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夜中の二時頃に目が覚めた。慣れない環境のせいかもしれない。または、喧しいイビキが二つ聞こえたせいかもしれない。これは多分、池田と田村のイビキだろう。
俺は部屋を出た。体が火照っていて、少し冷ましたかった。
エレベーター前の休憩所に行くと、裕太がロッキングチェアに座り、窓の外を見ていた。一面ガラス張りの窓で、外の世界がよく見える。何か気になるものでもあるのだろうか。
「裕太? どうした?」
裕太は驚いて振り返った。俺の顔を見ると「なあんだ、カミケンか」と言った。
俺は隣の椅子に座る。
「何を見てたの?」
俺が訊くと、裕太は憂いを帯びた目で、夜空を見上げた。「月を見てた」
「月ぃ?」
窓の外を見ると、見事な満月が浮いていた。
「らしくないじゃないか。詩人にでもなるつもりか」
ちょっとふざけた口調で言ってみた。しかし、裕太はいつもの様子と違い、ただ黙って月を見上げていた。月光を浴びて、色白の彼の顔が、更に白く見える。
「なあ、仲間って、いいよな」
いきなり青臭い台詞を言ったので、俺は驚いた。からかってやろうと思い、口を開きかけたが、やめた。裕太が今までにないくらい、真剣な目をしていたからだ。俺はそのまま黙って次の言葉を待った。
「……こうやって旅行に行くのは、高校以来だっけ」裕太は月の光を浴びながら、不思議な響きを持った声で言った。
「そうだな。修学旅行以来かも。あの時は、タムが大変だったよな」
修学旅行に言ったスキー場でのことだ。田村がすっ転んで、足が雪にはまってしまい、しばらく抜けなかったという事件があった。田村は半べそをかいて助けを求めた。最初は俺たちも笑っていたけど、次第にふざけている場合じゃないことに気がついた。大勢を巻き込む事態になった。俺と裕太と田村の三人は、高校時代の同級生だ。今日のメンバーの中では、一番付き合いが古い。
裕太は懐かしむように、静かに微笑んだ。「こうして、仲間がいるって、素晴らしいことだと思って。信じあえる仲間がいるって、凄いありがたいことだよな」月の魔力だろうか。俺は始めて裕太を男前だと思った。
「なあ、カミケン。俺さ――。葵ちゃんに告白しようと思うんだ」
突然の告白に、俺は言葉を失った。
裕太は俺ではなく、相変わらず月を見上げていた。妖しい輝きを持った瞳が、濡れているように見えた。決意を秘めた男の顔だった。
「そうか。頑張れよ。応援する」
俺は一言だけ、そう言った。嘘ではなかった。