ユウヤ・シャドウノート
「っ!!?」
眼を覚ますとそこは見慣れた寮の一室だった。そう言えば今日ブラックドラゴンの討伐が終わって帰って来たんだったか……
荒くなった息を整えつつ隣を見る。そこで恋人のリアが安らかな寝息をついている事を確認し安堵する。
汗でぐしゃぐしゃになった寝巻に不快感を覚え、シャワーを浴びに行く。好きな時にシャワーを浴びれるというのは上位10人に入る事で得られる個室ならではの特権である。
熱い水を浴びながら先程見た悪夢……前世の記憶の事を思い出す。それと同時に今世の事も振り返る。この学園に入るまで、私の人生はどちらも裏切りに満ちていた……
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私が最初に思い出せる裏切りは両親によるものだ。
私が物心ついた頃母が妊娠し、その子供が不倫相手のものだった。それによって父が激怒し、両親が離婚した。
しかし、裏切ったのは母だけではない。先に述べたように両親が裏切ったのだ。
母の不倫が判明した際、父は激怒した。いや、正確には激怒した振りをして内心歓喜していた。
父も浮気をしていたのだ。そして父の浮気相手も父の子を妊娠していた。そのため父は離婚後すぐに浮気相手と再婚した。
私にとって問題だったのは母の不倫が原因で離婚した都合上、私を引き取ることになった父が私を邪魔者だと思ったことだ。
2人の間に既に子供ができているのだからある意味当たり前かもしれない。しかし母の不倫が原因である以上父は私を母に押しつける事は出来なかった。
その結果父とその再婚相手から虐待を受けることになり、その影響か学校でもいじめにあった。
最初はいじめから庇ってくれる人もいたが、下手に私に才能があり、優秀だったためかその人たちも私の能力を妬み、いじめる側にいつの間にか回っていた。いじめを撥ね返す力を得るため努力し、その結果人が離れていってさらにいじめを受けるのだから嫌になる。
しかし、そんな中でも唯一私を庇い続けてくれた幼馴染の少女のおかげで私は学校に通い続け、高校進学と同時に1人暮らしを始めることになった。両親も私が出ていくと知って喜びはしても引き留めはしなかった。
中学卒業と同時に幼馴染に告白し、無事恋人関係になり、また親と離れられ、才能と努力でいじめを撥ね返すだけの力を身につけた結果いじめも高校入学と共に無くなり、幸せの中にいた私だったがそれも長くは続かなかった。
幼馴染が裏切ったのだ。
高校2年の秋、図書館からの帰り道、幼馴染が私の友人と抱き合い、キスをしているのを目撃してしまったのだ。
呆然とし、慌てて詰め寄ったがその結果得られた答えはさよならの4文字。この時から他人を信じられなくなり始めた。
高校3年になってから少しして両親とその子供が交通事故で亡くなり、転がり込んできた遺産で国立の大学に通うことにした。そこで次の裏切りが待っていた。
成果の横取りだ。
大学で友人になった男が、私が書いたレポートを盗み、自分の物として提出したのだ。
データも消されていて盗んだ証拠を提出できない以上泣き寝入りするしかなく、私の人間不信はさらに進んだ。
その後所属していた研究室で研究成果を教授に盗まれもした。この時点で他人を信用しなくなった。
しかし、そんな私に近付き、再び心を開かせた女性がいる。
彼女こそ前世における私の婚約者であり、最後に裏切った存在だ。
彼女は3年かけて私の心を開き、恋人になり、結婚を約束し、そして初めて共に寝た夜、暴力団と思しき男たちが部屋に雪崩れ込んできたのだ。
美人局――その言葉が脳裏をよぎった。
嘘だと思い彼女に確認しても彼女はただただ沈黙を保ち続け、事実なのだと、今までの事は演技だったのだと認識した。
クレジットカードを投げ捨てその場を後にした私は失意のどん底にいた。完全に閉じていた私の心を開かせた人が裏切ったのだ。その反動は大きい。
