125. 逆臣
ハインセルが誇る黄金騎士団の強さは、かの国の高い技術力に支えられている。
霧の時代以前には広く知られていたという、今では失われてしまった数々の技術を亡国は次々に再現し、自国の強化や貿易に用いた。
ハインセルにおける上級騎士らの兜の内側には不可思議な図形や数字が浮かび、全身鎧は軽く、装備者の動作を鎧それ自体が助ける機構があるという。
酒場のよた話並に信じがたい話だ。
子供が考えた最高の鎧、とでも前置きされた方が納得がいく。
「……と、思っていたんだけどな。実際はどうなんだろう」
正面から三体の騎士が駆け走ってくる。
剣持ちが二体に槍持ちの編成。
「卑しい盗賊が! 祖国に踏み入ったことを後悔させてやろう!」
先頭の騎士は憎悪の声をあげながら剣を上段に構えて走り、鎧の助けか、尋常ではない跳躍をもってわたしに肉薄すると同時に、黄金国の剣を素早く振り下ろした。
脳天を砕かんとする大振りの縦一閃。速いがまだ視認できる速度だ。
殺意に満ちた一撃を剣の腹で流し、散った火花が消えぬうちに刃を返すと一人の騎士の首をわたしは鋭く刎ねた。
血液の代わりに墨のようなものが舞う中で思う。
いかに鎧が堅かろうとも隙間を狙えばどうということもない。父から教わった、全身鎧を相手にする時の常套手段だ。
墨を払うわたしを前にして、残された騎士がたじろいだ。
動揺の一瞬の隙を使い、ちらりと騎士隊の様子をうかがうとあちらは興味深そうにこちらを観察しているだけで動きはない。
またギュスターヴたちの動きも感じなかった。わたしに注意が向いているあいだに横腹を食い破る作戦だろうか。
と、槍を持つ騎士が咆哮をあげた。
「一撃だと……!? 貴様あっ! よくもハンスを!」
「焦るな、クーン。この野盗は手練れだ。逸れば死ぬぞ」
「しかしラッセル卿!」
「クーン。怒りに駆られるな」
生き残った騎士は見たところ上の階級らしい。鎧の上にサーコートを着込み、鎧の節々に青い光が灯っていた。他国の騎士とはまるで装いが違う。
クーンと呼ばれた槍手はわなわなと身を震わせた。鎧の金具はかちかちと鳴り、表情の知れない騎士兜がわたしを向く。あるのは強い怒りの感情に違いない。
「勝手な振る舞いをお許し下さい、卿。俺は……! 仇を取ってやるぞ、ハンス……!
野盗ッ! ガデラルの子、クーンが貴様に挑み、死をくれてやる!」
ひゅっ、と空気を引き裂く音が聞こえ、間髪を置かずにわたしの体に衝撃が走る。
騎士の手元がブレたと思えば風切りの音が響く。この槍手は手馴れている。
剣で逸らし、籠手の甲で穂先を叩き、躱す中でわたしはつぶやいた。
「――……速いな」
コルネリウスやギュスターヴはまるで山を襲う台風のように荒々しい槍の扱いだったが、この男の槍術はかなりお行儀がいい。
まるで貴族の息子が型通りの槍を学んだかのようだ。こういった手合いは総じてイレギュラーに弱い。この男は実戦に慣れているようだが、こいつに対応出来るだろうか?
