少女、異世界チュートリアル的な。
長い説明って疲れませんか?取扱説明書は投げるもの。
ダンジョン、迷宮、ラビリンス。迷子の迷子のお嬢さん貴女のお家はここですよ、フフフ。そんな場面が出てくるような迷宮なのだが、小鳥がいる場所はそんな場面とは無縁だった。6畳位の空間、出口なし。中央には西洋風の机と椅子、机には照明に使えそうな燭台に光る球体が飾られている。そんな部屋と呼べるのか怪しい場所で少女は佇んでいた。いや、呆然としているのかもしれないが。
「…………」
少女、水城小鳥、花も恥じらう少女、ではない。むしろ不良に近い存在である。御年16歳にして風紀委員副会長、兼剣術家、兼良心的な海外マフィア首領の孫娘。黒である。小鳥は気にしていないが、マフィアは番犬のお世話になっているような連中だ。そんな殺伐とした場所に生まれて育ったせいか、力こそが正義だ、と言わんばかりに風紀委員会に入り会長に続いて不良を辻斬り、風紀を乱したものを辻斬り、校則を破ったものを辻斬る。そんな前科がある少女だが、性格は意外と大人しい方である。異世界では関係ないが。
「……さて、立っていても仕方がない。家探しとしゃれ込もうか。」
小鳥は壁や床に手を当てたり、叩いたり、蹴り飛ばしてみたりー金属同士をぶつけた音がしたーと探ってみるが、6畳程度の広さしかないのだ、すぐに手持無沙汰になってしまう。異世界、それも出口のない密閉空間で、すぐに行動に移ることができるほどには、心の傷は浅かったようである。次に探そうとして辺りを見渡して目に付くのは、やはりというか、なんというか、燭台である。むしろ一番最初に気づいたと言ってもいい。では、なぜ調べなかったのか。怪しい場所で怪しい燭台が自己主張している。怪しすぎて、あえて見なかったー好奇心猫をも殺すと言うし、触らぬ神に祟りなしとも言うーしかし、調べないわけにはいかない、他には机、椅子、天井だけなのだから。
「背に腹は代えられない、と言うところか?いや、違うか。」
小鳥が燭台に触れるが特に反応はなかった。少し明るくなった事が反応と言えば反応か。しかし、それだけ。ファンタジーなら激しく輝いて何かしら進展するのがお約束なのだが、それらしいご都合主義は起きなかった。そんなに甘くはない、と言いたいのだろうか。
彼女は、椅子に背を預けて思考を巡らす。
――特に反応はなかったと言っていい。いや、気づかない程度の反応だったのかもしれないが。他に何がある?少し明るくなった位か?他にはあったか?他に反応がなければ動きようがないんだが………ん?うん、動きようがない。そうだな、動きようがないな。動けない、な。動かないとか?動いていないとか?……動いていない、か。例えば、動いていなかったらどうだろうか。どこかに電源みたいなものがあるんじゃないか?そこから始まる、とか。
電源を入れないと動かないんじゃないか?と思いつくと、彼女は燭台の表面を確認する。
「ふ、む。」
小鳥は燭台を手にとって角度を変えてみたり、振ってみたりするが動いた様子はない。叩いても、踏んでも、蹴り飛ばしてもー壁に当たって少し欠けたー反応はなかった。では、次は?と考えて、声をかけることに決める。
「……起きろ。」
<<……■■■■■■■■。>>
――動いた。何故か納得出来ないが、取り敢えず問題ない。
「おはよう、私は水城小鳥。いや、小鳥、水城だ。お前の名前は?」
<<■■■■■■■。■■■■コトリ。■■■■■■■。>>
「何を言っているかわからん。とりあえず、ツクモと呼ぶ。私と同じ言語に合わせられるか。もしくは逆か。」
<<■■■■■■.……………改めて、初めまして主コトリ。ツクモといいます。>>
「ああ、初めまして。でだ、ツクモ。私のこと、ツクモのこと、この場所のこと、現状の説明、打開策とか、あれば教えてくれないか。」
<<では、簡潔に。主コトリはダンジョンマスターです。主風に言うならば、建国ゲームのプレイヤーです。ツクモはダンジョンコアと呼ばれるものです、ゲームのコントローラになりますね。ただし、どちらもゲームで例えましたがゲームではありません。マスターの敗北、死亡、コアの消失でダンジョンは機能停止、または崩壊します。この場所とは、ゲームでいうボーナスエリアですね。ダンジョン最奥、ダンジョンを攻略し終えた攻略者がマスターと戦う場所でもあります。所謂、ラスボスと言ったところでしょう。現状の打開策はツクモとチュートリアルを始めましょう。>>
