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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
第四章
38/52

   3


 全員が手を繋いだ。砂の魔法陣が描かれたテーブルを囲う。

「始めてくれ」池田が言った。

 すぐに返事が返ってきた。

「――それでは、照明を消します」

 声に合わせ、パッと光が消えた。足元に薄っすらと黄色い線が見える。蛍光塗料が塗られたテープらしい。これが目印になる。

 目印以外に目に映るものはない。足元すらまるで見えなかった。真の闇だ。

 葵が俺の手を強く握ったのが分かった。触れた右手から、彼女の不安が伝わってくる気がした。もしも葵が不安を感じているなら、一体どんな理由だろうか。まさか――。

 スピーカーからノイズが聞こえた。俺は考えを中断する。

「――さて、残り時間がまだありますので、少しお話をさせていただきます」

 気味の悪い声で、ゆっくりとそう言った。

「これから行うのは、古来より伝わる悪魔を召喚する為の黒魔術です。まあ、胡散臭いとお思いでしょうが、私はこれでも結構信じていましてね。本当に悪魔を召喚できるのでは、と思っているんですよ」

 まるで世間話でもするような言い方だった。うすら寒いものが背中を走る。

「悪魔を正しく呼び出せば、大きな力を与えてくれるだろう。そう伝えられています。ただしその代償として、失敗した時は悲惨らしくてね。悪魔が術者を一人残らず食い殺すそうですよ。だから、古くから黒魔術は信頼しあえる術者同士でのみ、行われていたそうです」

 お前たちは一体どうかな。遠回しにそう言っているのだ。それが分かると、怒りが湧いた。

「失礼しました。それではゲーム開始です。合図を鳴らしますので、時計回りに一歩づつ、目印に従って歩いてください」

 スピーカーからノイズが流れる音がする。全員が息を呑んで合図を待っているようだった。そんな気配が闇の向こうから伝わってくる。

 ――ポタン、と音がした。洞窟の中で水滴が落ちたような音。

 俺たちは一歩進む。間違ってもテーブルに触れないように、慎重に足を進めた。

 再びスピーカーのノイズのみが流れる静かな時が訪れる。喉を鳴らす音がする。口で息をしている呼吸の音が聞こえた。

 ――ポタン、と再び音がした。一歩進む。一度目と二度目の合図の間隔は、恐らく二十秒くらいだったと思う。

 沈黙。

 ――ポタン。また一歩進む。右手に感じる葵の手も、左手に感じる不二雄の手も、不自然さは少しもない。全く見えないが、彼らがおかしな動きをすれば、絶対に分かる。

 ――ポタン。

 長いな、と思った。今どれくらい経っただろうか。合図はこれで四度目だ。やっと一分半くらいだろうか。暗闇の中でただ歩く。まだ始まったばかりであるのに、もう何時間もそうしている気がした。

 ――ポタン。

 一歩進む。止まる。

 誰も口を開かない。注意深く耳を澄ませているのだろう。

 ――ジャリ。

 と、僅かに物音がした。小さな物音だが、静かなこの空間では異様に目立っていた。

「な、なんだよ、今の」

 後ろにいる不二雄が言った。不二雄が震えたのが、右手から伝わってくる。

 ――ポタン、と音がした。一歩進む。

「不二雄。今は黙ってろ。合図に集中するんだ」池田の声だ。

 ――ポタン。

 ――ポタン。

 ――ポタン。

 ――ポタン。

 ――ポタン。

 目の前が唐突に開けた。突然の光に立ち眩みがする。視界が白く染まる。よく見えない。俺は両手を離し、目頭に指を当てた。頭痛がする。瞼の上のあたりに鈍い痛みが走っていた。

「お、おい。おかしいで」

 水谷の声だ。

「嘘でしょ……」

 次は恵美子の声。

 何かが起きたんだ――と思ったと同時に、視界が蘇ってきた。

 目の前に現れた魔法陣を見て、俺は驚愕した。

 砂の魔法陣の一部、俺の正面にある部分が、見事に崩れ去っていた。

 目の前が、再び真っ白に染まった。

 どうして。何故。そんな言葉が頭を飛び交う。

 一瞬、視界の隅に何かを捉えた。

 ――なんだ、あいつ。

 恵美子は顔を凍りつかせテーブルを見つめている。が、その左手の動きが何やらおかしい。尻の後ろに手を隠し、ズボンに擦りつけるようにゆっくりと動かしている。

 固まった顔と、緩やかに動く左手に、とてつもない違和感がある。なんなのだ。あの動きは。

「信じられない……」

 恵美子が言う。左手はまだ止まらない。

「残念ながら、第四ゲームは失敗に終わりました。速やかに部屋を移動してください。これは忠告です。速やかに、部屋を移動してください」

 崩れた魔法陣の上へ、黄色い光の点滅が降り注いだ。

「と、とりあえず、部屋を出よう。話はそれからだ」

 不二雄の細い目の奥に、どうしようもない絶望が浮いていた。 

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