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「――ペナルティとして、この中から一人、死んでいただきます」
「え?」恵美子の声が重なった。
モニターの画面に変化が訪れた。目にも留まらない速さで、目まぐるしく表示を変えたのだ。一瞬、神谷、という字が見えた気がした。
「なんだ、これ。お、俺らの名前か」不二雄が狼狽えている。「まじかよ……真世が死ぬんじゃないのかよ」
彼は口を手で抑え、しまったという顔をしていた。真世が死ぬと思っていたのは、不二雄も一緒らしい。
死のルーレットが回る。モニターに集中していると、ばたん、と大きな音がした。反射的にそちらを向く。
「ま、待って!」
扉から真世が飛び出した。俺はそう言った真世の顔を見て、とてつもない衝撃を受ける。
彼女の頬が赤く爛れている。それだけではない。目や口の周り、顎の下まで、塗りたくったように血の線が描かれていたのだ。自分の頬を引っ掻いて、爪についた血を、顔になすりつけている。それは血化粧とでも言うべきか。
その顔を見た瞬間、動機は激しくなった。
「お、おい!」不二雄の声に、俺はモニターへ再度目を向ける。
モニターに名前が表示されていた。
『村上 恵子』
「え……え……」
恵子の頭が前後に揺れている。え、え、え、と壊れたように呟いた。
「――残念ですが、村上恵子さんには、死んでいただきます」
「ふざけるな!」池田が恵子の元へ走った。「恵子!」
恵子は向かってくる池田に腕を伸ばした。
「いやだ……死にたくな――」
パン――、と音が、恵子の言葉を遮った。首元が赤く裂けた。腕を伸ばしたまま、前方へ倒れかかる。
「恵子っ!」池田が恵子の頭を抱えて、胸元で抱きしめた。首からドクドクと溢れる血液で、池田の体が汚れていく。
「――さて、長谷川真世さん。投票をお願いします。制限時間は五分です」
真世がよろよろと恵子と池田に近づいた。「そんな……わたし……自分が死ぬと思って……」
池田が恵子の体を優しく寝かせた。
次の瞬間。
池田が雄叫びを上げた。耳を塞いでしまいたくなるほど、強烈な声だ。腹の底が震えるような感じさえする。凄まじい咆哮だった。
池田が叫び声をあげながら、真世の元へ身を低くして迫った。池田は真世の髪を掴み、同時に膝を振った。真世の腹部へ膝を叩きつけたのだ。俊敏な動作だった。躊躇いなど微塵も感じられない。
真世は蛙の鳴き声のような声を絞りだした。ゲ、ゲ、と腹を抑えてしゃがみ込む。
池田はまだ彼女の髪を離していない。もう一度池田は膝を振った。今度は真世の額に向けた。
ごり、と音が鳴り、また真世がおかしな悲鳴をあげた。
殺す気だ。池田の目は獣のように鋭い。
「やめい!」
水谷が池田を殴り飛ばした。
「真世。さっさと投票室行け」
真世は四つん這いのまま投票室へ向かう。あまりにも惨めな後ろ姿だ。彼女には失礼だが、殺虫剤を掛けられた害虫を思い出させた。呻き声とも泣き声ともつかない声をあげながら、真世は投票室へ消えた。
「お前、異常やで。狂っとるわ」
「…………」倒れた池田が首だけ持ち上げた。池田の目は変わらず鋭い。人を殺そうとしている目というのは、こんなにも強烈なものか。俺はそんな感想を持った。
「狂ってるのは、お前だ」
「なに?」
「人が死んでるんだぞ。どうしてそんなに冷静でいられる」
今度は水谷が黙った。
頬を指で掻いて、考えこむ素振りを見せてから、水谷は答える。「すまんな。これが俺の性格らしい。俺も初めて知ったわ」
真世が投票室から出てくる。
倒れたままだった池田が体をぴくりと動かした。が、水谷に牽制されて動きを止める。
「――投票が終わりました。結果を発表します」
『長谷川 真世 六票』
全員、予想していた結果らしい。黙りこんで、俯いている。
「この、人殺し」
血化粧で変貌した真世の顔は、ひたすら醜かった。歯茎が見えるほど歯を剥きだして、怨念を込めた双眸が天井を見上げている。
彼女はその凄まじい風貌を、今度は俺たちに向けた。
「呪ってやる――」
真世の首が小さく爆発した。
彼女はゆっくりと倒れていった。巨大な建造物が倒れるように、徐々に傾いてゆく。
首から、赤い血が滴り落ちる。
何故か、昨日見た美しい花火を思い出した。
次にはもう、真世のことを考えるのをやめた。




