145. 幕間と乱入者
顔の半分を包帯で覆い、大げさな黒い眼帯で左目を隠したわたしの顔は、夜も更けた墓所とか怨恨の詰まった墳墓に出現する死霊の一種――たしかマミーだとかそんな名前だ――のようであった。あるいは分かりやすいところで海賊とか。
わたしの顔の縫合を終えた教会所属の医療魔法師は、やや興奮気味の顔と声で『完了です……はぁ、はぁ……最高でした……。顔も元どおりに男前ですよ……はぁ……ふふ……』と一仕事をやり切った良い顔で言っていたが、とんでもない。
闘技場からの帰り道。人でごった返す大通りを避けて通った民家の並ぶ通りでひとりの少年とすれ違いになった。
片手にお菓子を握った快活で純朴そうな少年だったが、彼はわたしをちらと見るなり泣き顔を浮かべてそのまま大声で泣き喚きながら走って消えた。
「そんなにひどいの? 結構ショックだな、これ……まあいいか。それより――、」
今は何時だったっけ。
闘技場の治療室に時計はあったが、一秒でも早くあの医療魔法師から離れたい気持ちがあまりにも強すぎて時間の確認を忘れていた。
たまたま民家の通りに店を構えていた古めかしい酒場を覗き、時刻を確認する。十七時を半分回った頃だった。
「アルルたちとの集合場所に行かないと間に合わないな。急がなきゃ」
案内に寄ってきたウェイトレスの応対を断り、瞬時に変わった悪辣な表情とあからさまな舌打ちを受け、それから負傷で片目が塞がれている割にはしっかりとした足取りで集合場所に定めた公園へと向かう。
人に道を尋ねながら歩くこと十数分で到着。
夕方にしてはまだ随分と明るいからか、芝生の広場には大勢の人出があった。
広げたシートの上で軽食や弁当を囲んでいたり、あるいは酒瓶を空けてゴロついていたり、あるいは半裸のような格好で寝転んでいる女だったり。
きっと今日は世間にとって休日なのだろう。
そういえば近頃は月日や曜日の感覚がずいぶん薄くなったように思う。
子供の頃――学校に通っていた頃には、次の休みは何日先だったけ、とよく気にしていたんだけどな。
自分が一般の世間を感覚的にも身分的にも離れてしまったのを今更に実感し、少しばかり落ち込みそうになる意識にそっとフタをした。
仲間たちはどこに居るんだか、と人でごった返す公園中を見回す。
するとアーデルロール率いる旅の仲間たちは、休みを謳歌する人々で賑わう芝生広場の隅っこの方でぎゅっと身を寄せ合い団子になっていた。
ギュスターヴ以外の三人は座り込んだまま顔をうつむかせて向き合ったままピクリともしない。
どこまでも陰気な気配だった。
わたしたち旅の一行の懐事情が寂しいどころか完全に壊滅しているのは承知しているが、それでも雑談なり一日お疲れ様なりのやり取りをしているものと思っていたから、この雰囲気には正直にいってたじろいだ。
仕事があまり上手くいかなかったのだろうか? いやそれはおかしい。
連邦騎士に商売の中止を告げられ、売り上げを没収されたビヨンはともかくとして、他の二人はちゃんと働いていたはずなんだから。
少なくともアーデルロールについては労働の姿まで確認している。
彼女が他人の下について汗水垂らしながら労働に励む姿なんて滅多に見れないからよく覚えている。
ついでに出来れば彼女の接客を受けたいとも思ったことも確かだ。
そしてもう一人の快男児。
コルネリウスは……多分大丈夫だっただろうと思いたいのだが、すっかりうつむいたこの広い背中からは哀愁しか感じない。
「お待たせ。僕が最後だったんだね」
不安を無視だ。できるだけ普通の雰囲気で声をかけよう。
するといつもの街姿――狼の姿をしたギュスターヴが、くあぁ、と大きく口を開けながら伸びをして。
「ん……うおぉい、アンデッドかと思ったじゃねえか。
何があったかはともかく、お前にしちゃ珍しくデカいのを貰ったな」
脳裏にルヴェルタリア騎士が振るった剣の軌跡がよみがえる。
「諸事情ありまして……」
「その『諸事情』ってーのは」
膝を抱えて座り込んでいる集団のひとり。
若草色の髪に緋色の瞳。
酒場指定制服のフリルのついたワンピースを着用したままのアーデルロールがじろり、と下からねめつけるような視線をわたしに向けて、
「闘技場で暴れまわることを言ってんのよね」
ずばりそう言った。
何のことかとシラを切る間も無く、一枚のペラ紙を取り出してアーデルロールは続ける。
「げっ」
見ればそれは本日行われた大コロセウムでの試合のチラシであった。
わたしが昼下がりの公園で目にしたのとは違い、彼女が持つのは試合結果の見出しがデカデカと書かれた代物だった。
なるほど、よく見れば端っこに『速報』と書いてある。
見出しの内容は『前歴不明の黒髪の剣士。勇猛を見せるが闘技場の英雄の前にあえなく敗れる』。
ご丁寧にも写真付きだ。
数名の剣士を叩きのめすわたしと、ニルヴァルドの一撃を喰らって倒れたわたしの写真が紙面にいくつか踊っている。
「げっ、じゃねーわよ! ネタは上がってんだからね!
