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願わくば、霧よ  作者: 晴間雨一
八章『薄墨の頃』
135/193

131. 太陽と巨人、二つの紋章


 メルグリッドが〝紋章〟を解き放ち、炎を連想させる紅蓮の光が地下通路のすべてを照らした。

 戦闘に際しての言葉も礼もない。

〝巨人公女〟はアーデルロールの命を奪る、ただそれだけが狙いだ。


 赤い軌跡が宙を走った。一瞬にも満たない速度――拳が繰り出されている。

 常人には目にも留まらぬ速度。

 アーデルロールらは気づいていない。

 きっと自分が殺されたことにさえ気づかずに終わる。


 だがわたしには見える。

 わたしだけは巨人の拳を視認している。


――――――考えろ。


 こっちも〝紋章〟を使うか?

 確実に対処は出来るが詠唱は間に合わない。わたしの口はそれほど早く回らない。


 後ろには仲間がいる。

 命よりも大事で、重い、無二の仲間だ。


 メルグリッドに一番近いのはわたしだ。

 わたしが凌がなければ全員が死んでしまう。


 考えろ。考えろ。考えろ!


 走馬灯が流れていく。

 過ぎていった経験の中に起死回生の筋道を探す。


……。

 意識が剣に気がついた。

 冷たく、鋭く、だから信頼のおける剣。


 直感が告げている。

 わたしの無意識がこいつを振るえ、と叫んでいる気がしてならない。


 手汗を感じる。

 やれるのか?

 違う。

 やらなければいけない。


――思い出せ。

 この身に宿し、この腕で何度も振るった『彼女』の技を。

 世に最も鋭き剣の主――セリス・トラインナーグの技を!


 動かし方を知っている。わたしは動きを模倣する。


「六の太刀――……〈墜星(ついせい)〉!」


 刃を鞘の内で走らせ、抜いた火花が散らぬ内に強力な振り下ろしを真横へと放つ。


 一見するとそこには何もない。空振りにも思えるだろう。

 けれどわたしには見えていた。

 超常的な知覚だとか勘だとか呼び名はなんでもいい。ここにはメルグリッドが解放し、発動した〝紋章〟の力が存在している。


 最速の一撃が見えざる力に触れ、切り裂いていくのが肌で分かった。

 性質を理解しようとした直後にそれ(・・)は圧力をともなって拡散し、爆発にも似た衝撃を辺りに撒き散らした。


 まばたきほどもない一瞬の出来事だった。

 状況を理解していたのはわたしとメルグリッドの二人だけで、アーデルロールらはもんどりを打って転がり、目を白黒させている。


「ユリウス!? あんた今何を……!?」

「皆っ! っぐ、あ」


 両腕の骨に激痛が走った。骨の両端を掴まれ、無理矢理に曲げられようとするような痛みにたまらず脂汗が浮かぶ。


 千切れそうだった。きっと技を無理矢理繰り出した反動だろうが、今はこれっぽっちの痛みで止まるわけにはいかない。

 きっ、と鋭い目でメルグリッドを睨み、剣の先を向けた。

 指先が震え、剣がかちかちと鳴ったが勇ましい気持ちで立ち続けた。


「……私の〝紋章〟を防げる者は多くない。ましてやそれを斬るなどと。

 黒髪の剣士。貴様、何者だ?」


 メルグリッドはどこか黄昏るような遠い目をして、わたしに訊いた。

 言葉に続いて拳を上に振り上げる。と、地下通路の天井や壁がごっそりと削られたように消失し、ドーム状の空間が作り出された。


「名を聞きたい。名乗れ」


 巨大な圧力を身にまとい、〝四騎士〟がわたしを睥睨する。

 びりびりとした緊張に潰されそうだったが、心は潰されまいと保った。


「……ユリウス・フォンクラッド……。

 フレデリックの息子、ユリウスだ」

「〝悪竜殺し〟の息子か?

