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池田が腹に手を当てながら呻き声を上げた。俺の左手にはナイフが握られている。池田が俺を掴んだ時に、俺が腹を刺したのだ。
考えて行ったことではない。気がつけば、そうなっていた。結果から、何が起きたのか推測したのだ。
池田は立ち上がろうと膝を持った。ぎりぎりと奥歯を噛む音がここまで聞こえてきそうだ。様々な人間の血を浴びて、おどろおどろしくなった池田は、文字通り、人間離れしていた。
殺人鬼――。そんな言葉が頭に浮かんだ。
俺は池田に近づき、そのナイフを池田の首に突き立てた。
断末魔が夜の森へ響く。何かの鳥がバサバサと飛んでいった。
俺は肩で呼吸をしながら、池田を見下ろす。
――危うく殺されるところだった。
そう思ったその瞬間。
銃声が鳴った。
距離は分からない。後ろだ。振り返る。
葵が立っていた。
距離はおよそ十メートルといったところか。
暗澹たる森を背後に背負い、両手に銃を持った葵がこちらを睨んでいた。葵の膝は見て分かるほど震えている。呼吸も荒い。なのに、無表情だった。
「この、人殺し――」
葵の声がした瞬間、俺は葵へ向けて走っていた。
再び銃声が鳴る。
俺は突如バランスを失いそこへ転がった。
急に足に力が入らなくなった?
いや、そうじゃない。何か強い力に、左足が弾き飛ばされたのだ。
「ア、ア、アアアアアアア!」
葵が叫びながら銃を構えた。こちらへ向かってくる。
銃声が響く。
俺は死を感じた。が、痛みはやってこない。
逆に葵は肩を抑えて、そこへしゃがみ込んだ。銃を撃った衝撃で、肩を痛めたらしい。撃った直後、彼女の肩がおかしな方向へひん曲がったのを目撃した。
俺は足に力を込めた。
ずるずると左足をひきずって、葵に近づく。
「ヒイ」と声を上げた。頬を引き攣らせている。俺に怯えているのだ。尻餅をついて後ずさっている。
俺はその刹那、何か熱いものが下半身に込み上げてくるのを感じた。
あろうことか、俺は葵の怯えきっている姿を見て、欲情したのだ。月光を浴びた葵の姿は美しく、悶えている姿は官能じみていた。
金色に輝く髪は、彼女の顔をだらしなく覆っている。艶やかに潤った唇は震え、涙が浮いた瞳は、月光を揺らしている。懊悩する葵の姿は、悪魔的なエロティックがあった。
俺は葵に近づいていく。
「た……助けて……」葵は肩を抱えたまま後ずさる。俺の表情を見て怯えているように見える。俺の顔は、一体どんな顔をしているだろうか。
「……お願い」
鬼のくせに、今さら何を言うのだ――。俺は足元に落ちていた銃を拾った。葵がさっき落としたものだ。
「……お願い、します」
葵が上目遣いに見上げてくる。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃに濡れていた。が、それすらも魅力的だと思った。
俺はふっと笑った。
「そうだ。伝えることがあったんだ」
葵は助かったと思ったのか、一瞬、恐怖に引き攣っていた顔を緩める。
「裕太が言っていたんだけど。あいつ――」
俺は撃鉄を落とし、葵の顔に向けた。
「お前のこと、嫌いだってさ」
葵の瞳孔が揺れた。呼吸が上手くいかないのか、豚の鳴き声のような音が喉のあたりで鳴っている。
俺は引き金を引いた――。
月光が満ちる夜の森へ、銃声が鳴り響いた。