ふん、闘技場で善戦したのはまあ褒めてやるわ! よくやったわね!」
発言と動作がチグハグだ。
人の首根っこに素早く手を伸ばし、そしてギリギリと締め上げながら褒めるのは絶対に間違ってるとわたしは思う。
「けどねえ、優勝目前で負けるって! あーた一体どういうことよ!?」
あぁん!? と怪我人の襟首を掴んだ彼女は、魔力補助を使わない素の筋力をもって同い年の男の体を持ち上げてみせた。
この細腕のどこにこんな力が眠っているのか。北国育ち、おそるべし。
緋色の瞳がまさに炎のようにぎらぎらと輝き、わたしを睨みつけたアーデルロールが獅子のごとくに吠える。
「ひ……すんません」
気圧されてそう言った。言うしかなかった。
こういう場合はとりあえず謝っておけば……いい、などとそんなことはない。
アーデルロールは甘くない。
「すんませんじゃねーわ! 賞金がいくらか分かってんの!?
あたしらの装備が丸ごと新調できて!
携帯食料も上等なのを山ほど買える上に! 食材もどっさり買えるぐらいなんだから!」
「そんなに!?」
「なんで知らないのよあんたはあ……!
この数字! ほら! 見て! 見えた!?」
「見えた、見えたよ! 怪我してる左目に押し付けるのはやめてください!」
「このあほんだらぁ! 死んでも勝ってきなさいってのよ!」
たしかに驚くべき金額だった。わたしが想像していた何倍もある。
ううむ。
賞金額を見もせずにそういえば参加していたな。これはわたしの落ち度だ。
「ならまた出場して稼ぐよ。次は勝つ。どんな手を使っても勝つ」
「ふ、愚か者め。残念だが――」
膝を抱えて丸くなったままでコルネリウスが言う。
顔がやけにテカっているがあれは香油か何かだろうか。微かに臭めの花の匂いがする。
「デカイ試合は当分の間はやらねえって話だ。
今回はどこぞの富豪が出資してたから賞金が特別多かったんだとよ。
これから向こう数ヶ月はせせこましい試合ばかりだって話だ。
チラシに書いてあったぜ。アリみたいにちっさくな」
なんとそうなるか。で、あるならば。
「じゃあ別の手段で稼ぐ。いたっ、いだだだ。
ほんとに稼ぐからギリギリ締めないで。頼む」
「あら。いやだ、あたしの手が勝手に動くわ。きっと強い苛立ちのせいね……」
「大変だね。ところでアルルたちは今日はどうだったのさ。
みんなが仕事にはありつけてたのを僕は見たんだけども」
ふと。わたしの一言で場の空気がズンと重くなったのを肌で感じた。
コルネリウスは「はあああああ……」と盛大に溜め息を吐き出すと膝の間に顔を埋め、石かボールのようにぎゅっと丸まった。
そしてビヨンは帽子を深く被ると完全に顔を隠してしまう。
これはわたしが思っていた以上に聞いてはならない話題であったらしい。
「笑えるぜ」
狼の前足に獣の顔をとすと載せ、口の端を吊り上げた笑顔でギュスターヴが旅の仲間の一日の様子を報告しはじめた。
「ビヨンの嬢ちゃんは無許可の露店がバレて稼ぎを没収されちまったんで稼ぎは無し。死んだ顔で公園の椅子に座り込んでたのは笑え――、」
「ぎろり」……緑色の瞳がめずらしく鋭く尖る。抗議の目である。
「……いや気の毒だったな。
んでコールはモデルの仕事と聞いてホイホイついていき?
