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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
第四章
36/52

   1


 大縄跳びを行った部屋へ再び入る。

 大縄は消えており、代わりに、丸い形のテーブルが置かれていた。テーブルには黒い布が被さっている。ひだを重ねた布が床まで垂れており、テーブルの内側へしまい込まれている。

 この部屋には入口の他にもう一つハンドル付きの扉がある。あの扉の先に、恐らく主催者サイドの人間がいるのだろう。投票を行なっている間に、準備されたのだ。

「――第四ゲームのルール説明をします。皆様、部屋の中央のテーブルを御覧ください。先に注意しておきますが、テーブルには触れないように。……見ての通り、テーブルの上には、魔法陣が描かれています。砂を使って書いた魔法陣ですので、触れると簡単に崩れてしまいます」

 黒い布に上で白い砂を用いた模様がある。複雑な線が幾数も交じり合っているが、規則性を持った幾何学的な模様、魔法陣だ。

 一体、何をさせるつもりだろうか。

「予行練習をしましょう。テーブルを囲うように、集まってください。ただし、繰り返しますが、テーブルには決して触れないように」

 俺たちは言われたとおりにテーブルへ進む。会話はない。誰もが説明に集中していた。

 さっきの一件から、俺たちの空気は更に変貌した。

 互いに牽制し、様子を伺っている。殺されないように、或いは、殺す為に。

 真世の死に際に放った呪いは、既に効果を発揮している。

「集まりましたね。それでは、両隣の方と手を繋いで、テーブルを囲ってください」

「え……」とかおりが言った。戸惑いの声だ。

 俺の隣には恵美子と不二雄がいた。目は合わせない。

 恵美子と不二雄は、触るのも汚らわしいという感じで俺に手を差し出した。

 それは俺も同じだ。虫唾が走った。――どうしてだか、手を繋ぐという行為が、ひどく躊躇われた。手を触れ合うと、心が読まれてしまう、そんなことを考えたのかもしれない。俺は全身が粟立つ思いで彼らと手を繋ぐ。

「お気づきの方もいるかもしれませんが、床には目印があります。そこへ立つようにしてください」俺は床を見た。白っぽいテープが貼られている。そこの上に立つと、テーブルと体の隙間が狭まる。体一つ分くらいだろうか。「今から、合図を鳴らしますので、手を繋いだまま、時計回りに一歩進んでください」

 ――ポタン、と水が滴り落ちるような音がした。残響している。

 俺たちは言われたとおりに、手をつなぎながら一歩進む。横歩きだ。テーブルに触れないよう、細心の注意をした。

「――このように、何回か音を鳴らします。魔法陣を崩すことなく、一周することができればゲームクリアです。予行練習はこれで終わります。何か質問はありますか?」

 俺たちは申し合わせたように同時に手を離した。険悪なムードが漂っている。

「意味が分からないな。テーブルに触れなきゃいいんだろう? 逆に言うと、鬼はテーブルに触れないといけないわけだ。そんなことをすればすぐに分かるぞ」

 池田が言った。もう落ち着きを取り戻している。が、顔面や胸元を恵子の血で染めた彼に、以前の面影はない。

「なるほど。いい質問です。……それでは、補足させていただきます。ゲームは完全な暗闇の中で行われます。この意味を、よくお考えください」

 暗闇。つまり、鬼がテーブルを触れるのは見えないわけだ。

 すると、繋いだ手だけが鬼の行動を探る手がかりになる。

 さっきの感じだと、手を繋いだ状態でテーブルを触れるのは不可能だろう。当然手を使って触れるのは不可能だし、足を伸ばしたところで、その体重の移動が手を通して伝わってしまう。

「他にはありませんか? ……、ないようですね。それではゲームを開始します。準備が完了しましたら、宣言してください。ちなみに、テーブルを一周回るのには、三分くらい掛かると思いますので、ご注意ください。制限時間は三十分。それでは、力を合わせて頑張ってください」

 スピーカーの音が途切れた。モニターに残り時間が表示される。

「初回の投票の時、誰に投票したのかを先に聞きたい」さっそく池田が言った。口調はしっかりとしている。

「わたしは不二雄さんに投票しました。直感です」葵が言った。彼女の口調も狼狽は感じない。強い生命力を感じる。人間の心は意外と頑丈に出来ているらしい。この非現実の世界に対応したのだ。

 それは葵だけではない。

 全員に冷酷な眼差しが見える。殺されるものか、という強い意思が浮かんでいるのだ。逆に言うと、殺してやる、という意思にも取れた。

「かおりに入れた」

 俺が言うと、かおりが鼻頭をひくりと動かした。「へえ、そう」一言だけ言うと、黙って水谷を指差した。

「かおりは俺に入れたっちゅうわけやね。なるほど。俺は、裕太に入れた」

 裕太、という言葉を言った瞬間だけ、水谷の声が揺れた気がした。

「俺は神谷に入れた」と池田。

 続けて恵美子が口を開く。「わたしもケンちゃんに入れた」

 ケンちゃん、というのは俺のことだ。懐かしい呼び方に、胸の奥で何かがざわついた。それが何かはよく分からない。

「俺はタムに入れた」最後の不二雄が言う。

 全員の意見が揃った。


 神谷  → かおり

 池田  → 神谷

 水谷  → 裕太

 不二雄 → タム

 かおり → 水谷

 恵美子 → 神谷

 葵   → 不二雄


 最初の投票、俺とかおりと裕太が二票だった。だから、それ以外の者は一票か〇票だ。この条件から、今の段階で確定している票数をまとめると、以下のようになることが分かった。


 神谷  → 2票(池田、恵美子)

 池田  → 不明

 水谷  → 1票(裕太)

 不二雄 → 1票(葵)

 かおり → 2票(神谷、死亡した者の投票が一票)

 恵美子 → 不明

 葵   → 不明


 裕太  → 2票(水谷、死亡した者の投票が一票)

 田村  → 1票(不二雄)

 真世  → 不明

 恵子  → 不明


 死んだ四人の投票のうち、二票はかおりと裕太に行っていることが分かった。残る二票は不明。

 つまり、池田、恵美子、葵、真世、恵子のうち、三人が〇票、二人が一票ということだ。知る術はもうない。

「最初の投票で〇票だったやつは、鬼の可能性が高いって言ったのを覚えているか?」池田が言う。

 そうだ。確かに言っていた。そして、何か強い違和感を感じた。

 今も何かを感じていたが、明確な答えは出てこなかった。

「ということは、今生き残ってる人間で怪しいのは、池田、恵美子、葵、そう言うことか」

 水谷が言うと、池田は硬い表情のまま頷いた。「そうだ。残念ながら俺もその中に入っているが、客観的に見るとこういうことになる」

「わざとらしい、わね」小さな声で恵美子が言った。独り言ではない。池田にそう浴びせたのだ。

「なんだよ」

「自分が鬼じゃないってことのアピールでしょう? わざとらしい、って言ったのよ」

 恵美子が誰かを攻撃するところを、初めて見た。ますます懐かしい日々が遠ざかった。

「……説明を続けるぞ」

 池田は恵美子をあからさまに無視する。恵美子はふんと鼻をならした。

「このゲームは鬼が隣合わせにならなければ、絶対に成功する」

 暗闇の中、手を繋いだ状態でテーブルを囲う。テーブルの上の魔法陣を崩すには、手を離す必要がある。池田が言ったのは、こういう意味だ。

「だったら俺が順番を決めようか」

 俺は開始以来、はじめて積極的に口を開いた。

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