「試してみるか。そら……っ!」
身体をひるがえすと盾で次の刺突を防ぎ、衝撃を受けきれなかったように左手をあげ、脇腹を晒した。
「貰ったっ!」
誘われたとも知らずに槍手が歓喜の声をあげ、穂先が閃く。
わたしは瞬時に盾を戻し、襲い来る槍から身をかばい、軌道を逸らした。続けて盾を握る手をぱっと離すと今度は槍の柄を握る。
これもまた、わたしの常套手段だ。力のままに思い切り引き込んでやる。
「ま、さかっ」
「すみませんね。これで終わりです」
「きっさまぁあっ!」
初見の槍手はどうしてか、自分の得物を掴まれる場合を想定していない傾向が強い。
このハインセル騎士も例にもれずに驚きを口にし、姿勢を崩した折にその喉笛をわたしの剣で貫かれ、力を失った。
素早く盾を回収し、立ち上がりざまに状況を思い返す。
残るは一人。サーコートを着た上等な騎士だ。
わたしならやれる。手早く仕留め――、
「っ! 盾を……!」
強い衝撃が左腕を走った。
視覚外から刺突が見舞われ、わたしの手から盾がこぼれ落ちたのだ。
拾うか? バカな。それでは次に間に合わない。
二発目が放たれるのを直感し、振り返りざまに足に力込める。目出しスリットの無い兜がわたしを向き、剣を構えた腕が伸びている。――刺突だ。
「あっぶな……!」
横っ飛びでどうにか交わし、草むらを挟み、サーコートの男と相対する。
奴は言う。
「貴様、ただの野盗ではないな。
誉れあるハインセル騎士の中でも手練れで知られる、
我ら第三軍の勇者二人を容易く討つなど、並の技量ではない」
「……それはどうも」
「我らは強者に敬意を払う。
平時であれば我が祖国に迎え入れたいが、時勢が許さぬでな。
許せよ、剣士。せめて我が剣にて散れ」
「急ぐ旅の最中なのでどのみち辞退しますよ。
すみませんが立ち塞がるなら力技で通ります」
「良いだろう。――参る」
騎士の重心が前に傾き、踏み込んで来る。素早い。歩法を悟らせない足さばきをもって彼我の距離を瞬時に詰めるとは。
「しっ! ふっ、はっ!」
「っ! 厄介だな……!」
勢いと熱に任せての攻めではない。この男、わたしの防御姿勢を導くようにして攻撃を仕掛けてきている。
一度目で上段を防がせ、二度目で脇腹を。そして空いた頭部を最速の突きで狙う。
しまった、と喉を鳴らす。
剣で流すには間に合わない。ならばとわたしはとっさに挙げた籠手で刃を受け、切断されないことを祈りながら流し、間近に迫った死をどうにか乗り越えた。
喜ばしいことではあったが、このままふたつ、みっつと趣味の悪い緊張に付き合うのはご免だった。
奴の舌打ちが聞こえるような攻撃の間があった。即座に後方へ跳び、つかの間距離を作る。
やはり浅く斬り込まれていた籠手の有様から嫌な想像が脳裏をよぎり、気が滅入ったが、わたしは気持ちを切り替えるつもりで剣を握り直し、姿勢を低く取ると騎士の懐を目指して一息に駆けた。
剣の先で地面を抉り、振り上げる――。
「――<地削り>!」
魔力を剣に流し、振り上げと同時に放つ遠間の一撃。
砕かれ、舞い上がった土くれが騎士を襲うが、奴は目にも留まらぬ速さで剣を振るって小細工を払う。
瞬く間に砕かれて塵となった土を見てわたしの警戒心が強まる。
攻勢を出し惜しみする必要はない。全力でかかろう。
土の残骸がまだ緩やかに降る最中、
腕をしならせ、手首のスナップをきかせた横薙ぎの剣をわたしは放った。
鞭のように鋭く素早い一撃が騎士の防御をすり抜け横腹を叩く。
が、深手には至らない。奴は避けられない一撃だと判断し、瞬時に身をよじると痛手を被らない部位で受けたのだ。
「生身じゃないから出来る芸当だ、ろう、なっ!」
戦いの中で騎士が見舞った返答は刺突の雨だった。
一度またたくと同時に次が放たれていく。いん……と鉄の音が耳元で残る中で奴を注視する。
ここまで速い刺突を成立させているのは引き手の速さだ。
体を半身に逸らし、急所を隠すようにしてわたしと相向かい、放つ刺突の壁が攻防一体のスタイルとなっている。
わたしの目が優れていなければあっという間に穴だらけ。今頃は無残な死体だ。
盾を落としたことを悔いている暇はない。こんなことに意識を向けているとこうして横髪を断たれ、薄皮に血がにじむから。
『相手をよく見ろ。
軸足、肩の位置、腕の伸び。
剣で隠されている手元を見れば、どこを狙っているか一目で知れる』
脳裏によく知る誰かの教えがこだまする。
幻聴? なんだって構わない。嬉しい幻聴だ。
「相手を見ろ……見ろ……視ろ……ッ!」
ぼっ、と空気が弾け、のっぺらぼうの騎士がわたしに死を馳走せんとする。
注視。