 なるほど、剣鬼の子はまた剣鬼ということか。

 良い。良い運命の巡り合わせだ。

 聞け。ルヴェルタリア騎士である私は強者には敬意を払う」

「……?」


「ユリウス・フォンクラッド。

 貴様にただ一度の機会をやる。

 そこを――退け。

 貴様が背にして守る王女は世の呪いそのものだ。殺さねばならん」

「馬鹿を言うな。僕はここを譲らない」


「愚かな。

 所詮貴様とアーデルロールとの絆など薄いものだろうに。

 一時の旅の仲間、精々が友。あまりにも細い。

 思考しろ。王女の為にお前が命を落とす理由は無い。

 お前は若く、強く、確かな才を持っている。

 その命、つまらぬところで捨ててくれるなよ。生き延び、私と再び切り結べ。

……さあ。選べ。猶予はくれてやったはずだ」

「はっ。……何を長々と言うかと思えば」

「なに……?」


「馬鹿な問いだって話の途中から思っていた。

 アルルを――仲間を捨てて自分だけ逃げる? ありえない。

 そんなことは僕の道理に反してる。

 逃げ延びた先に強さがあろうとも僕はそれを決して選ばない。選んでたまるか」

「死に向かうか。若すぎるな、小僧。

 騎士であるならば誇りのひとつもあろうが、

 根を張らぬ剣士の意地はつまらん。見るに耐えない」


「小僧? 違う。僕はルヴェルタリア騎士だ」

「騙るとはな! ふっはは! 笑止。ルヴェルタリアは既に死したぞ」

「あんたの中では消えたんだろう。けど、僕の中ではまだ生きている。

 あの誇り高い騎士の国――〝霧払い〟の遺した太陽はまだ燃えている!」


〝巨人公女〟がダインスレイヴを抜き、拳に赤い光が煌々と灯る。

 リブルスの田舎剣士とルヴェルタリアの大英雄。

 誰に聞いたって敵うわけがない、と呆れ顔で言うカード。


 構わない。

 侮辱も、罵倒も、侮りも、どんな雨にもわたしは耐えよう。

 彼女が信じてくれているのなら、わたしは何にでも立ち向かえる。


「アルル」

「なに?」

「僕に命じてくれ。

 主人の為にここで〝四騎士〟を討て、と。

 僕はあの日の誓いにかけて命をかならず果たす。

 なぜなら僕は――――ルヴェルタリアの騎士だから」


 振り向かなくってもアーデルロールがどんな顔をしているかが分かった。

 目尻を下げ、唇に微笑を浮かべ、次にはいつもの強気の顔になっている。


「……ええ、やりなさい。

 ユリウス・フォンクラッド、私の近衛。

 そこな〝四騎士〟は北の覇者に在らず。

 真のルヴェルタリア騎士の剣をもって打ち倒しなさい」

「――ああ!」


………………

…………

……


「驕るなよ、アーデルロール! 貴様の騎士など所詮は塵!」


 激情したメルグリッドが迫る。

 構えは大上段。ダインスレイヴの一撃をまともに喰らえばきっと骨も残らない。


 わたしがやるべきことはひとつだ。

 心の水面を覗き込み、懐かしい言葉を口にする。それだけだった。


「……払暁(ふつぎょう)の瞳が汝の名を結ぶ。

 白星の瞬き。無二の迅剣。

 世に最も鋭き刃をここに。

――――我が身に映れ、セリス・トラインナーグッ!」


 やわらかい熱が皮膚の真下で燃え盛った。

 春の日差しのように安らぐあの温かさだ。


『呼んだな、ユリウス(・・・・)

 魂の色は正しく、音に濁りも無い。

 肉体は壮健。そして敵は巨人王の孫娘か。

 はっ! 相手にとって不足無し。

 お前は私の技だけを呼んだ。それで良い。今はそれで十分だ。

 存分に振るえよ、ユリウス(・・・・)

 今のお前は万象一切を二分に別つ』


「消えろ! 小僧ッ!」


〝巨人の拳の紋章〟とダインスレイヴが轟然と迫る中、わたしは剣の柄を指で撫で、ぽつりとつぶやく。


「八の太刀――……<流々睡華(りゅうりゅうすいか)>」

「っ! 馬鹿な……!?」


 抜刀と同時、柄頭を上向け、剣先を足元へ。

 天地真逆の構え。刃で脅威を流す、受けの技。


 知識が頭に流れ込んでくる。いくつかの動きをわたしは模倣できる。

 これはただの流し技ではない。攻撃の圧を周囲へ散らさず、攻撃者へと跳ね返す鏡の剣技!


 威力が流れきる刹那、剣先をメルグリッドへとちらと向け、特殊な歩法とともに肉薄し、一息に放つ。

 轟音。

 メルグリッドの巨体が大きく揺らぎ、地下通路の壁にめり込み倒れていく。


「きっさまぁあああああ!」


 怒号がとどろき、再び殺気が迫り来る。いつまでもここで戦闘を続けているわけにはいかない、アーデルロールたちに道を作ってもらう必要がある。


「アルル。先に通路の奥へ向かってくれ。

 彼女を倒すなりしたらすぐに合流する。

 返事は後だ、頼む」

「ん。行くわよ! 走れ走れ走れーーっ!」


 地下通路の壁が唐突に砕け散り、砂嵐のような粉塵が周囲を舞う。

 間髪をおかずにごう! と重質量の物体が迫る音――ダインスレイヴだ。


 二度目の<流々睡華>。攻撃の威力をそのままメルグリッドの腹部に返し、巨体が通路に膝をつく。


「ユリウス・フォンクラッド……ォォオオッ……!!」


 砕けた破片が宙に浮かび、さらに細かく砕けていく。

 怒りの発露だろうが怯むところはない。わたしの仕事は彼女の相手をするだけだ。


「お前はこの先へは進めない。

 立て、〝巨人公女〟。

 アーデルロール姫殿下が近衛騎士、ユリウス・フォンクラッドがお前を止める」

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