振られた仕事は器用に綺麗にこなした。
が!
お上が出来栄えを気に入らなかったみたいで報酬は無しなんだと。
女装までして頑張ったってのにな。ガァハハ!
これな、嘘みたいで本当の話なんだよ。
こいつはここの公園で仰向けに倒れてたんだ。
どうしたんだと訊いたら洗いざらい死んだ顔で自白ったぜ。ハハ、フ、ガッハハァハ!」
〝王狼〟、爆笑。
わたしは現場の図を想像にまかせて描くしかないが、この偉丈夫が転げ回って笑うぐらいなのだから相当なのだろう。
わたしは大いなる憐れみと同情と慈愛をもってコルネリウスの背中を見た。相変わらず金髪の彼は体を丸めて座り込んだままびくりともしない。
きっと今の表情を見たら死んでいるに違いない。
「さて次は――、」
「要らん! 要らんわ! あほんだら二号の説明なんて要らんのよ!」
二号が居るのならば一号が居るだろうし、それはきっとわたしのことに違いない。
「ワケわからん語り口で貶められんのはハッキリ正直絶対にごめんよ!
あんたに説明されたくないからあたしは自分で説明するわ。
ふん。あたしはこの制服を見れば一発で分かるでしょ?
酒場でウェイトレスよ。
昼間っからばかすかと酒を喉に流し込む老若男女……、
おもに労と男を相手にして注文取って料理を運んで蹴っ飛ばして殴って笑顔を返して――、」
「なんかおかしいの混ざってない?」
「おだまり。とにかくあたしは稼いだわ。
そう、ボロ宿に全員が泊まれるぐらいの額をね!」
天高くにバッ! と掲げられた革袋。表面には『おつかれさま』とゴツい字で書かれている。
いや見てくれはどうだっていい。
重要なのはアーデルロールが手に持つその革袋が、どこからどう見ても大量の硬貨を孕んでいたからである。
一家の大黒柱と化したアーデルロール・ロイアラート・ルヴェルタリア姫殿下は、人間的文化的生活を送るにあたっての必要不可欠な金銭の詰まった革袋を上下に揺らした。
我々衆愚の民の注意を一心に惹き付けるこの音。
硬貨がこすれあうジャリジャリと景気良く立てながら、
「そら! 褒めよ崇めよ! あんたらの主はあたしよ!」
そう宣言した。そして答える手下ども(わたしを含む)。
「アルル様……」
「姫殿下!」
「アルルちゃん……うちには眩しい。眩しすぎるよ……」
「ぴーぴー」
「ルヴェルタリアの誇り!」
おもいおもいの賞賛が飛び交い、アーデルロールが気を良く……したのはわずか一秒程度のこと。
「フッハハ! よろしい、よろしいわ!
けどねぇ、分かってるだろうけどもこれっぽっちじゃ全然足らないのよ。
んだから、当然まだまだ稼ぐ必要があるわ」
「マジでか。明日からも働き口を探して歩くのか。
……なあ、クエストに出るってのはどうだ?
