第一章(1)
この世界は、主に人族が支配していた。
世界の至るところに住み着き、開拓し、その支配を広げ、指導者を立て、国というまとまりを作り、あろうことか同族同士で支配権の奪い合う戦争を繰り返していた。人族というものは、繁殖力が強いらしい。世界を巻き込む戦争を繰り返してなお、その人口は減る兆しを見せず、世界の全てを人族が支配しているように見えた。
そんな人族の影でひっそりと、魔族という存在が生まれた。
根本的に、人族とは異なるらしく、人族の寿命がせいぜい六十前後だとすると魔族は百年生きてようやく一人前、だという。容姿も人族とは異なり、体の半身は魚だったり獣だったりするものもいれば、完全に四足のものいる。かと思えばほとんど人間と呼ばれる存在に近しい姿形を取るものもいて、千差万別だった。人族は、いきなり現れた自分たちと違う姿形をし、寿命が恐ろしく長く、文明は発達していないが知能の高い魔族たちを恐れた。魔力や治癒力も自分たちのそれとは桁違いの彼らを人族は化物にしか思えなかった。それまで、世界のヒエラルキーの頂点に立っていたはずの自分たちが、訳も判らない生き物に殲滅されるのではないか、と。
「数が増えてしまう前に、先に殲滅してしまうのが一番だ」
どこからともなくそんな声が聞こえてきた。人間という種の存亡を前に、同じ種同士で殺し合いをしている暇はない、と各国の指導者たちは考える。魔族、という存在は常に争いあっていた各国共通の敵であった。
一方、魔族達も個々に暮らすよりも集落を作りまとまった方が何かと便利だということに気づく者が現れた。ほとんど人間と変わらない容姿を生かし、ある国で人に紛れて生活を送っていた者だった。
「俺達も、国をつくろう」
人間に紛れて暮らしていると、人族が魔族と呼ばれる異形のモノに対してどんな感情を抱いているのかが良く耳に入ってきた。このままでは、森や海でひっそりと暮らしている同族達が、何の謂れもなく駆逐されてしまう恐れがあることを、その者は敏感に感じ取った。人間達にもいい人はいる。争いたいわけではない。自分たちはひっそりとでいい。時間は人間たちよりもゆっくりと流れているのだから。不思議なことに魔族の繁殖力はそれほど強くなかった。長い寿命もあるのかもしれない。数少ない同志達とひっそりと暮らせる国を作りたい。しかし、この世界のほとんどは人族の支配下にあり、その何処もが魔族達が安心して暮らせる場所ではなかった。
ただ、一箇所を除いて。
その者が目をつけたのは、一つの大陸だった。陽の光がほとんど届かない常夜の大陸は、人族が生活を送るには不便すぎて、どこの国もその大陸を支配しようとはしなかった。いらない土地を手に入れても仕方なかったからだ。
「常夜の大陸を俺たちの国の領土にしよう。あそこならば、人間どもは、何も文句は言うまい」
既に、人間達は異形の者を殲滅するために各地でひっそりと暮らしていた半魚や半獣、四足に牙を向けていた。その者が密やかに流した情報は、人間達に襲われている者たちにとって救いの手以外の何者でもなかった。
「常夜の大陸にいけば…」
続々と世界各地から人間に追い立てられるように魔族が集まってきた。そして、最初に声を上げた者に感謝を繰り返す。
「救ってくれて、助かった」
「げに人間は恐ろしい」
「私を食べると不老不死になるなんて幻想を抱いていたわ」
そんな恐慌状態の彼等に、国を作ると宣言した者はこう言い含めた。
「人間皆が悪いわけじゃないさ。彼らも自分たちを守るのに必死なだけだよ。力は人間達より強くても、数の少ない俺たちが戦って勝てるわけがない。やりかえそうなんて思わないで、この大陸でひっそりと暮らそう。なに、人間達もそのくらい許してくれるさ」
その言葉に対して、命からがら大陸にたどり着いた者たちは、皆揃って、こう返した。
「あんたがそういうなら、そうしよう。国、というなら指導者が必要だ。王は、あんたが最適だ」
こうして、魔族にも国というまとまりが出来、初代魔王が生まれた。外見は、人族の青年とほとんど見分けがつかないが、人族に滅多に見られない黒い髪を持ち、紫色の瞳で耳が尖っているのが魔族の証だった。初代魔王は、至って温厚で悪い言い方をすれば人間贔屓すぎた。この大陸なら文句はないだろう、と人間を甘く見すぎていたのである。
各地に存在していた異形のモノが忽然と姿を消した、という情報は当然ながら各国の指導者の耳にも届いていた。末端の市民たちは、突然現れたのだから、突然姿を消しても不思議はないと安堵のため息を漏らしたが、各国の首脳陣たちは、そう楽観視は出来なかった。
「きゃつら、何処に行ったと思われますか」
「儂の国からも姿を消したと聞いている」
「自分の領土にもいないようですな」
「海沿いからもバケモンの姿はねぇよ」
「―――となると…」
つい最近まで、醜い領土争いを起こしていた国同士のトップが、顔を突き合わせているなんて考えられない状況だが、共通の敵が出来た途端、妙な連帯感が各国に生まれていた。
「何方か、常夜の大陸、という土地をご存知ですか?」
「あぁ、あの万年雲に覆われてまともな陽の光も浴びることのない不毛な大地か?」
「名前は存じておりますが、内陸部にある自分の国からは遥か彼方にあるのでね」
「んな、金にもならねぇ土地興味ねぇな」
「各々方、常夜の大陸は領地にしておられない、ということですね?」
確認する一人の言葉に、その場に集まった各国の指導者4人は同時に気がついた。
各地から姿を消した異形の者共は、常夜の大地に集まったのだ、と。
「…これは困ったことになりましたな」
「奴らめ、数を集めて何をしでかす気じゃろうて」
「いやいや、これは好機とみるべきだと」
「そぉだぜ、じぃさん方。敵さんは一点集中してくれたんだぜぇ…総攻撃しかねぇだろぅ」
会議の場に居合わせた四人のうち、一番年若い青年が、バンッと勢いよく卓上を叩いた。
「四ヶ国からよりすぐりの兵士、術士、癒士を集め、一気にバケモンを攻めるべきだ。あいつらに変な統率力が生まれねぇ前に、な」
年若いが故に短慮な発言にも取ることができるが、実際その方法が一番手っ取り早く人間にとっての驚異を取り除くことができることに間違いはなかった。他三名は、同意する以外にそれ以上の名案を思いつくことができなかったのである。
かくして、それぞれの国から選び抜かれた精鋭たちが、初代魔王以下魔族の身を潜める常夜の大陸へと足を向けた―――…。