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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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ストロング系チューハイの気になる今後

 緊急事態宣言も解除になって、随分と外飲みが気軽に出来るようになった。ホントに嬉しいことだと思う。以前は当たり前で何でもないようなことが、幸せだったと思う、的な。

 で、それでも一応感染対策はしっかりして、主に独り飲みだったのだけど、今夜は山川さんがマスターに聞きたいことがあるらしくて、二人での入店になった。

「こんばんは、お久し振りです」

「おお」

 マスターは山川さんとは一応顔見知りなので、そんな感じのぶっきらぼうな応対だ。普通のお客には『いらっしゃいませ』も言わないんだから、まだ愛想がいい方だと思わなければならない。

 俺は山川さんと一緒に、カウンターの一番奥の席へと進む。何しろそこが俺の定位置で一番くつろげる場所なのだが、他の客が来た時に邪魔にならないように気遣いしているというのもある。取り敢えず山川さんはジントニックで、俺はラフロイグのオンザロックをオーダーする。

 飲み物が置かれると、俺たち二人以外にお客もいないこととて、遠慮せずにマスターに話し掛ける。

「今夜は山川さんがマスターに聞きたいことがあるって言うんだけど」

「おお、何だい。何でも聞いてくれ」

 こう見えてマスターは結構お喋り好きだ。と言うよりも、自分の好きな分野に対しての蘊蓄を話したくてしょうがない、ってことだろうけど。山川さんはジントニックを一口飲んで、ゆっくりと話し始めた。

「ストロング系チューハイってあるじゃないですか。あれって一時期随分と悪者扱いだったような気がするんですけど、最近はあまり聞かない気がして。どうなんでしょうね」

 随分ざっくりな質問だけど、マスターなら面白い返答が期待出来るな。

「そうだな、一時期問題になってたけど、問題になるってのはそれだけ人気があったってことだよな。旦那は何で人気があったと思う?」

 おおっと、質問に質問で返してきたよ。しかもチューハイの話だし。

「俺はチューハイとか飲まないからなぁ。普通にスピリッツを炭酸で割った方が、使い勝手もいいし安上がりなんじゃないかと思うんだけどね」

 まぁ、実際のところ俺はストレートやオンザロックの方が多いんだが。

「うん、安上がり、ってのは違うな。ストロング系チューハイの方が安い」

「そうかなぁ」

 釈然とせず、となりの山川さんと顔を合わせる。山川さんもぽかんとしている。

「よし、じゃあちょっと算数の勉強をしよう」

 うっ、算数は苦手だ。

「一番安いところで、アルコール度数37度のスピリッツが一本700mlで800円としよう。ストロング系チューハイは9度で350ml、100円ってとこで。容量をスピリッツに合わせれば、スピリッツ1に対してチューハイ2だな」

 うわ、もう面倒くさくなってきた。

「今度は度数を合わせよう。キリのいいところで、スピリッツは36度にしようか。これはスピリッツ1に対してチューハイが4になる。チューハイは2×4で、スピリッツの8本分だ。容量と度数を比べるとスピリッツ一本分はチューハイ八本分だ。値段にすると両方とも800円になるな」

「あらホント、缶で買ってもビンで買って割っても同じ値段なのね」

 山川さんは感心してるが、俺は理解が追いつかない。

「いや、同じじゃないぞ。スピリッツをチューハイ八缶分にするには、350ml×6で2.1ℓの炭酸水を買わなくちゃいけないし、果実の香りが必要なら、ジュースも買わなきゃならない」

 何だか計算が追いつかなくて置いてかれてるけど、取り敢えずストロング系チューハイの方が安いってことらしいのは理解した。

「そういうわけで、ストロング系チューハイの方が安上がりだ。安く早く酔いたいっていう輩には当然人気が出るだろう。だけど安さ以外にもメリットがある」

 そう言ってマスターはシュエップスの瓶を取り出した。

「旦那のラフロイグ、ちょっと割ってやろうか」

「え、いいよ。薄くなっちゃう」

 そこでハッと気が付いた。炭酸を入れれば酒が薄くなるけど、逆の考え方もあるんだ。

「旦那の炭酸割りだと、炭酸は少なめがいいだろ? それは薄い酒が好きじゃないからだけど、逆に言えば炭酸の方が薄められて発泡が弱くなるってことだ。酒を割ることで、間違いなく最初の炭酸水よりは発泡が弱くなるんだ、酒の量に関わらず。でもチューハイは最初から炭酸が入っているから、自然に抜ける部分以外は最初から同じ量の発泡だ」

 言われてみればそうだけど、なかなかそこまでは考えなかったな。

「そういったメリットと、更にビールの苦みが苦手な人、後はとにかく早く酔いたい層からすると、ストロング系チューハイっていうのは売れることが最初から決まっていたように思う。例えば、残業で夜が遅くて、夜食食べて風呂入ってすぐに寝たい人なんかには、まさに打ってつけの商品だった訳だ」

「成程ね、分かるような気がするわ。安くて手軽で、中毒になっちゃう人がいるわけね」

 山川さん的にはかなり納得のいく話だったようだ。でも本題は別だよね。

 「それで、ストロング系チューハイに何らかの規制とか対策をって話があったと思うんだけど、最近はあまり聞かないような気がするのよね」

 おっと、どうやら無事に戻ってきたようだ。

「ああ、確かにそういう話があった。コロナ前にね。しかし、世の中はコロナで大きく変わったよ。テレワークがすすんで通勤時間がなくなったら、それまでよりずっと自由な時間が増えるよな」

 山川さんは「あっ」と声を上げた。気付いたことがあるようだ。

「テレワークじゃなくても、ほどほどに残業が減ったり、或いは閉店休業状態になってしまったりして、望むと望まざるとに関わらず自由な時間が増えてしまった人は多いと思う。そうなると自由な時間をなるべく有効に使おうって考える人も多いだろう。9%のチューハイは早く酔うけど、3%のチューハイなら酔うまでの時間を3倍楽しめるというものだ。ストロング系チューハイを飲んだ方がお得感はあるかも知れないが、コロナ後では人々の価値観が変わってきているのかも知れない」

 そうか、社会状況によって、人と酒の関係も微妙に変わるんだな。

「そう言えば、お店の棚にも5%や3%っていう商品が増えてるかも知れないわ」

「そういう需要が増えたんだろう。更に言えば、最近は柑橘系の他にも様々なフルーツの味や、季節限定商品なんかも増えているようだ。メーカーの方も、規制を前提にしてアイテムを増やしていったのかも知れないが」

 どうやらストロング系チューハイ規制の問題は、コロナ禍が解決してくれたようだ。あとはメーカーさんの商品開発によって、中毒になるようなことも減ってくるだろう。そう、コロナ対策と一緒で、法律で規制するよりも、個人の自主性や規律、冷静な判断力が大切なんだな。

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