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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
第二章
13/52

   4


「どうして、こんな変な入口なんですか?」

 不二雄が問うた。

「旧日本軍の基地を、改造して作ったらしいんですよ。聞いた話ですが」

 小林の声が、狭い階段の道に響いた。洞窟の中のような響き方だ。暗いこともあって、本当に洞窟を潜っているような気持ちになった。

「それで、こんな変な入口なわけです」

 小林の声は淡々としていて、やはり感情が読み取れない。機械のような印象さえある。

 俺は左右の壁に手を当ててみた。冷たい感触がする。コンクリートの壁らしい。一歩歩くごとに、温度が低くなっていく。顔に、冷たく埃っぽい空気がぶつかった。

 地面は土だと思う。というのも、落ち葉が積もっていて、下が見えないからだ。足の裏に、柔らかい感触がするから、きっと土だと思う。落ち葉を踏む音が重なって、洞窟めいた階段の道に残響する。

 猛烈に不安になってきた。非日常の世界へいざなわれていくような錯覚が起きる。

 池田の言うとおり、これも実験の一部で、不安を煽る為の演出なのだろうか。

 不安を口にしたくなった。しかし、声を出せば、小林の耳にも届く。俺は前を歩く恵美子の背中だけを見て、できるだけ考えないようにして歩いた。

 途中で、階段の床がコンクリートに変わった。冷たい感触がする。床に積もっていた落ち葉も減ってゆき、徐々に、建物の中という印象に変わっていく。

 やがて階段が終わり、細い通路になった。通路の奥から光が漏れている。距離は分からないが、そう遠くないだろう。

 光に向かって歩いてゆく。

 通路の奥に、扉が一つあった。両開きの黒い扉だ。うちの店の、従業員用の扉を思い出した。光はその扉の隙間から漏れている。中央の縦線の隙間から、光が漏れている。

 小林が扉を押した。鍵はかかっていないようだ。強い光が目に入って、俺は思わず目元を腕で隠した。

 その先は、また通路になっていた。床は白いリノチウムに変わった。照明の数も一気に増えた。天井に蛍光灯が並んでいる。他に目立ったものはなく、まるで監獄のような感じだ。よく見ると、天井に蜘蛛の巣が張ってあるところがちらほらと見える。

 通路を少し進み、右に折れる。その先は、また長い廊下になっていた。

 薄い赤色をした扉が、いくつか右に並んでいる。ざっと見ただけで、六部屋くらいはありそうだ。

 そのうちの一つの扉の前で、小林が立ち止まった。ドアノブを握り、ゆっくりと開いた。ここにも鍵が掛かっていないらしい。キイ、と鈍い音が鳴って、扉が開いた。

「それでは、こちらでございます」

 小林が扉を押さえて、俺たちを中へ誘導した。順番に部屋に入ってゆく。

 中は大学の講義室のようになっていた。長い机が三列ほど並び、奥が一段高くなっている。なかなか広い。全体的に簡素な感じだが、廊下よりもずいぶん綺麗に保たれていた。この施設が旧日本軍の基地だというなら、ここは作戦室か何かが元だろうか。

「ご自由にお座りになってください」

 小林はそう言うと、部屋の奥にある入口とは違う扉へ歩いていった。扉を開け、どこかへ消える。

 扉を閉める音が鳴ると、吐息を漏らした音がいくつも聞こえた。肩の力がすっと抜けた感じがする。俺は大きな溜息をしつつ、椅子の一つに腰を落とした。

「凄いところに来ちゃったわね」戸高が俺の隣に座った。

「本当だよ。こんな場所だと思わなかった」

 今朝からここに至るまで、考える余裕もなかった。自分の意思で来たはずなのに、いつのまにか、こんな辺鄙な場所にいる。そんな言い回しがぴったりだ。

「……何をするのかしら」

 戸高の顔は、普段よりも随分と強張って見えた。緊張しているのかもしれない。俺も同じ気持ちだった。

「本当に大丈夫なのかな……」

 田村の不安そうな声が聞こえた。

「平気だよ……きっと」

 不二雄がそう答えた。しかし、その声は田村以上に不安に満ちていた。

 小林が出ていった扉が再び開いた。小林が再び姿を見せた。両腕でモニターを抱えている。

 何かと思って見ていると、小林が机の上にそれを置いた。慣れた手つきで、配線を繋いでいる。

 小林が配線を終えたようだ。

「それではこれから、説明を行いたいと思います。こちらのモニターをご覧ください」

 小林の声に合わせ、モニターに光が灯った。

 

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