そのまま目的もなくふらふらと深夜の道を歩いていると居眠り運転のトラックが迫ってきた。このままだと轢かれ、死ぬだろう。けれど何もかもどうでもよくなっていた私はそれを避けようともせず甘んじて受け入れることにした。
(くだらない人生だった……)
轢かれる寸前、裏切った女性の悲鳴が聞こえた気がした。最期の最期で私を裏切った人の幻聴を聞くことになるとは我ながら未練がましい。
そして私は死に、この世界に転生する……
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トラックに轢かれ、次に目が覚めた時、見知らぬ男女が眼の前にいた。どちらもコスプレかと聞きたくなるような服装をしていて髪や眼の色も日本人のそれでは無かった。
自由に動かず、すぐ眠くなる体。聞いた事も無い言語、見慣れぬ怪しい道具、そして魔法。
転生したと理解するのに時間は掛からなかった。
そして再び裏切られる。最初の裏切りはまたしても両親だった。
私が7歳の時、両親が私で人体実験をしようとしたのだ。
私が生まれつき高い魔力を持っていたせいだ。6歳の時に行われる魔力検査で私にとんでもない魔力と全属性に適性がある事が判明したのだ。
そのせいで宮廷魔導師であり研究に行き詰っていた両親に眼をつけられた。宮廷魔導師から除名される瀬戸際だった両親は手柄を欲し、優れた才能を持った私を実験材料にしようとした。
幸運だったのは7歳である当時の私は既に魔法を使えたことか。前世で少しでも虐待を避けるために図書館通いした結果活字中毒になり、それが今世でも続いていたせいで家にある本を片っ端から読んでいたのだ。
宮廷魔導師らしく魔導書が家にある本の半数以上を占めていたため魔法に関する知識は十二分に得られたのだ。
生まれ持った才と前世の記憶のおかげでどんどんと魔法を覚えたが、仕事が忙しく、ほとんど家にいなかった両親はそれを知らなかった。今にして思えば育児放棄されていたな。だがそのおかげで両親を返り討ちにでき、逃げることに成功したのだ。
両親を殺害した後は、ゲーム風に言えばアイテムボックスだったりインベントリだったりする4次元空間を作り出す魔法を発動し、そこに役に立ちそうな物を手当たり次第入れ、家を全焼させて他国に出奔した。
その後私は出奔した国の孤児院に転がり込む事が出来、力を隠しながら鍛えつつ静かに生活していた。しかし10歳になった後、再度裏切られる。
孤児院の院長が奴隷商人と提携していたのだ。
その孤児院では一定の年齢を超えた者を奴隷商人に売っていた。夕食に睡眠薬を混ぜ眠っている内に事を済ませていたので、次に目が覚めた時には隷属の首輪と言う魔導具を着けられ馬車で移動していた。周りにはまだ寝ている同い年の子が数人いた。
馬車の外を覗き見ると今は深夜で町の外を移動中のようだ。このまま捕まっていても碌な未来は待っていないと確信した私は仕方なく隠していた力を用いた。
魔法改変――いくつかの条件と制限が存在するものの、好きに魔法や魔導具の能力を改変できる力。
それによって本来主人以外には外せず、主人に逆らえないようにする隷属の首輪の効果を無効にし、奴隷商人を殲滅した。歯向かえるはずがないと思っていたため完全な奇襲となり、拍子抜けするほど簡単に終わった。
奴隷商人と護衛の荷物から役に立ちそうな物を頂いてその場を立ち去る。一緒に捕まっていた子供は戦闘終了後も起きなかったので首輪だけ外してそのまま放置した。運が良ければ助かるだろう。
その後は奴隷商人から奪った金と家から持ち出した金を使って各地を転々とし、12歳になったら学園に入学した。幸い学費を問題なく払えるだけの金は残っていた。
学園に入学したのは衣食住の確保が容易であり、魔法やその他様々な技術を教えてもらえるからだ。何時までも独学では困ることもある。
この時の私は1人で生きる力を得るために入学した学園で彼女たちと出会う事になるとは想像もしていなかった。