せっかく俺と相棒、ビヨンは冒険者免許を持ってっからささっと出発できんぜ」
「んー。いいわね。けど諸々さっぴくと一人分の手付金にしかなんないと思うわ。
だから出稼ぎに行くのは一人で……それを誰にするかってなると……コール! あんたが適任ね!」
「よっしゃ、いいぜ」
選出理由を聞きもせずにコルネリウスは二つ返事でこれを了承した。
アーデルロールもこの快諾には驚いたらしく、「馬鹿に素直ね。馬鹿だから?」と彼女こそ素直すぎるし一言多い感想を口にした。
「いや提案したのも理由があってのことでさ。
修行に丁度いいと思ったんだ。ただ完全に一人ってのはな……。
んー……ギュスターヴのおっさんも来てくれねえか? 槍を教えて貰いたいんだ」
「オレに槍を? ほーう……」
腕をまくらにしたままギュスターヴが眼をきゅっと細めてコルネリウスを見上げた。
今は姿を隠すために狼の姿をしているが、もし彼が普段の大柄な武人の姿をとっていたなら、獰猛な顔のあごを指腹で撫でつつ『これは珍しいもんが見れたな』と言いたげな仕草をしていたに違いない。
「構わねえよ。が、主人にお伺いを立てねえとな。
……アルル、いいか?」
「いいわよ」
王女もまた二つ返事。
「戦力の底上げは願ったり叶ったりだわ。
〝精王〟の試練はもとより〝四騎士〟と戦うことになったら、勝利は難しくても逃げの手を確実に打てるぐらいにはならないといけないからね」
「だろ。この先にぞろぞろと待ってやがんのは、どいつもこいつも化け物だからよ」
ギュスターヴの背中に預けていた槍をコルネリウスが手に取る。
手持ちの品が無い今、彼の準備はたったこれだけで完了だった。
「フレデリックさんに槍を習ってた頃に憧れてた連中とやり合う事になるたぁ、本当、人生ってわかんねえよな。
ルヴェルタリアの〝四騎士〟ね。
天地ぐらいの力の差があるのは分かっちゃいるさ。泣き言言う前に強くならねえとな。
ありがとよ、アルル。オッサンを借りるぜ」
「別にあたしに言わなくていいわよ。早速明日から――、」
「いやもうすぐに出る。時は金なり。だろ?」
「ふぅん? ふ、その通りよ。んじゃ出来るだけ危険で単価が高い仕事でお願いするわ」
「おう。がっつり稼いでがっつり強くなってくるわ」
んじゃあな、と。
そう言ってコルネリウスとギュスターヴの二人はあっさりと旅立ち、その姿は人混みに紛れて消えてしまった。
振り返りもせずにギュスターヴはすたすたと行ってしまったがこれで良かったのだろうか?
ルヴェルタリア騎士団が駐屯しているというこの町なら、アーデルロールに危険が及ぶことはないと判断したのか、あるいはわたしに信頼を寄せているのか。
二人の女の話を右から左に流しながらわたしは自分に都合の良い考えにふけり、一人満足していた。
「うちらはどうするの?」
「街に居残り組は淡々と労働かしらね。
んでクエストの手付金が稼げたら外に出ようと思ってるわ。
けど、街に駐屯しているルヴェルタリア騎士団と話をしておきたいから外へ出るのはそのあとね」
「りょうかーい」
「分かった」
「ただしユリウスあんたはダメよ」
「えっ!?」
首を少しだけ傾け、片眉をあげた挑発的な顔をしながらアーデルロールは自分の左側頭部を指先でかつかつ叩き、
「傷が治るまで外に出んのはダメよ」
「動けるようになっても?」
「動けるようになってもよ。
完治まではダメ。あたしがいいって言うまでダメよ」
「勝手に動いたら?」
「ふふ。ねえ、する意味のない質問ってあるわよね?」
「……すんません」
「悔しいけどさ。
あんたはギュスターヴの次にやれるんだから下手に動いてくたばったら正直、その、困るわ」
まあ……正論だった。
不調を引きずりながら無茶ないしは無理をした結果、また別の大怪我を負ってしまうよりかは休める時に休んで万全の状態に戻す方がずっと良い。
わたしはアーデルロールが温情を見せたということに驚いていた。
腕組みをしたままそっぽを向いた彼女はこちらを流し見て、
「なんか文句でもあんの? 聞くだけ聞くわよ」
「いや、ありがとう。じゃあお言葉に甘えてそうするよ」
「よろしい。んじゃそろそろ動きましょっか」
