怪盗男の娘、街、騒音、迷子にてっす。的な。
奴隷を買いますか?ここにはそんなコマンドはありません。怪盗ですもの。
さく、さく、さく。軽やかな足音とともに揺れるサイドテールは心なしか、萎れているように見える。彼女も、いや彼も浮かない顔をしている。端末を見る目が死にかけているのだ、一体何があったのか。
<<………!……………!>>
「……うゎぁぁ、なんて言うか、エロいっす、激しすぎるっす。消去一択っすね。初期化してやるっす。」
桃源郷な動画を見ていたようだ、興味本位というやつか。しかし、些か刺激が強すぎたようだ。手早く端末の初期化を終わらせている。ふと顔を上げてみると街壁が視界いっぱいに広がり、門番らしき恰好をした人物が2人、門の傍に立っている。
「そこの怪しい恰好をした娘、一旦止まれ。」
「……ん、ウチっすか?何用で?」
「そうだ、この街に何をしに来た。」
―嘘から出来た実っす―
「何をしに来たのかっすか?簡単っすよ、"出稼ぎをしに来たっす"。」
「…出稼ぎ?田舎から来たのか。」
「……あー、そっすね。田舎であってるっすよ。」
「そうか、なら入料税を知っているか?もしくは身分を証明出来るものは?」
「ん、村のお金を貰ってるっす、身分証はないっすね。」
「そうか、なら詰所まで一緒に来てくれ。税と一緒に身分証を発行しよう。」
「お、ありがたいっす。」
――身分証の発行っすか。意外と文明が発達した世界ってことっすか?いや、街壁や門番が鎧を着ているところを見るに、そこまで高度な文明とは言い難いっす。むしろ、街壁がレンガブロックじゃないから一部分だけが突出している感じがするっすかね?んー、魔法とか?でも、そこまで万能でもない感じなんすよね。それに魔法って武器の印象が強すぎるんすよ、魔法を技術転用する考えがないと武器のままっす。いや、魔法以外にもあるんじゃないっすかね?例えば、錬金術とか。確か、転詩の輪が詠唱回路ってものだったっすね。チート武器とは言わないっすけど、近いものは作っていそうっす。なら、一枚の街壁もいけそうっすね。とすると魔法技術が発展している中世の文明っすか?社会構造とかどうなっているんすかね、魔法を抜いたらただの中世ヨーロッパっぽいっすけど、そうだったら王政、帝政による貴族とかいそうっす。領主もやってそうっすね。ああ、ファンタジーな世界だったっすね、なら冒険者ギルドとかないっすかね?調べてみたいっす。
「ここだ、ちょっと待ってろ。」
「はいっす。」
門番が部屋の奥に言っている間に部屋の壁や調度品に目を向けてみるが、木で簡易に組み立てたような棚に簡素な机と椅子、そこらの石材で出来た壁。司が元いた世界の文明に比べると時代が古く感じてしまう。
――んー、やっぱりそこまで文明は発展してなさそうっす。いや、魔法技術が便利すぎて文明の発展が阻害されているっすか?そうか、ウチらの世界の魔法なんて御伽噺だったっすね。全て人の手で作ってきたっすから技術発展、高度文明化は当たり前っす。こっちの世界は文明の発展が必要ないから、そのままなんすね。ちょっとスッキリしたっす。
「さて、この黒い板が身分証になる。こいつは、魔力を流すと白くなるんだが、1人1枚で対応している。2枚目は反応しない。なくしたら詰所に来い、金はかかるが再発行が出来る。」
「2枚目は反応しないんじゃないんすか?」
「ああ、だから1枚目を壊して再発行だ。でだ、これを持っていれば入料税はない。あとは冒険者ギルドとかの登録にも使えるな。魔力を流してみろ。」
「ん、白くなったっす。」
「よし、ああ、賞金首になると白じゃなくて赤くなるからな。」
「うっす。」
「じゃ、最後だ。入料税は銀貨1枚だ。」
「金貨1枚しかないっすね。」
「問題ない、銀貨に変えてやる。……さて、これで終わりだ。ようこそアザンの街へってな。」
詰所を通って入った街は不衛生というわけではなく、むしろ衛生的で人通りは多かった。そんな通りを歩き街並みを眺めていると、人ごみに混ざって目立たないが身なりに差があることがわかる。主に首輪を付けている人と、細い裏道にいる人は全体的に薄汚れている。どうやら、面倒事はどこに行ってもあるようである。
「さてさて、どうするっすか、まずは宿っすかね?」
あたりを見渡すが宿屋らしきものがわからない。そもそも、司はこの街に詳しくはない。旅行に行ったことがあればわかりやすいだろう、調べておらず、さらに見知らぬ土地とは方向音痴の天敵なのだ。方向音痴でなくとも迷うだろう。だからなのか、司は迷った。
「だめっすね。案内人がほしいっす。ファンタジーだったら奴隷とか買うところっすか?」
携帯端末の動画を見た後だからか、少々ネガティブな思考になっているようだ。誰かに案内してもらうという発想はないのか、それとも無意識で奴隷がほしいとでも思っているのか。彼女の、いや彼の頭の中ではファンタジーが手を振って凱旋しているようだ。
「いやいやいや、誰かに教えてもらえばいいじゃないっすか。奴隷とかちょっと欲しいっすけど、今はいらないっす。」
ブレイク煩悩。どうやら、聞けばいいことに気付いたようだ。だが、いつかは買うようだ。未練でもあるのか。
「あ、お兄さん。ちょっと宿屋を教えてほしいっす。」