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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
第一章
6/52

   5


 昼飯を食べてから、もう一度みんなでビーチバレーを遊んだ。かおりも今度は参加した。真世が強引に誘ったらしい。最初はいやいや参加していたようだが、遊んでいるうちに、硬かった表情も、いくらか和らいだようだった。

 それから、裕太の体を砂浜に埋めたり、男性陣でシンクロの真似事をしたり、沖の方に浮かんでいるイカダまで、競泳したり。夕方になるまで、俺たちは夢中になって遊んだ。

 一言で言えば、楽しかった。十代のときのように、弾けたように笑いあった。

 日が沈むにつれ、だんだん、海から人がいなくなっていった。

 夕日は海にではなく、その対面の山の方へ沈んでいった。水平線の奥から、徐々に暗くなっていって、あっという間に夜の気配が近づいた。

 俺たちは水着から着替えてから、しばらく砂浜にいた。砂浜に横並びに座って、暗くなってゆく海をただ眺めていた。言葉はない。静かになった海から、波の音だけが聴こえてくる。繰り返す潮騒の音が、何か特別な意味を持っている気がして、耳をすませていた。いつも騒がしい真世も、その時は、無言のまま水平線を見つめていた。

 沈黙を破ったのは恵美子だった。

「ねえ。今日の夜、花火大会なんだって?」

 恵美子が長い黒髪を掻きあげた。侘しくなった海を背景にした彼女は、絵画のように優雅だった。

「そうみたい。八時半からだって」不二雄が答える。

 今は六時半だ。あと二時間ほどで、また海に人が集まるのかもしれない。

「どうする? 夕飯、食いに行くか」

 顔を赤くした池田が言った。一日中、日にあたっていて、顔が焼けたのだろう。

「そうだな。素泊まりだし。夕食は外で摂らないと」

「あそこにファミレスがあるよ。あそこでいいんじゃないかな」

 裕太が指を指した。

 砂浜から見える位置に、ファミレスの看板が見えた。全国展開しているチェーン店だ。

 水谷が立ち上がった。他のものも、彼につられて立ち上がる。

「花火か。楽しみやね」

 花火を見る時、隣に葵がいればいいな、と俺は思った。彼女を見てみると、彼女はまだ、水平線の向こうを、不思議な輝きを宿した瞳で見つめていた。


 ファミレスの入口に続く階段の壁に、看板が掛けられていた。砂を落としてください、という意味のことが書いてあった。このシーズンは、水着のまま入店するものが多いのかもしれない。

 俺たちは砂を入念に落としてから入店した。

 ウェイトレスが、テーブルを三つくっつけてくれた。俺たちは囲うように座った。適当に食べ物を注文し、男性陣は酒を頼んだ。俺も生ビールを注文した。

 テーブルの上に、それぞれの飲み物が並んだ。葵はドリンクバーのオレンジジュースを準備していた。

「それじゃあ、夏の一ページに、乾杯」

 不二雄の言葉を合図に、俺たちはグラスを叩いた。枯れていた体に、生ビールが染み渡る。夏のビール、美味である。

 窓の外を見る。いつの間にか、もう夜になっていた。砂浜も暗くなっているのかな、と思って、そちらへ目を向ける。すると、砂浜は青白くライトアップされているらしく、とても綺麗だった。それに、ちらほらと再び人が集まってきているようだった。

「それにしても、十万かあ。今日の遊び代、全部浮くな」

 不二雄がビールを一口飲むと、そう言った。

「ゲームって、何をやるんだろうな」池田が言った。

「さあ。なんだろう。俺がメールでやりとりしている時は、教えて貰えなかったな」

「ふん。たいしたゲームじゃないさ」池田はビールを煽る。一気に飲み干してしまった。

「ビーチフラッグだといいんだけどな」裕太が言うと、葵がくすりと笑った。

 俺の胸の内側から、ちくりと何かが刺した。裕太と葵は、今朝より仲良くなっているように見えた。今も隣同士で座っている。

 葵の隣に座っているかおりに、ふと目線が移った。彼女が妙に暗い表情をしていたからだ。

「ね、ねえ、それより、今日のシフト、大丈夫だったのかな」

 真世がテーブルを乗り出すように言った。まるで、話題を無理やり変えるような不自然さを感じる。

「大丈夫だよ。若林さんが出てくれるみたい」

 恵美子が言った。彼女は日焼け止めを塗っていたようで、一日海で遊んでいたとは思えないほど、白い肌のままだった。

 それから俺たちは、仕事の話しを中心に盛り上がった。金額の設定がどうだの、飲み放題のシステムがどうだの、いつもと同じような話題だった。

 一日遊んでいたせいで、みんな腹が空いていたようだ。机の上に、驚くほど皿が重なっていった。酒も持つ手も進み、池田は途中で眠ってしまったようだ。

 やがて、花火の時刻が近づいてきた。

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