ゲームでの例え、わかりやすいと言えばそれまでなのだが、死亡などといった不穏な言葉もでてくる。しかし、それでも異世界なのだから常識が違うことも普通だ、と考える小鳥。
「チュートリアル、か。まるでゲームのようだ、化かされている気分になる。……ツクモ始めてくれるか?」
<<はい、主コトリ。まず初めに、ツクモは主コトリの知識を情報として記録しています。コアはマスターの知識をバックアップしていると捉えてください。次に、この世界ではゲームの要素が含まれています。レベル、職業、、スキル、称号などといったものです。敵を倒せば成長しレベルが上がる、わかりやすいですね。職業も名前通り。スキルは種類があります。学習または経験から得たもの。組み合わせて新たに得たもの。生まれながらに持っていたものなど。称号は、曖昧なまま決まることが多いですね。噂が、二つ名が、技名が、何が称号になるかわかりません。ただ、本人にとって良い悪いに関係なく、世界がある程度の注目していると称号が決まるそうです。これらが、大雑把にステータスと呼んでいるものになります。まあ、ステータスもゲームに出てくようなものと思えば問題ないですね。だからと言って、ステータスで決まるわけではありません。頭や心臓を打ち抜けば人は死んでしまうの同じですね。>>
「ほぼ、ゲームのような世界だな。」
<<概ね、その理解で正しいでしょう。見方を変えると自分の状態を目視化できる世界、とも言えますがどっちにしてもやる事は変わりません。>>
自分の状態を目視化できる世界。聞こえはいいが、よくよく考えて見れば、張りぼてに鍍金を貼り付けて周囲に威張り散らすガキ大将がいるような世界。つまり、レベル至上主義の世界。楽観的に、頭の悪い方向に考えればそうなる。俺のレベルはお前より上、これで終わりだっ、といった脳筋な世界の出来上がりだ。出来が悪すぎるから少し、頭のいい考え方をしよう。レベルだけでなくスキル、称号の付加価値による状況の変化、ついでに職業を考えることが普通な世界。ふ、馬鹿め。罠にかかったな、愚か者が。そんなタクティクスな世界。ステータスに縛れていると言えば、聞こえは悪いがそれが常識だ、と言われればそうなんだ、納得。と言える世界だろう。更に、今度は頭を捻った考え方をしてみよう。そもそもそれらはゲームの住人の常識である。彼女、小鳥はそんな世界に来てしまったが、元々はプレイヤー側の存在だ。ならば、物理法則もある程度は通用するだろう。頭を柘榴のように散らしたり、その心臓を貰ったり、裸スカイダイビングで大地の肥やしにする。ボスが倒せないなら、筐体を壊せばいいじゃない、プログラムに勝てないからって物理的に勝つなよ。といった、アントワネットな世界である。どうでもいいが、マリーなんとかは代わりにお菓子を云々と言ってないらしい。
――考えるに、それらを一つにした世界。これに近い世界。そんなところか。ステータスもあまり意味はなさそうだ。
「ところで、自分のステータスを確認する方法は?」
<<一般的にはスキル【看破】、道具による精査、教会の洗礼ですね。主はツクモを使えば問題ありません。ステータス、なんて言えばわかるほどゲームチックではありませんから。>>
「当然だ、そこまでゲームと近かったら叫んでいた所だ。じゃあツクモ、私のステータスを映せ。」
<<はい、主コトリ。>>
名前
小鳥 水城
種族
かぐや
職業
迷宮の主
称号
剣姫 悪法の番人 香具山人
Lv.0
スキル
剣術 言刃
「…………………ツクモ、解説。」
<<はい、主コトリ。主のわからない所を選択してしてください。別画面に表示されます。>>
種族 かぐや
不変。状態維持とも言う。不変なため、基本的には不老である。肉体が本体ではないので不死なみの再生力があるが、不死ではないため即死した場合は蘇らない。自分へのダメージを任意に押し付けることができる。神さまが用意した、水城小鳥だけの種族。
称号 剣姫
自身の剣術を見た相手に体感時間を止める呪いをかける。ただし、直接でない場合は遅延の呪いになる。
称号 悪法の番人
悪には悪のルールがある。正義という名の悪の元、初撃断命の呪いを武器に与える。正義が勝つのではない、負けたやつが悪なのだ。
称号 香具山人
種族、かぐやから香具山。別名、富士山。異世界に存在している不死の霊峰、この山の頂上で不死の薬を燃やした逸話から、攻撃時に相手の不死を拒絶し、傷付けた場所は回復しても灰になる。
