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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
八章『薄墨の頃』
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136. 時は戻りて


「やい、シュミット。いつまで寝てやがる。

  あんまり眠りこけてっと今度こそくたばっちまうぞ」


 まぶたを閉じて穏やかな寝息を立てるカエルの脚をむんずと掴み上げ、天地が逆さになったシュミットへと向けてギュスターヴはそう言った。


 大柄の過ぎる彼がカエルを口元に近付ける様を見て、わたしはふと以前立ち寄った街で口にしたカエル料理を連想した。……そういえばお腹、減ったな。


「無駄よ、無駄。彼おもいっきり熟睡してるから起きないわよ」


 片手をぴらりぴらりと振ってアーデルロールが言う。


「問題ない。オレは人を起こすコツってやつを知ってる」

「コツ?」

「生き物ってやつは体に電撃が走ると目を覚ますもんだ」

「ちょ、あんたそれは――、」


 止めるよりもずっと早くにギュスターヴの手が青紫色にまたたき光る。

 危険な予感しかしないバチチ、といった音が響くとシュミットのカエルの体もまた小刻みに大きく波打った。大丈夫なのか? いや大丈夫ではない。


「どわあああぁあっ!?

 なぁっ、ギュスターヴ!? 貴様なんてことを、このわしを誰だと!

 口から煙が出ているではないか! まさか電撃を流したのか!?」

「お前が起きねえのがいけねえんだ。悪いね」

「ぐぬぬぬおお……! それで許されるわけがなかろうがぁ……!」


 ごつ、とコルネリウスがわたしを肘で小突く。耳打ちさせろの合図だ。彼はこっそりと「タフだよな」とつぶやいた。


「人間離れした頑丈さだ」

「そりゃ人間じゃねえしなあ」


 片手で掴み抑えているカエルがああだこうだと騒ごうともギュスターヴはまるで意に介さず、苦情の類は耳をほじりながらに聞き流し、


「寝起きのお前に朗報がある。

 お前の目指していた王都〈ゴルディン〉はもう目と鼻の先だぞ、おめでとさん」

「おお! そうか! と、いうことは地下水路は崩落せずに無事残っていたのだな。

 フフ、さすがわしの設計だ」


 カエルのまぶたを上弦の形に閉じ、ゲロゲロと喉を鳴らしてシュミットがわらう。

 吸盤のついた手で頰をかいている様はニコニコと嬉しげだ。


「元同僚んとこにすぐさま向かいたいのは山々だろうが少し待て。

 こっちはお前に聞きたいことがある。飛空艇はまだ大工房に繋留されているのか?」

「……飛空艇か。懐かしい名だな。

 動いていなければ大工房に安置されているはずだが、まさかあのガラクタで何かする気なのか?」


 次は〝王狼〟が笑う番だった。どう猛な顔つきをした男がぎざぎざとした歯を見せての笑顔は凶悪でいて、相当に悪役然としていた。裏社会を取り仕切っている、と紹介されても納得をしてしまうほどのワルっぷりだ。


「地べた歩き回ってのハインセル越えがちと厳しくなってきたんでな。

 あのオンボロを動かして空からパーッと逃げんだよ」

「不可能だ」


 威勢の良い大男とは対照的に、カエル姿の賢者はあくまで冷静に応じる。


「かつて何度も稼働試験をおこなったのは自分自身だからよく知っている。

 飛空艇を万全に稼働させるには莫大な魔力が必要なのだ。

 そしてそれだけの魔力はここには無い。

 絶対的に不足しているんだ。分かるな?

