リア・イール
「ん……」
ユウヤがベッドから出ていった気配を感じ、薄っすらと目を開ける。たぶんまた悪夢を見たのかな。
私、リア・イールはユウヤと前世から面識がある。ユウヤ――悠夜はその事を知らないけど……
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私の前世は暴力団組長の娘だった。
その家柄のせいで周囲から敬遠され、碌に友達もできず、家でも父が溺愛したため皆私を壊れ物の様に扱い、孤独だった。
高校辺りからいろんな人が声をかけてくるようになったけど、どれも私の容姿や才能に眼を奪われただけ。誰も私自身を見てくれない。才色兼備な大和撫子と言うけど、誰も私の心を理解していない。皆私を特別扱いし、対等な立場になってくれる人がいない。
やがて大学を卒業し、家から出て働き始めた頃、あの人と出会った。
ユウヤ・シャドウノートの前世、御影悠夜に……
彼は勤め先の先輩だった。初めて会った時の彼の眼。それが非常に印象的で、私が彼に惹かれた要因だ。
彼は全ての人を等しくどうでもいいと思っていた。だから私が優れた容姿をしていても特に興味も持たず、淡々と仕事内容を教えてくれた。
私を特別扱いしない初めての人。他人を信じようとしない人。一目惚れだった。
私は時間をかけ、少しずつ彼の心を開いて行き、とうとう婚約まで漕ぎつけた。
そして初めての夜、取り返しのつかない事態が起こった。
私の事を心配したのか、父が部下を送ってきたのだ。家業の事を怖くて話していなかったせいで悠夜はこれを美人局だと思ってしまった。誤解を解こうと思ってもこの事態にパニックになって言葉が出て来ない。
やがて悠夜は軽蔑した視線を私に向けて去って行く。慌てて伸ばした手は虚しく空を切り、彼を止める事は出来なかった。
(まだ…まだ間に合うはず!!)
絶望に打ちひしがれる心を何とか奮い立たせ彼の後を追う。
幸い彼はすぐに見つかった。荒れた息を整えつつ声をかけようと思ったその瞬間、トラックが彼を襲う。
漏れ出る悲鳴、伸ばす手。その全ては無意味で―――
私にできたのは彼の命が絶える瞬間をただ見つめるだけだった……
それから1週間後、身内がいない彼の葬儀を執り行い、喪服姿のまま小刀を自らの体に突き立たせ、私の人生は1度終わった。
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異世界に転生したと理解したのは早かった。そして孤独を味わうのも。
私はごく普通の村の農民の子供として生を受けた。
ただ、私は生まれつき魔力が多かったみたいで、出産と同時に魔力が暴走したらしい。
そのせいで腫れ物の様に扱われ、実の両親にすら距離を取られた。殺されなかったのは死が迫った時暴走する確率が高いからで、そうでなかったら早々に殺されていたかもしれない。
1人が嫌だった私は沢山努力をした。けれど私はまた才能がありすぎた。
何かをすれば人より上手くでき、妬みの視線を向けられる。必死に努力した人たちを悠々と追い抜いて行く様は酷く不愉快に思われただろう。
そしてとうとう私は村にいられなくなった。
原因は魔物の襲撃だ。
村を襲ってきた魔物を1人で蹴散らしてしまったのだ。
そのせいで村人から恐怖の視線を受け、追い出されることになった。両親も追い出しに協力していたことが悲しかった。
村を出た私を待っていたのは力を利用とする貴族との逃走劇。年を経て成長すると容姿に惹かれて、私を得ようとする動きはより激しくなった。
3年後、何とかそれを逃れ、ギルドア総合学園戦士科に奨学生として入学した私はそこで予想外の人と会った。
悠夜と同じ瞳をした少年、ユウヤ・シャドウノートと。
彼の心を開かせる努力をし、恋人となって何度か肌を重ねたある日、彼の前世が御影悠夜だと知る機会があった。
本当にそうなのかは分からない。けど彼が語った前世は悠夜のそれと酷似していた。
だから今度こそ私は彼と添い遂げる。前世では結果的に裏切ってしまった以上、今世では絶対に彼を裏切らない。
「ああ、すまない。 起こしてしまったか?」
シャワーを浴び、戻ってきたユウヤが体を起こしている私を見てそう尋ねてきた。
「いえ、大丈夫です」
そう返事をしてベッドに座ってきたユウヤを抱きしめる。
「ユウヤ、大丈夫です。 何があっても私は裏切りません。 ずっとあなたの側にいます」
そう言いながらゆっくりユウヤの頭を撫でる。ユウヤは何も言わずそれを受け入れる。ユウヤが悪夢を見た夜は何時も行われる行為だ。
抱き合ったまま再び眠りに就く。今度は良い夢が見られますように。