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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
第三章
24/52

   3


 薄暗く、赤い小部屋へ入る。ねっとりとしたイヤな空気を再び感じる。この重みは、防音の部屋のせいだろうか。

 俺は、かおりの名前を書いた。

 彼女が鬼だと思ったわけではない。もしも脱落させるのなら誰か、という点で選んだ。彼女はひどく怯えている。それならば、さっさとゲームから退場して、どこか別の部屋で待機していればいい。そっちのほうが、きっと気が楽だろう。そう思った。

 投票は滞りなく進んでいった。特に決めたわけでもなく、最初に赤い部屋へ入った順番になる。待っているあいだ、会話はなかった。誰に投票したのかと訊くものは一人もいない。それはきっと、自分が誰に投票したのかを知られたくないからだろう。だから人に訊かないのだ。俺も、そうだった。

 鬼だと思う人物へ投票する。それはつまり、嘘をついていると疑っているということになる。ゲームだとはいえ、そんなことを言いたくはない。言わなくて済むのなら、それがいいに決まっている。

 最後の投票者であるかおりが、赤い部屋へ通じる扉の前で立ち止まった。

「……どうしたの?」恵美子が訊く。

 かおりは両肩を僅かに持ち上げ、拳を握りしめたまま立ち尽くしている。

 何事かとみんながかおりの背中を見つめた。

 どれくらいそうしただろうか。恐らく、一分くらいは経っていたと思う。かおりは何も言わず、そのまま扉を開き、赤い部屋へ消えた。

「あいつ、相当参ってるな」不二雄があごをさすりながら言った。目を伏せて、心配そうな顔を見せた。誘ったものとして、何か思うことがあるのかもしれない。

 不二雄は真世に目を向けた。

「一体どんなビデオを見たんだ? そんなにこの場所と似てるのか? っていうか、かおりはなんでそんなの見たんだよ」

 苛ついたような口調だった。

「わたしに聞かないでよ」真世は素っ気なく言うと、ぷいと顔を背けた。

 会話が再び途切れる。なんとなく気まずい空気が流れた。

 このゲームは考えていた以上に厄介かもしれない。疑う、疑われる、というのは、イヤなものだ。それが、大切な仲間であればあるほど。現に、投票が進むにつれ、和んだ空気が消え失せていった。

 かちり、と音がした。扉が開いた音だ。

 かおりが赤い部屋から出てきた。病的なほど青ざめている。色を失った瞳と、覚束ない足取りは、夢遊病者を連想させた。

「――全員の投票が終わりました。それでは、結果を表示します」

 いつの間にか止まっていた残り時間の表示がぷつりと消えた。

 それからすぐに、別の文字列が表示される。俺は一瞬、我が目を疑った。


『神谷健太  二票』


 自分の名前を確認した瞬間、心臓を鷲掴みされた気分になった。どくん、と大きな鼓動が耳元に聴こえる。口元も震えていたかもしれない。俺は大きく深呼吸をして、もう一度文字列を見る。今度は、しっかりと全体像を見た。


『神谷健太  二票

 加藤かおり 二票

 内田裕太  二票』


「――同数となりました。通常は累積投票数で脱落者を決めますが、今回は決戦投票を行います。もう一度、投票を行なってください。さて、決選投票のルールですが、この三人に投票した方は、変更をしないように。それ以外の方は、この三人のうちの誰かに再投票をしてください。……それから、この決戦投票は、累積投票数に加算されませんので、ご安心ください」

 耳鳴りにも似た鼓動の音が止まらない。胃がすり潰されているような不快を腹に感じる。ボイスチェンジャーの説明も、ただ音声として捉えることしかできなかった。


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