自分も、相手も、世界の何もかもがゆっくりと流れる中でわたしは奴を見る。
肘が伸びていく。腕はわたしから見てやや左上へ向かい、手元はわずかに上向き。
狙いは、
「肩っ! こ、こだあっ!」
点の軌道に対してわたしは剣先で応え、鉄の表面で殺意を受け流していく。ぎゃりぎゃりと耳障りな音が耳元で響くのを聞きながら、伸びきった奴の腕――その肘を左手で思い切りに殴りつけた。
騎士の腕が本来なら曲がらない向きにぐにゃりと歪む。
「っぐ!」
のっぺらぼうの騎士兜から苦悶が漏れ聞こえる。だがこの程度の痛みには慣れているらしく、打撃を受けてなお反撃をせんとする。その予備動作である引き手は速かったが、わたしが見舞う剣技を防ぐには間に合わない。
「〝迅閃流〟――<落葉三連>!」
一息で放つ三連攻撃。
一が喉元を切り裂き、二は手首の腱を狙い、三は体重を支える足首を断つ。
落ち葉が地に落ちる時、ひらりと舞う様を素早くあらわした剣技のひとつ。
騎士の体がぐらりと揺らぐが、奴の体から闘志は失われていなかった。
奴は片腕が潰されると即座に生きてる片手で剣を掴み直し、ひゅっ、と目にも留まらぬ速さで剣を見舞ったのだ。
大振りの軌道だ。
密着をしている今の姿勢から致命打は放てない。
ならば、と。
わたしは前に体重を傾け、騎士に体当たりをぶちかまし、お互いが倒れこむようにして姿勢を崩した。
「はっ――はっ……っ、殺ったぞ……!」
「ぐっ……陛……下……」
馬乗りになったわたしの心の中に歓喜が湧く。
仰向けの騎士の胸はがら空きだった。影の黒い喉元に視線が吸い込まれる。
早く、早く、早く。喜びが満ちる。
視線が狙えば、自然と剣が輝きを帯びる。
「これで、終わりだ……!」
とどめの瞬間はなんの音もしなかった。
肉を断つ感触が無ければ、血の温かさも無い。所詮は影ということだ。
この手練れが正しい死を迎えたのかどうかを判断は出来なかったが、影は形を失い、がらんどうになった鎧は金属音を立てると地面の上に転がり落ちた。
◆
息を荒げたまま、なんとなしにハインセルの騎士兜を拾い上げた。目出し用のスリットが無い兜なんてバケツそのものじゃないか? そう思いながら、好奇心が赴くままにすっぽりと被ってみる。
驚いた。
どうせ暗いのだろうと思っていたがとんでもない。
兜の内側には裸眼と何も変わらない視界が広がっていた。
脱ぎ、また被り、二度目の驚き。
「どうなってるんだ、この兜……!?」
がんがんと表面を殴りつけると、内側からの視界の右上に『衝撃を感知』と青光りする文字が、兜の図形とともに浮かんだ。
そのままやや離れた位置に広がる、ハインセル騎士の隊列に視線をやると新たな文字が浮かぶ。『第三軍所属・ランダウェル小隊 生存者0名』。
「0名……? やっぱり影は生きていないってことか。本当に幽霊なんだな」
凝視をすると視界はひとりでに拡大され、虫眼鏡を覗くのとよく似た状態になる。
小隊長ランダウェルの名と姿からその後方に広がる<ムーンティア>という都市がよく見える。そのはるか彼方には<王都ゴルディン>の名。黒い雲が渦を巻き、絶え間ない雷鳴が降り落ちている。
「まるで魔界だな。あそこがシュミットさんの目的地か。
彼はあんな場所でいったい何をするつもりだ……?」
と、視界に『魔力反応を確認。保護膜展開…………不可』と文字が浮かび、どういう意味だ? と首をひねると閃光が生じ、目の前が白一色に変わった。
続けて耳をつんざく轟音が炸裂し、兜の内側でぐわんぐわんと音が残響する。
とんでもない不快感のままにわたしは爆風で吹き飛ばされ、まるで石ころのように転げまわった。
すぐさまに両手足で踏ん張り、起き上がったわたしは兜を脱ぐやに放り捨てて爆発を見る。
「なんだこれ。……とんでもないな」
黒々とした煙が広範囲に渡って広がり、霧を吹き散らした爆発は空へと向かって伸び、その根元ではちろちろと赤い炎がくすぶり、火炎の地虫が大地を焼いていた。
相当に高度な魔法だ。少なくともビヨンではない。彼女はここまでの魔法使いには成長していないのだから。……多分。
「それにしたって大きい魔力だ。ギュスターヴさんか、あるいは……」
口をきくカエルの得意げな顔が脳裏に浮かぶ。
「なるほど、確かに賢者だな。どうやら騙りじゃないみたいだ」
続けて放たれたらしい風の魔法によって黒煙は吹き散っていき、後にはぴくりとも動かない騎士鎧の山が残されるだけだった。
まるで戦場跡のような風情だ。これだけの上等な鎧だ、放置しておけばどこぞの野盗が舌なめずりをして持ち帰り悪用するんだろうが……。
「おい見たかよ相棒! あのカエル野郎とんでもない魔法の使い手だぜ!
