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「大丈夫?」恵子がかおりの背中をさすっている。「お薬、貰ってこようか?」
俺と池田は、少し離れた場所から、それを見守っていた。
最初に近づいた時、恵子に追い払われたからだ。かおりは嘔吐を繰り返しているらしい。甲鈑の手すりから、上半身をつき出している。
「なあ、あいつ、どうして薬を飲まねえんだ」池田が問うた。俺に訊いているというより、疑問をそのまま口にしたようだった。
「さあ。もしかしたら、疑ってるんじゃないのかな」
「疑ってる? この実験をか」
俺は神妙に頷いた。「変な薬だと思ったんじゃないか」
「気持ちは分からないでもないが、神谷も飲んだんだろ?」
「飲んだよ。今のところ、体の調子はいい」
薬のおかげか、吐き気は皆無だった。船が動き出して、一時間以上が經過した。斜め前方に、新島の影が見える。あと三十分ほど行けば、到着するだろう。
他のものは、船室でトランプを興じている。他にすることもないので、ずっとダウトをしていたのだ。
船室はホテルのロビーを狭めたような感じで、テレビやソファなどが置いてある。ちなみに、この船はハウスクルーザーという種類の船らしい。これは小林が言っていた。
「全く、気にしすぎだ」
池田が懐から煙草の箱とライター、携帯灰皿を取り出した。海上を吹く風のせいで、うまく火がつかないらしい。何度もカチカチと音を立てていた。「もしかしたら、もう実験は始まってるかもしれねえのに」
「……実験が始まってる?」
池田の言っている意味が分からなくて、俺は尋ねた。
池田はようやくついた煙草の煙を肺に吸い込み、言った。
「そうさ。心理学の実験なんだろ? この高額な謝礼金や、伊豆諸島の小さな島が会場だということも、実験の一部なんだよ。誰だって不安になる。逆に言えば、不安を煽ることくらいしか、理由が見当たらない」
池田は煙を吐いて、気だるそうに言い放つ。紫煙が風に乗って、海の彼方へ飛んでいった。
「不安を抱えた参加者を、十人以上揃えるのが、第一段階さ。俺はそう予想するね」
俺はちょっと意外に思った。強引に突破していくパワープレイヤーのような力強さが、彼の持ち味だと思っていた。こんなふうに、冷静に分析することもできるらしい。バイト中では見れない姿だ。
「それじゃあ、第二段階は?」
「……まだ分からないな。ただ、十人以上の人間で、全員顔見知りであることが、重要な気がする。不安と信頼の相互関係についてじゃないかな。これはほとんど勘だけど」
池田は鋭い目つきで、海の向こうを見つめていた。短い髪が海風に羽ばたいていた。彼はやはり、知的な人物なのかもしれない。
恵美子が船室の扉から出てきた。彼女はダウトが苦手なようで、負け続けていた。ゲームに疲れて出てきたのだろうか。
「どうしたの?」
恵美子は長い髪を左右で束ねていた。
「あ、いや。かおりが大丈夫か心配で見てたんだ」
俺が言うと、恵美子はかおりのことに気がついた。心配そうに彼女の背中を見つめた。
「……部屋に戻ろうか。男の子には、きっと見られたくないよ」
「そうだな。そうしよう」池田は煙草をもみ消した。