また、香具の山から迦具の山となり、異世界の火の化身、火之迦具土を意味することで火や熱の類に影響されない。剣による攻撃に弱くなる。
「………………ここまでしか確認してないけど、迷宮の主って必要ないよね。」
<<素晴らしいですね、主。それと、喋り方が変わっていますよ。>>
「…ちっ。」
<<申し訳ありません、主。さて、他に気になるものはありますか?>>
「……はぁ、後回しにする。それよりも迷宮の作り方を優先して。」
<<わかりました。まずは、迷宮の説明から始めます。簡潔にまとめますと、血管、抗体、細菌と考えましょう。対価を支払うことで、血管を伸ばし抗体を増やすことで細菌を駆除する。それだけですね。>>
「そう。じゃあ、対価は何?」
対価。等価交換の概念から連想される言葉。何かを得るには何かを捨てなければいけないのだ。商品が欲しければ、金を対価に。彼女が欲しければ、財布の中身を対価に。イケメンが欲しければ、自分の個性を対価に。そういった、ギブアンドテイクで持ちつ持たれつな関係の用語である。たぶん。
<<主に解かりやすくいうと、供物、魔力、魔素といったものになります。>>
「……供物?魔素?」
<<はい、物質と元素って言えばいいですかね?迷宮は手放しで大きくなるわけではありません。人が食事からエネルギーを得ているように、迷宮にもエネルギーは必要です。この世界では元素という考え方ではなく、全ては魔素で出来ている。そんな考え方が一般的です。なので、供物は魔素である。とも言えます。それを魔力に変換して使うことで迷宮は大きくなるのです。これらから、魔力はエネルギーである、と言っても問題はありません。また、魔素と魔力は厳密な区別はありません。光が粒子であり波である、と似ていますね。>>
意味不明である。いきなり語られても、全部についていけるとは限らないのだ。ファンタジーな異世界の一部を現代科学に無理矢理合わせているようなものだろう、物理法則が起訴しているぞ。満場一致で物理法則の勝訴である、慈悲はない。
「魔力、か。……迷宮を作り変える、今必要なものをリストにして映せ。」
<<はい、主コトリ。>>
・1マス増築
・1マス改築
・マスの移動
・扉の設定変更
・マスの設定変更
※マスは隣接部分のみ設置可能です。また、設置時に隣接部分を扉に変更出来ます。
「……これだけか?」
<<はい、わかりやすくていいですね。マスの統一規格は変更しません。作りやすいですが、その分、時間を必要としますね。思い描いたイメージを幻視できるというなら、マスで統一する必要がありませんが、細かい調整にも迷宮全体で作り直す必要がある上失敗しやすいためお勧めしません。>>
「そうか。しかし、これだと迷宮を作るのに長い時間がかかるな。いや、人力よりましか。」
<<炭鉱ではありませんからね。主コトリ、説明を続けても?>>
「あぁ、頼む。」
<<続けます。迷宮を作り続けていくと一定の広さ、または一定の深さで迷宮の入口が出来るようになります。これは迷宮を増築したことで迷宮空間内での魔素の量が飽和してしまうからです。この現象は、増築する予定のマス内の障害物を魔素に変換することで起きます。空気の膨張をイメージしてください。なのでうっかりしていると、迷宮に入口が出来て、攻略者がやってきて。などといった悲惨な事になってしまいます、目も当てられませんね。>>
「その魔素を回収することは出来ないのか?」
<<障害物を分解してできた魔素はダンジョンの一部なので回収はできません。排出することで通路ができあがるのです。>>
ダンジョンを作ると言っても種類は様々で、ツクモは洞窟から始まるダンジョンとして作られたために最初は掘り出す必要があり、それが一定以上になると入口ができる仕組みだった。
<<さて、長々と説明してきましたが、実際に迷宮を作ってみましょう。どのようにします?>>
「縦横9マス、縦軸中心1マスずつだな。片方はこの部屋、反対は扉と入口。まずはこれでいいだろう。」
<<なるほど、道場みたいにするのですね。わかりやすいです。>>
「そう急ぐつもりはないしな、1日3マス、全工程で27日か?」
<<そうですね、ゆっくりやりましょう。27日で終わりますが、多少遅れても1ヶ月といったところでしょう。>>
「じゃあ、そのように。」
<<はい、主コトリ。>>