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東京都内のとあるカラオケボックス店が、俺の職場だ。
その日は、一週間ぶりによく晴れた日だった。不思議なことに、天気が悪い日の方が客足が増える。梅雨のせいで、ここ最近は忙しいことが多かった。
午後三時、俺たちは小さな事務所のソファに掛けて、テレビも見ながら、どうでもいいことを話していた。今日のシフトは、俺、内田裕太、西島不二雄の三人だった。
そのうち、不二雄が思い出したように俺に言った。
「神谷、面白い仕事見つけたんだ」
「面白い仕事?」
不二雄は目を細めた。嬉しそうに鞄を探っている。元々目が細い男だから、笑うと、目が糸のようになってしまう。その細い目と、縮れた癖のある髪の毛が、彼のトレードマークだった。
不二雄が鞄から一枚の用紙を取り出した。
「なにそれ?」
裕太が身を乗り出して、用紙を見た。
「まあ、読んでみれば分かるよ」
俺も裕太と同じように、用紙を上から眺めた。レイアウトからすると、ウェブの一ページを、そのままプリントアウトしたもののようだ。
㈱リアル・ハローズ
心理学実験の被験者募集!
参加条件
・成人していること
・健康であること
・十人以上のグループから参加可能。全員、顔見知りであること。
実験内容
・簡単なゲームをしてもらいます。その時の反応を調べる実験です。
実験予定日
・一日間の実験です。お申し込み時から、一ヶ月後程度を予定しています。
会場
・伊豆諸島、天神島。静岡県熱海市から船で送迎します。
謝礼
・一人につき、10万円、程度。
お申込み方法
・下の応募フォームにご記入の上、送信ボタンをクリックしてください。
・質問などがありましたら、こちらへ。real-hallows@*********
「心理学の実験?」裕太が訊く。
不二雄は頷き、にっかりと笑った。
「ここ、見ろよ」
不二雄は紙の一部分を指差した。謝礼の部分だ。
「一人につき十万だぜ。凄いだろ、これ」
「……でも、怪しいんじゃないの? 普通、一日でこんな大金貰えないよ」
裕太はウェーブ掛かった髪を右手で掻きまわした。疑い深い瞳を浮かべ、首を捻っている。色白で、いつも不安そうな目をしている男だ。いつもこんなふうに弱気な発言ばかりをする。
しかし、不二雄の怪しげな仕事の紹介に関しては、俺も裕太と同意見だった。
「俺も最初はそう思ってた。それで、メールで色々訊いてみたんだ。この十万には、ちゃんと理由があるらしい。……まず、この十人以上の参加が条件ってあるだろ」
不二雄は紙を指でトントンと叩いた。
「これが意外と難しい。最初はもっと安い謝礼金で募集してたんだが、なかなか集まってこなかったらしいんだ。それから、この伊豆諸島ってところ。これも募集を減らす要因であるらしい」
「それで、十万まで謝礼金を上げた?」俺が訊く。
不二雄をゆっくりと頷いた。
「このゲームってのは?」裕太が目を輝かせながら訊いた。裕太はもう、この十万円にかなり惹かれているようだった。
「集団で行うゲームをするらしい。内容は聞いてない。チームワークというものを、心理学の目線から調べるとのことだ」
俺は不二雄の説明を聞きながら、疑問に思うことがあった。そのまま口にする。
「どうして伊豆諸島なんだ? 何か特別な理由があるのか?」
不二雄は自慢げに答えて見せた。「隔離された場所であることが重要らしい」
「隔離された場所? どうしてまた……」
「さあ。そこから先は、秘密だそうだ」
不二雄は咳払いをして、俺と裕太の顔を交互に見た。
「あと一ヶ月っていったら、ちょうど夏休みだろ? 遊びに行きがてら、参加してみないか」
裕太が背もたれに寄りかかって、大きく伸びをした。「怪しいよ、やっぱり」
「そういうなよ。ほら、葵ちゃんも誘おうぜ。一泊二日でさ」
「え? 葵ちゃんを誘うの? なら……行こうかなあ」
裕太が葵のことを気に入っているのを、皆が知っていた。裕太は、にやにやと変な笑いを浮かべている。何か妄想しているのかもしれない。すっかり不二雄のペースに乗せられていた。
「他にも暇しそうなやつがいる。俺が誘ってみるよ。神谷もいいよな」
俺は思わず頷いた。本当は、まだ疑う気持ちが残っていた。頷いたのは、不二雄の口から、葵の名前が出たからだ。内心、俺は胸を高鳴らせていた。




