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投票は淡々と進む。
その静けさはまるで葬式のようだった。席を立ち、順番に焼香をあげる参列者のように、俺たちは黙々と投票室へ向かった。
かおりの突然の訴えもあったが、脱落させるものを実際に自分の手で書くという行為が、俺たちを黙らせたのかもしれない。
もしかしたら、俺は一人目の脱落者になるかもしれないな。そんな風に思いつつ、順番に投票をしていく仲間たちを見ていた。
あのかおりの言葉を聞いて、彼女に投票するものはいないだろう。俺か裕太、どちらかが消える。実質二択だ。
俺はきっと勘違いしていたのだ。善意からかおりを脱落させようとしていた。でも、よく考えてみれば、それは一人きりになってしまうということだ。きっと彼女は、このゲームをするよりも、そっちの方が恐ろしいことなんだろう。かおりはあれから再び口を固く閉ざし、能面のような表情のない顔をしていた。
正直に白状すると、俺は脱落してもいいな、と考えていた。
疑い疑われるようなゲームは、正直気が進まない。どうせ脱落したって、貰える金は一緒のはずだ。他のみんなには悪いが、俺は早々と脱落し、結果を待っているだけの楽な状態になりたかった。
息が詰まるような雰囲気の中、全員の投票が終わる。
黄色いランプが止まり、久しぶりに白い部屋へ戻った。そして、ボイスチェンジャーの声が流れてくる。
「――投票が終わりました。それでは、結果を発表します」
『内田裕太 五票』
たった一文。モニターには、そう書かれていた。
「あらら。お前らって、こういう時いつも俺を選ぶよな」
裕太は屈託のない笑みを浮かべる。きっと重苦しい雰囲気にならないように、気を遣ったんだろう。
「まあいいけど。俺って、そういう役目だしさ」
わざとらしく口を尖らせる裕太を見て、俺たちの間にぱあっと笑顔が広がった。
ふと視界の隅に、葵の顔が見えた。眉の端を下げ、やや寂しそうな顔で笑っている。
一足先に抜けやがって。羨ましいな。
内心俺はそう思いつつ、裕太に近寄った。何か声を掛けようと思った。
俺を口を開きかけた。
まさにその瞬間である。
ピ、という音がした。
何故だろうか――。
俺はそのコンマ一秒にも満たない僅かなその瞬間に、昨夜の裕太を思い出した。月を見上げていた裕太の、決意を秘めた男の顔、月光の妖しげな光を宿した裕太の瞳の色を、俺は何故か思い出したのだ。
そういえば、裕太は葵に告白すると言っていたんだった。きっと、まだ言ってない。長い付き合いだ。それくらい、訊かなくたって分かる。どうしてか、そんなことを思った。
裕太の首が爆ぜた。
朝、布団の温もりを感じる一方で、まだ夢の中に沈んでいるような。
覚醒と睡眠の間を弛む意識のように。
俺は夢を見た。
これも白昼夢の一種だろうか。現実の世界を認識しつつも、もう一つの世界を視ていた。
高校生の頃の裕太が、俺の眼前で笑っている。何かを楽しそうに喋っているのだけど、俺にはそれが分からない。
裕太は手に何かを持っている。なんだろうと注意深く目を向けると、何かのユニフォームだと分かった。
そうだ。
そうだった。
裕太はバスケが好きだ。これは確か、彼が好きだった選手のユニフォームを偶然手に入れた時の裕太だ。大はしゃぎだった。子供みたいに、無邪気に喜んでいた。
今もこうして、ユニフォームを大切そうに持ち上げて、これでもかというくらいに笑顔を見せている。いつも不安そうな瞳をしているくせに、ガキ大将みたいに大笑いをしている。
おや? と俺は思った。
裕太の首。プツ、と腐ったトマトに針を刺したようナ、赤黒いシミのようなものが、じんわりと広がっている。
やがて、赤黒いシミのようなものがプツプツと広がった。カビが侵食するような、気味の悪い広がり方だ。
裕太の首が染まり、顎が染まり、胸が染まる。
それから、顔面がシミに侵食された。死体が腐敗するような、醜い変貌だ。なのに、裕太はさっきと同じように微笑んでいるのが何故だか分かった。
持っていたユニフォームにもシミが広がって、ついには、シミは裕太の体を飛び出した。
俺の視界が赤く、黒く、塗りつぶされてゆく。赤と黒がネッチャリと、粘着的に混じりあう。
裕太の体は愚か、自らの肉体さえ見えなくなった。世界が赤黒く染まったのだ。もしかしたら、赤黒いシミが、俺の眼球を腐敗させたのかもしれない。
この醜い世界で、裕太はまだ笑っていた。何故か直感的に悟った。
――さて、皆様、第二のゲームを始める前に、ルールを一つ付け加えたいと思います。皆様がゲームへ集中できるために、こちらで用意した新ルールです。
鬼と子の人数が同数になった時点で、鬼と勝利とし、実験を終了します。生き残った子の方には死んでいただきます。
また、最終ゲームを終了し、その時点で生き残っていた鬼がいた場合は、同じく死んでいただきます。
よろしいでしょうか。
以上です。
それでは、引き続き、鬼探しゲームをお楽しみください。