「うんうん。公園に居たらまた口うるさい騎士がわちゃわちゃやって来て文句言うに決まってるもん」
あれは悪いことをしない限りは来ないんだよ、とは言わなかった。
………………
…………
……
アーデルロールの勤め先で夕食を摂っているとその同僚や店主が寄ってきた。
彼女の働きぶりがどうの、だの意外に笑顔が可愛いだの、スカートが似合っているだのと諸々を聞きながら口にする食事は非常に美味だ。
話のダシにされたアーデルロール本人はテーブルの下で握りこぶしをガタガタと震わせていたが、どうやら労働すること自体は満更でもないらしく、その顔にあったのは純粋な笑顔だった。
「珍しいこともあるもんだな」
と、聞こえないようにわたしは小さくぼやく。
それから激安で評判だというボロ宿に入り、やる気のない店主から鍵を受け取った。
原則として男女別室を徹底しているアーデルロールとビヨンの二人だが、今回ばかりは致し方なし、と雑魚寝の出来そうな大部屋を借りていたのだから懐事情は本当に厳しいのだなあ、と罠の類が無いかを確かめる。
「ここから先に入ったら一回殺して二回殺して三回殺すわよ」
横倒しにしたビヨンの杖で線引きをしてアーデルロールはそう宣言。
わたしは無駄口を叩かずに「分かったよ」と口にするとすっかり潰れたクッションを枕にして寝入った。
決まった働き口を見つけなきゃな、と閉じた瞼の中でぼんやり思う。
接客業は務まらなさそうだ。事務仕事は出来るか不安だが、やるだけやってみようか。
一番手っ取り早いのは……行政に許可をもらって剣術の青空教室……とか……いいかもな……。
頭にもやがかかっていき、思考がまとまらなくなってくる。
そしてビヨンの寝息が聞こえた頃にちょうどわたしも意識を手放した。
爆発音がボロ部屋にこだました。
どん、でも、どかん、でも何でもいい。目覚ましにしてはあまりに暴力的で派手な演出だ。
うつ伏せに寝たままのビヨンが転がってきたのでそれを抱きとめ、空いた片手で瞬時に剣を手に取り、鞘から抜きはなつ。
アーデルロールの対応もまた早い。肌着のままではあるが両手には短剣と剣をそれぞれ握り、その目は接客業のものではなく剣士のそれに変じている。
「時差ボケを起こしたどこのアホだか知らないけどね!
やるってんなら相手になるわよ!」
「――情報通り」
アーデルロールの啖呵に答えたのは女の声だった。
目の慣れない夜闇に立つ影は巨大な斧を肩に担いでいる。
頭から腰にかけての波打つ線は……髪だろうか?
瞬時に懸念した〝四騎士〟の誰かによる襲来ではなかった。
では誰だ、と疑問が移る。
アーデルロールの命を狙う誰かか、あるいは送られた刺客か。
それとも魔術院の手先? 日中に出会ったイルミナがそんなことを言っていたような気がする。
どちらでもいい。やることは同じだから。
「姫様! お迎えにあがりましたよ!」
「あん?」
「私ですよ! いやあ報告を鳥から受け取ってすぐに駆けてきたんですからね!
生きててくださって良かった、いやほんと!
や〜これでルヴェルタリアはとりあえず保つかなあ。
そうだ。お話しなくちゃいけないことがたくさんあってですね!
陛下のこととか、ろくでなしの〝四騎士〟、特にメルグリッドのこととか!
それからえーと」
「その前にあんた誰よ。
寝起きのあたしを舐めんじゃないわよ?
目が慣れてないからよく見えない上に、あんたの正体がわからなくて寝起きのイライラが加速していくわ」
「ひっどい! あんなに組手をした仲なのに!」
「いいから出てきなさい」
「はい……。怖い……」
風穴の空いたボロ宿の壁をくぐり、室内に押し入ったのは一人の女。
側頭部からぐるぐる巻きの角を生やし、長い後ろ髪は入道雲のように膨らんでいる。
「エイリス・キングヒルです。<鉄羊>の団長の。
覚えてますよね? ほら、この九星墜としの大戦斧がトレードマークの」
「……見えないわ」
ルヴェルタリア騎士団からの接触、か。
きっとまたぞろ面倒ごとが舞い込んでくるような気がしなくもない……と。
豪胆にも寝続けるビヨンを顔をちらりと見て、わたしはそう思った。




