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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
プロローグ
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プロローグ

   プロローグ


 裕太ゆうたの首が爆ぜた。爆竹の破裂音によく似た、軽い音だった。

 ビャウビャウと音を立てながら、裕太の首から血が噴き出た。白かった壁や床が、赤く染まる。顔に生暖かい感触がした。拭ってみると、手元にべったりと血がついた。

 裕太の体が、糸の切れた操り人形のように、不自然な動きで仰向けに倒れた。後頭部を打つ鈍い音が床に響いた。

 誰も状況を理解できずにいた。時が止まったようだった。言葉を失い、顔を凍りつかせ、裕太をただ凝視した。血溜まりが広がってゆく。中央で横たわる裕太の首元にだけ、残酷な時が流れていた。

 突き刺すような悲鳴が、一瞬の静寂を破った。真世まよが顔を手で覆い、絶叫した。左右の頬を強張らせ、唇を歪ませている。

「どうして……?」かおりが後ずさったのを視界の隅で捉えた。彼女はそのまま尻餅をついたようだ。

 また金切り声が聞こえた。誰かが叫んだ。同時に、別の方向から、誰かの慟哭が聞こえてきた。それらが混ざり合い、部屋を駆け巡り、耳が裂けるような唸りとなった。

 「裕太……?」倒れた裕太の元へ、不二雄ふじおが駆け寄った。「どうした? なあ!」

 不二雄が裕太の体を抱きかかえた。裕太の首は、不自然に項垂れている。首が千切れかけているのだ。裕太の首元から、また血が溢れた。血液が、不二雄の顔や胸元、腕を汚してゆく。

「どうした! 裕太! なあ!」

 不二雄が裕太の体を揺すった。

 返事はない。代わりに、裕太の半開きになった口から、赤黒い何かが零れ落ちる。ゴポリと不気味な音が聞こえた。

 俺はその光景を、呆然と見つめていた。ただ、映像として状況を捉えていた。何か考えようとすると、眉間のあたりに痛みが走った。

 裕太の首元をじっと見ると、唐突に吐き気を催した。

 俺は四つん這いになる。

 黄色い吐瀉物が、ビシャビシャと汚い音を立てながら、床に飛散した。耐える間もなかった。

 手足の感覚が麻痺している。頭の内側で、何か眩しいものが燃えている。悪夢の中のようで、まるで現実感がない。なのに、吐き気は一向に収まらない。

 嗚咽を繰り返していると、天井のスピーカーから音が鳴った。ガリガリとノイズが走った。

 「――皆様、これで第一のゲームは終わりです。第二ゲームを始めますので、次の扉へ移動してください」

 ボイスチェンジャーを使った、無機質な声が聞こえた。抑揚のない、機械のような声だ。

 裕太の変わり果てた姿と、淡々としたスピーカーの声のギャップに、俺はまた吐き気を覚えた。

「ふざけるな!」

 その声に、俺は顔を上げた。池田が拳を握り、天井を見上げている。怒鳴ったのは池田だった。

「何がゲームだ。ここから出せ」

 池田の瞳に、激しい怒りの色が宿っていた。歯ぎしりの音が、ここまで聞こえてきた。

「――繰り返します。次の部屋へ移動してください。移動を開始しない場合は、参加放棄とみなします」

「放棄? ふん。いいさ、それで。こんなもんを続ける意味なんざねえよ」

「イケピー。落ちつきや」

 水谷が池田にそっと近づいた。池田の肩に手を置く。

「落ちついていられるかよ!」

 池田は水谷の手を強く振り払った。

「大人しく従った方がええ」

 水谷は自らの首元を親指で指し示した。水谷の額に、玉のような汗がびっしりと浮いているのが、ここからでも見えた。

 池田は自分の首元へ手を運んだ。同時に、俺も自らの首へ手を触れた。

 つるつるとした金属の冷たい感触がする。裕太の首を破壊したのは、きっとこの首輪と同じものだろう。

 池田は舌打ちをしながら、天井のスピーカーを見つめた。苛立ちが満面に浮かんでいる。

「ほら。真世も立ち。行くで……」

 水谷は座り込んでいた真世の肩を持ち、立たせた。真世は意思を失ったように、ぐったりと体を揺らした。

「行こう」

 そっと誰かが俺の肩に手を置いた。振り返ってみる。恵美子が立っていた。目の下が赤く腫れている。彼女の顔や首元にも、裕太の血が付着していた。

「行かなきゃ……殺される」

 恵美子の黒い瞳に、俺は身震いをした。人は、絶望すると、目から表情が消えるらしい。

 そして、俺はようやく、これが現実なのだと、理解りはじめた。

登場人物


神谷健太(俺)

池田真一

西島不二雄

水谷直人

田村友宏

内田裕太

戸高恵美子

加藤かおり

長谷川真世

田中葵

村上恵子

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