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旅館へ荷物を置くと、俺たちはすぐに海へ向かった。海水浴場は人が多くいて、波の音に負けないくらい賑やかだった。水平線の向こうに、入道雲が顔をのぞかせている。きらきらと水面が輝いていて、眩しい海だった。
砂浜の上のシートの上、男性陣は輪になって、女性陣を待っていた。もう少し待てば、水着姿の彼女たちの姿が拝めるというわけだ。男性陣は既に着替えを終えて、女性陣を今か今かと待っていた。
「裕太、お前、女の子の体、じろじろ見るんやないで」
水谷が裕太をからかった。
「分かってるよ」
「どうかな。裕太はムッツリだからな」隣から、不二雄が言った。
裕太は手をブンブンと横に振って否定した。
それを皆で大笑いする。
裕太はいわゆる、いじられキャラだった。こうして皆で集まると、裕太をからかって笑うことが多い。裕太もそれを嫌がっていないようで、自分からネタを振るときもある。
そのうち女性陣が現れた。
「おお……」田村が思わず声を漏らしたようだ。本当のムッツリは、実はこの男なのだ。
俺もまた、彼女たちの麗しい姿に目を奪われた。なかでも、葵の姿に俺は釘付けだった。これだけでも、来た甲斐があったかもしれない。俺はすっかりバカンス気分になっていた。
「さっき色々買ってきたんだ。これで遊ぼうぜ」
池田が大きなビニール袋から、新品のビーチボールを取り出した。キャップを外して、息を吹き込む。ボールはむくむくと膨らんでいった。
「いいね、行こうか」
不二雄が池田と肩を組んで、海へ駈け出していった。
「あ、ボールじゃん! 待って! わたしも行く!」
猫のように俊敏な動きで、俺の目の前を、真世が駆けていった。他の女子たちも、彼女に続く。葵が目の前を通るとき、少しだけ鼓動が速くなった。彼女は、花がらの黄色い水着を着ていた。彼女によく似合う、華やかな柄だ。
「それじゃあ、俺らも行こうぜ」
田村と裕太が立ち上がった。俺も行こうと立ち上がる。
海辺へ走っていく後ろ姿を見て、ふと気がついた。一人足りない。振り返ってみると、遠くに、目を伏せたまま立ち尽くしている加藤かおりがいた。
「どうしたの?」
俺が訊くと、かおりは驚いたように顔を持ち上げた。しかし、すぐにまた目を伏せてしまった。そのままゆっくりと、こちらに歩いてくる。彼女は白いパレオを腰に巻いていた。
かおりはシートの上へ腰を落とした。膝を抱きかかえて、浮かない顔をしている。
「わたし、泳げないから……」
どこか調子が悪そうではないらしい。安心した。しかし、彼女の声は暗い。
「でも、そんな沖までは行かないと思うよ。ほら。もうビーチバレー、始めてる」
俺とかおりをのぞいた九人は、すでに浅瀬でボールを追いかけていた。
かおりは黙って首を横に振った。
もしかしたら彼女は、一人になりたいのかもしれない。何か重々しい雰囲気があった。
「それじゃあ、ちょっと遊んでくるよ。浅瀬にいるようにするから」
かおりの様子は気になったが、俺は浅瀬へ歩き出した。