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自分が鬼だと思われるなんて、考えもしなかった。どこか怪しい部分があったのだろうか。そう思うと、手のひらにじっとりと汗が浮かんだ。
「制限時間は三十分です。投票をお願いします」
もやもや考えていると、モニターの表示が消え、再び三十分の残り時間が表示された。俺は呆然とモニターを見つめていた。
「三人に割れたか。これって結構なヒントになると思うぜ」
池田が俺の肩を叩いた。振り返る。口元に微笑を浮かべている。不敵な笑みだ。
「この三人は鬼じゃない可能性が高い。まあ、高いって言っても、ちょっと高いってだけだけどな」
池田の声は力強く、自信に満ちあふれていた。池田はそれから全員の顔を見渡し、聞いてくれ、と目で合図した。
「実はな、ランダム投票にはもう一つ狙いがあったんだ。話し合いをせず直感で選ぶという行為を、鬼の目線から考えてみろ」
池田はそこで間を作った。次の言葉が重要である、とでも言うように。
「当然、鬼は他の鬼に投票しない。できない。……まあ当たり前のことなんだが。ほぼノーヒントだった今回の投票に関しては、重要な意味を持つ。そこにランダム投票の利点がある」
「なるほど」水谷が言った。人指し指で頬を掻いて、しげしげと池田を見つめていた。
池田はゆっくりと頷く。
俺はまだ意味が分からなくて、続く説明を聞こうと身構えた。
「俺の目から見て、鬼が誰なのかさっぱり分からなかった。多分、みんなも同じだと思う。どうだ?」
俺は頷いた。他のみんなもそうだったようで、神妙な顔で頷いた。
「だから票がばらけるはずなんだ。均等にな。だけど、鬼だけはそうじゃない。鬼は鬼に投票しないから、子に比べて投票される確率が微妙に低い」
そこまで聞いて、俺はようやく池田の言わんとしてることが分かった。
「もっと言うと、今回の投票、票を集めたものは子の可能性が高く、票が集まらなかったものは鬼の可能性が高い、というわけだ。勿論、ランダムといっても実際には偏りもあるし、今言った可能性だって、微々たるもんだ。でも、誰が誰に投票したのかはっきりさせれば、ヒントくらいにはなると思うぜ」
池田は――俺はてっきり全ての投票結果が表示されると思ってたんだけどな、と続けた。
「どうする? 誰に投票したのか、ここではっきりさせるか?」
池田が問うと、少しの沈黙が流れた。誰も答えない。互いに目が合わぬように、下の方へ逸らしているように感じた。
俺もやはり目を伏せていた。その必要はない、と言えないのは、池田の言うことが理解できたからだ。
その時、俺はふと違和感を覚えた。
なんだろうか――。
池田の説明に、何か引っかかりのようなものを感じる。
ふう、と溜息をつく声が聞こえて、俺は顔を上げた。池田が肩を竦めていた。先ほどよりも少しだけ柔らかい顔つきに戻っていた。
「……まあ、言い辛いよな。そんなの。じゃあ、それはいざって時にしようか」
池田は言い終えると、投票室である赤い部屋に通じる扉へ振り返った。
「じゃあ、投票してくる」
池田は早足で投票室へ向かった。ドアノブに手を掛ける。
「待って!」
その時だった。
「わたし、イヤだよ! 絶対、イヤ。一人で脱落なんて、そんなの絶対……」
かおりだった。ここまで無言を貫いていた彼女が、突然叫んだのだ。
「一人きりになるなんて……耐えられない」
池田は振り返った。目を丸くして、かおりを見ている。
何か言うような仕草を見せたが、結局何も言わずに扉へと向き直した。今度こそ投票室へ消える。バタン、と扉の閉まる音が響いた。
イヤな沈黙が流れる。
かおりはじっと投票室の扉を見つめたまま固まっていた。俺たちは何も言うことが出来ず、ただ、立ち尽くしていた。