 発掘当時からあの手この手で改修し、外側を整えても中身が無いのでは動かん。

 言うなれば人間に血液が無いのと同じだ、死んでるよ、あれは」


 矢継ぎ早の否定がカエルの口から流れ出る。こちらの考えは実行不可能であると彼は主張をしたが、アーデルロールはあっけらかんとした調子で意見を口にする。


「血液ならまた流し込めばいいじゃないのよ? うちの戦士はそうやってたわよ」


 ややえぐい。


「北の姫。気性に合わず目の付けどころは良いがそれではダメだ。

 あれに必要な量は本当に多く、また万が一飛翔が出来たとしても動作中は常に魔力を供給しつづける必要がある」

「ふーん……。魔力が尽きたらどうなんのよ?」

「墜落だ。空で矢を受けた鳥のように地上へ真っ逆さまに墜ちる」


 墜落、の一言にアーデルロールの威勢が(かげ)った。表情も心なしか渋くなり、唇をやや突き出しながら、


「……高いとこからは……イケてないわね……」


 心底から嫌そうな声である。

 そういえば塔から脱出するときに彼女は叫んでいたような気がしなくもない。


「分かってくれたか? 船が建造されたと推測される霧の時代以前ならばともかく、現代にそれだけの魔力は――、」

「あの……」


 おずおずと手を挙げる女が居た。ビヨンだ。

 声のみならず動作までもがやけにのろい。確信を得ていない、ただの思いつきを口にするような調子で、


「思ったんだけど、ここの霧を使ったらどうなるんだろ?

 肌で感じる限りだと〜。んんん……この霧に含まれる魔力はやっぱり強い。

 だから、え、とね、その空飛ぶ船の動力? 燃料入れる場所って言うのかな?

 そこが常に霧で満たされている状態なら、もしかして動き続けるんじゃないかなって思ったりしちゃったりして。ほら、船が自分で勝手に霧を魔力にして取り込んでくれたりとか? えへ。なんちゃって」


 後半はつば広とんがり帽子の内側に手を突っ込み、ばりばりと頭をかきながらの発言だった。


「い、以上、ビヨン・オルトーでした」


 受け取り手によっては『なにをふざけてやがる』とでも言いだしそうな適当な調子だったが、偶然にもシュミットはそういう手合いではなかった。彼は青天の霹靂のようにはっとした顔を浮かべ、


「妙案だ」

「えっ」

「以前は常に供給するだけの魔力源はどこにも存在しなかったが、今は霧がある。

 そうだ。通れるのは霧中のみに限定されるが……うむ!

 常に濃霧の中を進むのならばそこの魔女の案は実現不可能では決してないはずだ」


「ほんと!? やったね。ふへ、うちの頭をあなどるなかれ」

「すごいね、ビヨン。着眼点が良いんだね」

「ぶえ! あ、ああのね。ありがとうね」


 肩に手をかけつつ声をかけるとビヨンは飛び上がり、それから左右に視線を彷徨わせ。


「も……」

「も?」

「もっと褒めて……」


 言って彼女は帽子をぎゅっと深く被ってしまった。金色をした横髪にどう声をかけたものか。と、いうよりもどうして顔を隠すのかと勘ぐったが考えても分からないものは分からない。とりあえず二度目の賞賛を口にしようとすると、


「さぁ〜っ! 行ける感じならとっとと行くわよ!

 時間は待ってくれないんだからね! それにいい加減霧は見飽きたわ!」

「ルヴェルタリア生まれがそれ言うのかよ」


 一行のリーダーであらせられるアーデルロールの鬨の声があがり、全員の気配が落ち着いたものから行動のそれに変わる。


 荷物の点検がてらにシュミットから飛空艇が繋留されているという街の名を聞き、地図の上でも確認は取った。

 ドームの形状をした一際大きな建物が特徴的な街とのことだ。観光をする余裕はまるで無いのが残念だが仕方がない。今から急ぎで向かったとして……ハインセルの特異な地形が邪魔をしなければ1日もあればたどり着けるだろう。


