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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
第三章
30/52

   9


 俺は、赤く仄暗い投票室にいた。

 誰の名前を書いていいのか、しばし呆然と立っていた。残り時間はあと僅かだ。さっさと書いて、次のものへ代わらなければいけない。

 田村が嘘をついているとは思えない。かといって、池田が嘘をついているとも思えなかった。いや――仮に、どちらかが嘘をついていたと、そう分かったとしても、ここに名前を書こうなどと思うものか。

 投票をする。それはつまり、死ぬ人間を選ぶということだ。

 書けるわけがない。

 しかし、書かなければ、自分の首が吹き飛ぶだろう。

 田村、池田ではなく、別の人間にしようか。投票数が集まらなそうな人間。例えば、恵美子とか。

 いや、結局は同じだ。結局、誰かが死ぬ。もう逃げられない。

 さっきから、この堂々巡りだ。

 どうしてこの部屋が赤い照明で照らされているのか分かった。

 きっと、この赤は、血の赤なのだ。赤くて暗い、ネットリとした血の色。

 池田の言うとおり、鬼を探して――。

 ――自らの手で、殺さなければ、助からないのだ。この暗い赤色は、きっと殺す時の返り血なのだろう。

 俺は、悩んだ末、池田の名前を書いた。

 



 部屋を出ると、田村は地面に伏せていた。頭を抱え込んで、額を床につけている。遠くからでも、田村の膝が震えているのが分かった。

 誰も声を掛けない。異常だ。誰かがあんな風になっていたら、普通は側に寄ってやる。

 もう俺たちは、仲間じゃないのか。そんな一文が頭に浮かんだ。そして俺も、田村に声を掛けてやれなかった。

 機械的に投票は進む。

 投票が、すなわち誰かを殺すことであるのは、他のみんなも分かっているだろう。しかし、その思いを無理やり封じ込めて、この狂ったゲームに興じているのだ。首の冷たい感触が、思いのほか俺たちを束縛している。

 全員の投票が終わった。

 誰も言葉を発しない。田村を除いた九人で、モニターを見ている。田村はまだ床に伏せていた。

「――投票が終わりました。結果を発表します」


『田村友宏 四票』


 池田は壁に背中を預けて座っていた。俺は田村のことを見れなかった。代わりに、池田を見た。

 池田の瞳に、不思議な光を宿っている。

 悲しいような、寂しいような、ほっとしたような、怒っているような。情けないような、辛いような。

 ともかく、様々な強い感情が込められている。

「死にたくない」

 呻き声にも似た低い声がした。その声にゾッとして、そちらを見やる。

 田村が這いずるように入口の扉に向かっていた。

「い、いやだ。いや」――パンと軽い音がした。

 血が噴き出る。

 と同時に、また誰かの叫び声が重なって聴こえた。多分、かおりと真世だ。

 俺は声すら出すことができなかった。瞬きも忘れて、その光景を見ていた。

 田村の手足がバタバタと床を何度も叩いた。熱されたアスファルトの上で、ミミズがもがくように。

 誰も田村に近づけない。

 ゲップのような音が何度も聞こえて、それに合わせてドクドクと血が流れていく。田村の全身がみるみる赤く染まっていって、まるで別の生き物のようになった。

 やがて手足の痙攣が止まった。血の勢いも大分弱まっている。俺たちは離れた場所から、ただそれを観察していた。

 田村はもう微塵も動かない。

 



「――次の部屋に移動してください」

 ぱっと黄色い光が灯った。

 床に流れた血に、眩しいほど反射していた。

 カミケン、俺は鬼じゃない。信じてくれ。カミケンなら俺が嘘をついていないって、分かるだろ――。田村の言葉と、あの哀願する切ない顔が、繰り返し、頭の中を流れていた

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