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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
第三章
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「――ペナルティとして、この中から一人、死んでいただきます」

「え?」恵美子の声が重なった。

 モニターの画面に変化が訪れた。目にも留まらない速さで、目まぐるしく表示を変えたのだ。一瞬、神谷、という字が見えた気がした。

「なんだ、これ。お、俺らの名前か」不二雄が狼狽えている。「まじかよ……真世が死ぬんじゃないのかよ」

 彼は口を手で抑え、しまったという顔をしていた。真世が死ぬと思っていたのは、不二雄も一緒らしい。

 死のルーレットが回る。モニターに集中していると、ばたん、と大きな音がした。反射的にそちらを向く。

「ま、待って!」

 扉から真世が飛び出した。俺はそう言った真世の顔を見て、とてつもない衝撃を受ける。

 彼女の頬が赤く爛れている。それだけではない。目や口の周り、顎の下まで、塗りたくったように血の線が描かれていたのだ。自分の頬を引っ掻いて、爪についた血を、顔になすりつけている。それは血化粧とでも言うべきか。

 その顔を見た瞬間、動機は激しくなった。

「お、おい!」不二雄の声に、俺はモニターへ再度目を向ける。

 モニターに名前が表示されていた。


『村上 恵子』


「え……え……」

 恵子の頭が前後に揺れている。え、え、え、と壊れたように呟いた。

「――残念ですが、村上恵子さんには、死んでいただきます」

「ふざけるな!」池田が恵子の元へ走った。「恵子!」

 恵子は向かってくる池田に腕を伸ばした。

「いやだ……死にたくな――」

 パン――、と音が、恵子の言葉を遮った。首元が赤く裂けた。腕を伸ばしたまま、前方へ倒れかかる。

「恵子っ!」池田が恵子の頭を抱えて、胸元で抱きしめた。首からドクドクと溢れる血液で、池田の体が汚れていく。

「――さて、長谷川真世さん。投票をお願いします。制限時間は五分です」

 真世がよろよろと恵子と池田に近づいた。「そんな……わたし……自分が死ぬと思って……」

 池田が恵子の体を優しく寝かせた。

 次の瞬間。

 池田が雄叫びを上げた。耳を塞いでしまいたくなるほど、強烈な声だ。腹の底が震えるような感じさえする。凄まじい咆哮だった。

 池田が叫び声をあげながら、真世の元へ身を低くして迫った。池田は真世の髪を掴み、同時に膝を振った。真世の腹部へ膝を叩きつけたのだ。俊敏な動作だった。躊躇いなど微塵も感じられない。

 真世は蛙の鳴き声のような声を絞りだした。ゲ、ゲ、と腹を抑えてしゃがみ込む。

 池田はまだ彼女の髪を離していない。もう一度池田は膝を振った。今度は真世の額に向けた。

 ごり、と音が鳴り、また真世がおかしな悲鳴をあげた。

 殺す気だ。池田の目は獣のように鋭い。

「やめい!」

 水谷が池田を殴り飛ばした。

「真世。さっさと投票室行け」

 真世は四つん這いのまま投票室へ向かう。あまりにも惨めな後ろ姿だ。彼女には失礼だが、殺虫剤を掛けられた害虫を思い出させた。呻き声とも泣き声ともつかない声をあげながら、真世は投票室へ消えた。

「お前、異常やで。狂っとるわ」

「…………」倒れた池田が首だけ持ち上げた。池田の目は変わらず鋭い。人を殺そうとしている目というのは、こんなにも強烈なものか。俺はそんな感想を持った。

「狂ってるのは、お前だ」

「なに?」

「人が死んでるんだぞ。どうしてそんなに冷静でいられる」

 今度は水谷が黙った。

 頬を指で掻いて、考えこむ素振りを見せてから、水谷は答える。「すまんな。これが俺の性格らしい。俺も初めて知ったわ」




 真世が投票室から出てくる。

 倒れたままだった池田が体をぴくりと動かした。が、水谷に牽制されて動きを止める。

「――投票が終わりました。結果を発表します」


『長谷川 真世 六票』


 全員、予想していた結果らしい。黙りこんで、俯いている。

「この、人殺し」

 血化粧で変貌した真世の顔は、ひたすら醜かった。歯茎が見えるほど歯を剥きだして、怨念を込めた双眸が天井を見上げている。

 彼女はその凄まじい風貌を、今度は俺たちに向けた。

「呪ってやる――」

 真世の首が小さく爆発した。

 彼女はゆっくりと倒れていった。巨大な建造物が倒れるように、徐々に傾いてゆく。

 首から、赤い血が滴り落ちる。

 何故か、昨日見た美しい花火を思い出した。

 次にはもう、真世のことを考えるのをやめた。

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