一発で隊列を吹き飛ばしてくれやがった!」
コルネリウスがさっとやって来て、眩しい笑顔でわたしに言う。
「すごかったね。魔法を使うのは渋ったんじゃない?」
というかわたしは要らなかったんじゃないだろうか。
見物客が居ないコロッセウムに放り込まれたような気分だ。
「アルルとギュスターヴのオッサンが脅したんだよ。ここでやれってな。
相棒の戦いは要するに発動までの時間稼ぎだ。お疲れさん。
さ、早いとこ離脱しろとのお達しだ。急ぐぜ」
「了解。まさか影は復活するから、とか言わないよね」
「あんま言いたかねえがその通りだ。いわゆる不死なんだとよ。
一時間もすりゃあ、連中は起き上がってまた警備を始め、
やってくる魔物とどんぱちやるって言ってたぜ」
嫌な想像が当たってしまい、なんとなく拳を握った。
どうにか乗り越えた死線で自信を勝ち得たような気がしたが、相手が不死だと知ってしまうと急激に虚しくなるのは何故だろうか。
付いて来いよ、とそう言い残し、駆け出すコルネリウスの背中を追おうと思い、束の間足元に転がる装備に視線を向けた。
「……持って帰っても、途中で影が湧き出しても気持ち悪いか」
そうこぼすとわたしは剣と盾を握ったまま、颯爽と草原を駆けた。
このまま進んだ先にあるのは確か……<ムーンティア>という都市だ。
そこで先のような軍団が居なければいいのだが、と思ったがそんなものは淡い期待に過ぎないだろう。わたしは気を引き締め、道のはるか先を走るアーデルロールたちの姿を追いかけた。
………………
…………
……
門の両脇を守護する二体の女神像は上半身を失い、落下した頭部は市街の家屋を押しつぶしていた。剣を掲げた腕には、かつて騎士団が掲げていたらしい旗章がはためき、バタバタと本来ならば聞くもののいない音をあげている。
家を潰したまま、じっとこちらを見る女神像の巨大な頭部を横目で見たギュスターヴが言う。
「英雄神ブランダリア様もああなっちゃ形無しだな」
「勇気と忠節の英雄神、ブランダリアね。
闘神ニルダザールとどんぱちやったんだっけ?」
「アルルちゃん、どんぱちって。喧嘩じゃないんだから」
ビヨンが笑うが、アーデルロールは「喧嘩よ喧嘩」とふん、と鼻息混じりに言う。
「姉弟でやりあうなら、どんなものでも喧嘩でしょ。
まあ規模がすごいけどさ。
喧嘩の結果、西大陸にある山脈は天辺が平らになったって話じゃない」
「オレらの遠い遠い、そのまた遠くの爺さん婆さんのほら話じゃなけりゃの話だろ。
当時流行った作り話があんまりに出来がいいから
現代まで残ったって筋も捨てきれねえと思うんだがな。……ん」
大槍を握ったままでギュスターヴが歩調を緩め、指先を伸ばし、何かを確かめた。
「……雨だな。ゴルディンに来てる雨雲の影響かね。ったく」
「ここらの魔力は不安定だ。気象もどう動くか分からんよ。
<ムーンティア>の中央区画には書庫があったはずだ。
情報蒐集のついでにそこで休むというのはどうかな?」
「んー……」
考え、うなるアーデルロールだったが、そうこうしているうちに大きな雨粒がわたしたちの足元に落ち、あっという間に滝のような豪雨と変わってしまった。
「悩んでる暇はないみたいね。シュミット、方角の指示は任せるわよ」
