるだろ。

 連中の装備はドルゲルバドル王が直々に見るって話だし、王の腕を気に入ったってのもあるんだろうさ」

「はぁ。なるほどな」


 ドワーフたちはそれだけ話すとウェイターを呼び、会計を済ませると店の外へと出て行った。


 カランカランと鈴の音が立つ扉の外、古い時代の王国の街路へと今すぐに飛び出し、ガリアンたちが居るという王城へと走り出したかった。


 目の前のアーデルロールもどうやらそうらしい。

 彼女はそわそわと落ち着かない様子で視線をあちこちにやり、肩にかかった白い外套を手で払うと、


「さて。どうしましょうね」


 と努めて冷静な風にそう言った。


「城に今すぐ飛び込むって言うんなら俺は反対だぜ」

「コール? どうしたんだ。

 お前はいの一番に『城に行こう』って言いだすかとオレは思ってたが」


 コルネリウスの放った意外にも冷静な意見にギュスターヴが驚きを返した。

 我が金髪の友は水を飲み、唇を湿らせてこう言葉をつづけた。


「違う空間だとか世界に干渉するのは良くないんだろ?

 ガリアンとその血筋のアルルがもし出会っちまったら……なんかマズい気がしたんだよな。

 それにオッサンも初代の〝王狼〟と出くわすのはなんか妙なことになるんじゃないか? お互い鼻も勘も良いだろうし……面倒を呼びそうだぜ。

 いや、異世界の飯を食っちまった後に今更何言ってんだって話なんだが」


「『ファンなんです!』って挨拶するぐらい良いんじゃないの?」

「それでも止めといた方がいいと思うんだよなぁ……。

 お前のそのオレンジ色の目で怪しまれそうな気がするんだよ」


「でも城にはどのみち行かなきゃよ。

 ここへ来る直前にデカい声が『玉座に参れ』みたいなこと言ってたもの」

「まあなぁ……」


 そうこう話しているとそばを歩いていたウェイターが話に加わった。

 手元にコイントレーを持っているから会計の催促に来たのかもしれない。


「あなたたち、ガリアンたちに会いたいの?」

「ええ」


「なら残念。半日遅かったわ。

 あの人たちはもう出発しちゃったわよ。

 噂じゃ折れた剣を打ち直しにきたけど、うちの王様は直さずに新しい剣をあげたんですって。

 だから長居はせずにすっと出発したのよ」


「えぇー! そんなのってないわ!」


 アーデルロールはあからさまに残念そうな顔をした。

 下唇を噛み、腕組みをしたまま眉を八の字にしている彼女は〝霧払い〟に会ったとして何を聞くつもりだったのだろうか。


「食事がお済みならお会計を済ませたいんだけど、いいかしら?

 5千ダルちょうどね。

 時勢もあるし、貨幣・紙幣のどちらでもいいわよ」


 硬直した。

 ダル? 聞いたことがない貨幣単位だ。


 聞いたことがなければ当然手持ちも無い。

 わたしたちの誰かが幸運にも大昔の王国で流通していた貨幣を持っていた、なんて幸運も全員の顔を見る限り無さそうだった。


「あの……?」


 ウェイターが困った風に首を傾げる。

 自然とわたしたちの視線は年長者のギュスターヴに集まった。

 長きを生き、多くを知るこの大英雄なら何かしら打つ手があるのだろうと。


 彼は大きく息を吸い、静かに吐いた。そして、


「やるしかねえな……」

「えっ?」

「目を閉じてろ」


 瞬間、ギュスターヴの全身が強烈に発光した。

 店中の人間がその一撃に目がくらみ、悲鳴と驚嘆が即座にあがる。


「うわーっ!? 目が! 目が!」

「一体なんだってんだ!?」

「今だ! ずらかるぞ!」


 咄嗟に目を庇ったもののわたしの視界の大半は白く焼き付いていた。


 窓ガラスをぶち破って外へ飛び出すギュスターヴとアーデルロール――彼女も元から覚悟を決めていたのか、行動がやけにスムーズだった――の背中をどうにか視界におさめてわたしも続く。


 背後からは「もうこれで絶対お尋ね者じゃん!」とビヨンの悲鳴が聞こえた。

 異世界に干渉してはならない、なんて話はもうこれで二度と気にする必要はないだろう。


 食い逃げ犯の発生を告げる声を背中で聞きながらわたしたちは立ち並ぶ家屋の屋根に登り、騒ぎから遠ざかろうとしばらく走った。


………………

…………

……


「はあっ! はっ、はっ! む、むりぃ!

