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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
第一章
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   2


 八月某日。不二雄に誘われた日から、一ヶ月が経った。

 午前九時。俺たちは品川駅前で待ち合わせをした。

 俺を含め、総勢十一人の人間が集まった。全員、カラオケ屋のバイト仲間である。

 男性陣が六人。女性陣が五人だ。実験の参加条件は、十人以上のグループでの参加、とあった。十一人も集めたのは、不二雄の勘違いだそうだ。彼は、十一人集めないといけないと思っていたらしい。

「本当に行くん? 冗談やと思ってたわ」

 水谷直人みずたになおとが腰に手を当てて、不二雄に言った。

 水谷は、背が高く、ほっそりとした体つきの男だ。長い前髪が、目元を隠していた。飄々とした雰囲気で、掴みどころがない印象。彼は関西出身で、高校卒業後に、専門学校へ通うため、東京へ出てきた。

「本当に行くに決まってるだろ。さあて、全員集まったかな。そろそろ行かないと、新幹線に間に合わなくなる」

 不二雄が歩き出したので、全員それに続いた。

 男性陣が前方を歩き、女性陣がその後ろを歩いた。後ろから、かしましい笑い声が聞こえてくる。前を歩く裕太が、ちらちらと後ろを気にしていた。

 俺の隣に、田村友宏たむらともひろが並んだ。

 田村は背が高く、どっしりした体つきだ。坊主頭で、顎髭を生やしている。一見、いかつい顔をしているくせに、妙に弱気なところがある男だ。

「カミケン。実験って、一体何をするか知ってる?」

 俺はかぶりを振った。「あんまり詳しく聞いてないんだ」

 「なんか、怖いな」田村は不安げな瞳を浮かべた。強面の顔に浮かぶその瞳が、アンバランスで、ちょっとおかしく思った。

 ちなみに、カミケンというのは俺のあだ名だ。神谷健太かみやけんた。苗字と名前から、二文字づつとった、面白みのないあだ名である。

「あんまり心配すんなよ、タム」池田真一いけだしんいちが田村の後ろに近づいて、腰のあたりを拳で押した。

「いて、いてて。いたいよ、イケピー」田村は困ったような顔をして、笑った。

 池田はそれを見て大笑いをする。バイト中によく見ている。いつもの光景だった。

 池田は、短髪の頭に鋭い目つきが印象的な男だ。乱暴者のイメージがある。イケピーというあだ名は、誰がつけたのか分からないが、彼は気に入っているらしい。


 改札をくぐり、新幹線を待っていると、すぐに到着した。乗車する。夏休みだけあって、人は多くいた。それでも、全員座れるくらいの座席は空いていた。

 四人のボックス席を、三つ使うことにした。

 俺の席は、不二雄、田村と一緒だった。せっかくの機会なのに、男ばかりでむさ苦しい。俺は内心溜息をついた。

「さあて、楽しみだなあ」不二雄が鞄から手帳を取り出した。「これからの予定は……と」

 俺は隣に座っていたので、手帳の内容を見ることができた。汚い文字で、今日と明日の予定が書いてあった。

 心理学の実験に参加するのは、明日だ。今日は一日、熱海で遊んで、明日の朝、天神島に向かうことになっている。

「とりあえず、旅館に行って、荷物を置いてきたほうがいいかな。そのあと、海に出掛ける……」

 不二雄が独り言のように呟いた。俺と田村に、予定を聞かせているようにも聞こえた。

「ねえ。本当に大丈夫なのかな? 心理学の実験って」

 田村が眉間に皺をよせ、真剣そうに不二雄を見つめた。

「大丈夫だって。映画や漫画じゃあるまいし、そんな変なことにはならないよ」

「そうかなあ……」

 田村は頭を掻きながら、窓の外を見つめた。ちょうど発進するところで、東京の街並みがゆっくりと流れていた。

 俺もまた、田村と同じように、実験に対する不安をいまだに抱えていた。しかし今は、不安よりも、通路向かいのボックス席に座る田中葵たなかあおいのことが気になっていた。彼女は対面に座る裕太と楽しそうにお喋りしている。

 葵は俺より一つ下の二十歳だ。三ヶ月前、新しくバイト仲間になったばかりだ。可愛い女の子だった。明るい茶色に染めたショートカットと、人懐っこい笑顔に、すぐに俺は心を奪われた。

 葵が入ってすぐ、裕太が猛烈なアタックを始めてしまった。彼女に惹かれたのは、裕太も同じだったのだ。そのこともあって、このかすかな恋心は、誰にも伝えていない。今も湧き上がりそうになる嫉妬心を、必死に抑えていた。

 裕太の隣には、池田が座っている。葵の隣には、村上恵子むらかみけいこが座っていた。池田と恵子は、裕太と葵とは別の話題で盛り上がっているようだ。

 四人の様子は、まるで別々のカップル同士が相席しているようだった。池田と恵子も、最近うまくいっているらしい。

 恵子は口元に手を当てて、上品に笑顔を浮かべていた。おとなしい女性だが、池田の前でだけ、ほんの少し笑顔が増える。肩まで伸びた黒い髪も、ふんわりと膨らんでいて、彼女らしい。

「……神谷……神谷、聞いてるのか」

 不二雄と田村が、不思議そうに俺を見ていたことに気がついた。

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

 俺は頭の後ろに手を置いて、誤魔化すようにして笑った。幸い、葵を見ていたことには気がつかれていないようだった。

 品川から熱海まで、一時間弱で到着した。

 新幹線から先陣を切って降車したのは、長谷川真世はせがわまよだ。彼女は、俺たちの中でも、この旅行を一番楽しみにしていた。

 彼女は天真爛漫な笑顔を携えて、ホームを小走りで掛けていった。髪の毛を後ろで束ねている。

「真世ちゃん、そんなにはしゃぐと、転んじゃうよ」

 戸高恵美子とだかえみこがあとを追いかけた。

「大丈夫だよ。気をつけてるから……」

 そこまで言ったとき、真世が足元を絡めさせて、ぐらついた。戸高が「あっ」と声を漏らす。

「……ふう、危なかった」

 真世は持ち前の運動神経で、どうにか倒れずにすんだようだった。

「ほら、言ったじゃない」

 恵美子が彼女を叱るように言った。バイト先での恵美子は、皆の母親のような立ち位置だ。俺や皆と同じ年齢なのだが、彼女の眼差しはいつも優しくて、つい、子供のように振る舞ってしまうこともある。彼女の背が高いことも、関係あるかもしれない。

 真世が舌を出して恵美子に謝る。悪戯っ子のような顔だった。

「じゃあ、とりあえず旅館に向かおうか。荷物を預かってもらおう」

 不二雄が皆に言った。

 駅へ出ると、タクシーに乗り、海岸沿いの旅館へ向かった。途中から潮の香りが漂ってきて、気持ちが弾んだ。

 今日宿泊する場所は、高橋旅館というところらしい。国道136号線沿いにある旅館だ。古き良き時代の旅館、といった感じで、昭和の雅が残る、日本家屋風の建物だった。

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