「任された。このまま通りを真っ直ぐに駆けてくれ。大きな広場に出るはずだ」
「分かったわ。行くわよ、皆」
各々が返事をすると、ばちゃばちゃと濡れた街路を蹴り飛ばして走る。
凹凸のひどい路面には無数の水たまりが出来ていて、足を突っ込むたびに大きな水しぶきがあがった。
上から喰らい続ける豪雨と相まり、もう濡れていない部分などどこにも無い。
閉店しっぱなしの商店通りを抜け、武具通りを走り、たどり着いた中央広場はとんでもなく広大だった。
地平線――とは言わないまでも、どこまでも平坦な広場が延々と続いている。
周囲はコロッセウムの椅子のような階段で囲まれていて、何かの催しが開かれる時には絶好のショー広場になるに違いない。
わたしたちは感心する間もなく広場を歩いた。目指すのは最奥に悠然とそびえる巨大な球体――書庫だ。
「ここの図書館も丸っこいのね」
「今じゃどこもそうさ。転ばねえように気をつけろよ」
「いくつだと思ってんのよ」
「いくつだろうと相変わらずの小娘さ、お姫様」
「不敬ね、まったく。全部終わったら覚えてなさい」
前を歩くギュスターヴとアーデルロールが軽口を聞く。
わたしはやはり好奇心を抑えられず、広場に等間隔で並ぶ門や彫像の類を眺め見た。
ハインセルやルヴェリアの歴史に名を刻んだ政治家に英雄、偉大な王らの彫像。
いくつもの伝説があり、それはきっと国民や旅人の心を震わせたのだろう。
「うちらも平和になったらここに観光に来たいね」
わたしの心を見透かしたようなことをビヨンが言う。
「そうだね。必ず皆で来よう」
腰に下げた鞘の端からぽたり、ぽたりと雨粒が落ちるのを感じる。
音は雨音とわたしたちが歩く以外にはなく、耳が自然音に慣れ始めていた。
だから、唐突に割り入ったその声はよく聞こえた。
「――――――止まれ。わずかでも動けば即座に潰す」
「っっ……!」
がくり、と体が強張った。緊張から? 一体何に?
呼吸が浅くなる。強力な何かに睨まれているかのように冷や汗が首筋に浮かぶ。
わたしとは違い、身動きの出来るギュスターヴが唸るように言った。
「この声……っ! てめえは、まさか……!」
「口を閉じろ、逆臣めが。私はもはや貴様を師とは思わぬ。
ルヴェルタリア王家第二王女、アーデルロール。今宵、お前の首を貰いに参じた」
「あ、んた……なんだってここに……!」
奥歯を割れんばかりに噛み締め、気合いを振り絞り、頭上を見上げたわたしは見た。原型を残した門の上に立つその女の姿を。
蒼氷の色をした艶やかな長髪と冷ややかな瞳。
ギュスターヴをはるかに凌ぐ巨躯は目算でおおよそ5メートルほどか。
身を覆う白銀の鎧は誉れあるルヴェルタリア騎士の紋様が刻まれている。
身の丈に等しい巨大な大剣を握り、その女は――、
ルヴェルタリア最高位の騎士、世界最強と名高い〝四騎士〟の四、
〝巨人公女〟、メルグリッド・ハールムラング。
紋章のひとつ――〝巨人の拳〟を身に宿す英雄が冷淡に言葉を落とす。
「言葉は不要。
我が眼前より生き延びたくば、〝聖剣〟を置き、王女の首を差し出せ。
出来ぬのならば――皆、ここで死ね」
宝剣の刃が閃き、遠くに雷が落ちた。