 タンマタンマ、もう止まろうよ~」


 天を仰ぎながら走り続けていたビヨンがやがてそう言い、わたしたちが足を止めたのは低階層住宅の屋上だった。


 花壇には名も知らぬ花が多く割き、そばの洗濯竿には白いシャツが群れとなって風が吹くままに揺れている。


「食い逃げとは久しぶりにやったぜ。

 あの手を使うのはレオニダスがまだ王子の頃だったか」

「ホントに久しぶりなの? 判断するのが早すぎて常習犯かと思ったわ」

「やってねえわ。

 ところで、ほれ。あれが目的地らしいぜ。よく見とけ」


 そう指で示された先には奇妙な城があった。

 全体的には三角形のシルエットだが、中央で垂直に分断されているのだ。


 城の頂点付近には巨大な火球がめらめらと燃え盛り、時折水滴が落ちるかのよう

に炎の塊が城の中へとこぼれていく。


「端に見える一番大きな塔があたしたちがさっき辿り着いた塔かしら」

「かもな。

 さ、ぼちぼち城を目指そうか。

 まるで違う路地を通ればさっきの店の関係者の目には捕まらないだろ」

「そうね。よし! 出発!」


 腕を振り上げて号令を出すアーデルロールの背に続いて集合住宅の階段をぞろぞろと下り、屋外へと出る。


「食い逃げ犯は貴様らだな?

 13時52分。確保だ」


 無数の斧槍の穂先がじゃきり、とわたしたちを取り囲んだ。

 居並ぶのは鎧を着込んだドワーフたち。

 鎧の胸を飾る見慣れない紋章は、このヴィントゴア王国のものらしい。


「な、な、なんで居場所がバレてんだ!?」

「……これは抵抗しない方が良さそうね……」


 アーデルロールにちらりと視線を向ける。

 両手を広げて上に向け、彼女は降参の姿勢を取っていた。

 それはギュスターヴも同じであり、わたしがそれに倣うとコルネリウスとビヨンも合わせてくれる。


 ここで窮地を脱しようと争うのは得策じゃない。

 わたしたちはこの世界からすれば客人だ。


 契約を結ぼうとこちらから呼びかけ、王が応えた以上は彼の世界を荒らすのは良くないことだと言える。……既にやらかした後に言うことではないのだが。


 罪人が観念する様子は兵士たちのリーダーが満足するものだったらしいが、しばらくすると様子が変わった。


 彼は部下に命じてわたしたちの腕に手錠がかかるのを見届けると、続けて手元の書類と今しがた捕えた罪人どもの顔を交互に見、


「……本来であれば即座に留置所へ収容するところだが、貴様たちは特例だな。

 このまま王の御前へと連行する」

「ドルゲルバドル王が直々に裁いてくれるのか?」


「いいや。拝謁だ」

「拝謁?」


「食い逃げをはたらく卑しい罪人をこう呼びたくはないが……。

 貴様たちは王の客人なのだろう?

 王は我々に『この人相の者どもを見たらば玉座へ引っ張って来い』と命じた。

 だからこのまま王城へ連れていく。

 逃げ出そう、などと考えるなよ。

 まったく……ガリアンたちは良い客だったが貴様たちはとんでもないな……」


 それから兵士たちのリーダーは部下へ号令をかけ、揃った足並みで細い路地から大通りへと抜けた。

 鎖で全員が繋がれたままわたしたちは好奇の目に晒されつつ古代の街並みを歩いて行く。


 途中、人間が珍しいらしいドワーフの子供がアーデルロールにちょっかいをかけて彼女が牙を剥いて唸るなどしつつ、わたしたちは王城へとたどり着いた。


 城の上空で轟々と燃え盛る大火球を間近で見上げる。

 その威容はさながら太陽のようだった。


 強烈な熱気が頭上からじりじりと身を焼き、昔に通り過ぎた暑い夏を思い出す。


 手錠をかけられたままのわたしたちを城内の兵士に引き渡しつつ、ここまで連行したリーダーのドワーフはこう言った。


「ようこそ。ヴィントゴアの王城へ。

 ここはドルゲルバドル王の大工房。

 地虫を打ち殺した槌を鍛えた武器の蔵。

 王は気の良い方だが、炎のように感情に起伏がある。

 客人であろうと言葉には気を付けるように。

 不興を買えば星炉からこぼれた火がお前たちを焼き尽くすぞ」


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