「貴様らとはここで別れることになる。達者でな」


 カエル姿の賢者は支度のあいだ、じっと傍にたたずみわたしたちを見ていた。

 結局この自称老賢者の深い人となりはまるで分からないままだった。


 少なくとも彼はわたしたちを助け、道を案内し、些細ながらも旅の力になってくれたのは確かだったがそれ以上に知れたものは何もない。


 ギュスターヴが一歩踏み出し、シュミットの前で屈むと手を差し出した。


「シュミット。昔に飲み交わしたよしみで言うぜ。

 王都を目指すのはやめとけよ。

 お前がどうにかしたいと言っていた、かつての同僚二人はもう人間じゃないぜ。

 いくら呼びかけようが戻らねえよ。連中もそのつもりもねえだろう」

「それでもいかねばならん。王の杖であったわしがやるべき仕事だ」


 相変わらず強情なジジイだな。ギュスターヴがそう緑のカエルに言葉を落とす。


「一応は止めたぜ。じゃあな、爺さん。運が良けりゃあまた会えんだろ」

「危険と言うのならば貴様らの方こそ気をつけろよ。

〝霧払い〟の旅をなぞるということは詩人の歌よりも遥かに過酷だろうよ。

 伝説とは常人では超えられぬ困難を制覇したからこそ得られる称号だ。おおよそ生半可なことではない」

「ご忠告どうも、賢者さま。

 でも心配ないわ。あたしには仲間が居るからね」


 わたしたちに向けて腕を振り、アーデルロールが得意げな顔をする。

 今の今まで気づかなかったがこの旅が成功すれば、わたしたちは〝四騎士〟だとかそういった大仰な二つ名を得るのだろうか?


 もしそれがアーデルロールの命名によるものなら……あまり格好良い名がつくとは思えない。


「ふ、こやつらが〝四騎士〟のような者になるとは思えんが。

 あの街には多くの魔導兵と王の似姿がある。見つからぬように注意をな」

「え? 王様が居んの?」

「いいや、王が作らせた木偶人形……しかし天を衝くような大巨人だ。

 考えんでも見れば一目で危険だと分かるよ。さて……頃合いだな。

 さらばだ、若人と古狼。縁があればまた会おう」


 そうしてカエルの賢者は霧中に溶けて消えてしまった。

 足跡も霧が隠し、彼がここに居た痕跡はちらとも残ってはいない。

 あれは夢だったと言われても不思議ではないぐらいに何もない。


「……結局あいつが本物なのか分からなかったな」


 ぼやくギュスターヴに「どういうことだ?」とコルネリウスが問う。疑問をいだいたのはわたしもだ。本物とはどういう意味なのか?


「シュミットはああも話が通じるやつじゃなかった。

 出立しちまった今だから言うけどな。

 見栄っ張りのハインセル王お気に入りの〝四天杖〟は全員がイカれてたんだ。

 その中でもシュミットは一際だったよ。端的に言えば外道さ。

 お前ら、あの地下道(・・・・・)から来たんだろ?

 あそこはあいつの庭園兼、王と二人で楽しむおもちゃ箱だぜ。

 血生臭かったろ? そりゃそうさ。あの牢には無数の血が流れてんだからな」

「……信じらんないわね。善人だと思ったけど」

「うちもアルルちゃんと同意見」


 ギュスターヴが口に咥えていたタバコを宙にぽいと放る。くるくると弧を描いて回る紙巻きたばこを指先から発した紫電で消し炭に変えると、


「ミストフォールに巻き込まれて何かあったか、別人が入ってるかだな。

 まあもう会うこともねえだろう。あいつは夢幻の類だったとでも考えとくさ。

 んじゃあオレらも出発すっか。ビヨンにユリウス、地図を見るのは任せたぜ」

「分かりました」

「はーい」

「元気が良くて大変結構。

 飛空艇があるっつー街のことはよく知ってっからよ。

 敵に見つからずに進むなんざ目を瞑ってても出来るぜ」


 豪快な男がこれまた豪快な顔で言う。

 見てくれもそうだがギュスターヴという男は傍に居るだけで他人につよい安心感を与える男だった。


「ま、オレに任せときな」


 無論そのつもりであることは言うまでもないか。


………………

…………

……


「あいつ〜〜っっ! 何が任せときな、よ!」


 そうして時は現在にもどる。

 わたしたちはシュミットの言っていた『王の似姿』なる大巨人に追い立てられて街の中央にある巨大な建築物――ハインセルの大工房に逃げ込んでいた。


 元は豪奢な内装だったのだろうが、今では廃墟同然の寂れ具合の通路でアーデルロールが声高に吠える。

 さっきまでは冷静だったが迷路のような通路を歩く中でいらついたに違いない。


「声マネ似てねえぞ」


 コルネリウスはボロの机の上に座り、携帯食料をかじっている。

 黄土色のあれをかじる時に彼はいつも「肉が食いたい」と口にするが、やはり今回もそうだった。


 窓越しに見える市街地で紫電が何度も瞬く。

 稲妻の槍が迸るたびに人型の何かが吹き飛んでいくのが視認できた。


「ギュスターヴさんが敵の群れを引き連れてくれて助かった。

 おかげで僕らはここに逃げ込むことができた」

「こっちは大巨人に追っかけられるトラブルがあったけどね」

「まあまあ。命があって良かったじゃない」

「ふん。まあいいわ。あたしたちは船を探さないとね」

「そうだけども……」


 天井にかけられた吊り看板に視線を向ける。

 そこには『兵舎』『食堂』『第六資材保管所』『飛空艇発着所』と書かれており、ありがたいことに方角まで明記されていた。


 が、


「この通りに進んでもちっともたどり着かないのはどういうわけか」

「ほんとに迷路とか?」

「んなもん、ここで働いてた連中が仕事にならねえだろ。俺なら二日で辞める」


 唐突に壁が崩れたのはその時だった。

 どかん、と瓦礫が内側に向けて吹き飛び、もくもくとほこりが舞い踊る。

 黒く焼け焦げた壁とレンガの山からのっそりと身を起こしたのはギュスターヴだった。愛用の黄金の槍を肩に担いだままで彼は服の汚れをはらう。


「こっちは終わったぜ。お前らは?」

「良いとこ来たわね。ちょうど今道に迷ってるところよ」


 仏頂面の姫の言葉にルヴェルタリア騎士が破顔した。


「ぶはっはは。迷子か、そりゃ残念だな」

「何が面白いのよお……」


 まさか爆発するのでは、と思いそうなぐらいにアーデルロールの頬が膨らむ。あまり刺激してやらないでほしい。

 しかしギュスターヴは止まらず、どころか迷路の答えをわたしたちに示した。


「いやオレはここの中身を知ってっからよ。

 悪いな、そういや順路の説明してなかったよな」

「んぶぅ!?」

「ちょおっ!?」


 水筒で喉を潤していたコルネリウスが盛大に水を噴いた。

 引きつった顔のビヨンなどまるで意に介さず、コルネリウスが「おいおいおい」と目を丸くしながら立ち上がる。


「知ってたって嘘だろ!?」

「大マジだ」

「マジかよぉ……」


 コルネリウスの声がしゅんと消え入りそうになる。そのままうずくまりそうな勢いだ。立て。立ち上がってくれ。


「だからマジだって」片眉を上げて笑うギュスターヴはやはり楽しげで、

「付いてこいよ。外の木偶が動いてねえ今のうちにとっとと用事を済まそう」


 そうして大きな背中を追って歩くこと5分ばかり。

 見覚えのあるようなないような通路を進み、何度か角を折れ、ゆがんた鉄の扉の隙間に身をくぐらせている内にわたしたちはそこにたどり着いた。


 亀裂の走った壁から差し込む白い光。

 ロープで宙吊りにされた歯車や鉄棒、用途不明の部品に鉄板。

 奥行きのある長方形の大きな空間は村ひとつ分はありそうなほどに広い。


 案の定ここにも霧は入り込んでおり、魔物の出現を警戒したが今のところその気配はなかった。うなり声もなく、地響きも感じない。


「照明はどこだったっけかな。ええと……」


 ばち、ばち、と壁に埋め込まれた黄色い板をギュスターヴが指で押す。

 霧の彼方にあわい光が何度か灯り、やがて一隻の船のシルエットが霧のベールの中に浮かび上がった。


 空色に塗られた巨大な船体と船首に取り付けられた女神像。

 とりわけ特徴的なのは、甲板からそびえ立つ三本の大きな柱だ。先端には船をこぐオールのようなものが重なり交差していた。


「これが……?」

「こいつが飛空艇。空飛ぶ船さ。

 飛ぶ時には天井が開いて大空に出れるようになってんだ。

 ま、実際に飛んだことは二度もねえんだがよ」


……そんなものにわたしたちは命を預けるの、か……。


気づけばハインセル編を半年もやってるんですね〜

いや〜すみません。なんか。年内には次章にに進ませたいな〜と思ってます。

な〜。頑張れ〜。

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