表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
98/99

コロナ禍のBAR

 世界的なコロナウイルス流行のお蔭で、俺も完全に無職になってしまった。外のみする機会もめっきりなくなり、ずっと政府の指導に従って大人しくしていたが、緊急事態宣言も解除されてからは、何度となく“夜明ヶ前”に足を運んでいる。行政からの支援で、経営の方はむしろ潤っているらしい。どちらかと言えば俺の方が生活は苦しい方だ。

 BAR夜明ヶ前の店内はコロナ禍前と全く変わらない。いつ来ても俺にとっては、くつろいで酒を楽しめる空間だ。

 マティーニの味もコロナ禍前と同じ。ジンはビーフィーター、ベルモットはチンザノ・ドライ。ちょっと首元のよれたアンゴスチュラ。塩味を抑えたオリーブ。依然と変わらない味、いつもと同じ味が味わえるというのは、嬉しいことだ。

 店内BGMは俺に気を使ってか、先ほどピアノトリオに変えてくれた。まぁ、お客は俺一人しかいないのだから、常連としてそのぐらいの気は使ってもらいたいところではあるが。ただ、あまり聴き馴染みのない演奏だ。

「ねぇマスター、このピアノだれ? 最初キースかと思ったけど、違うよね」

「誰だか当ててみなよ」

 マスターはグラスを拭きながらニヤニヤしている。

「ブラインド苦手なの知ってるくせに。そうだな、ベースが結構前に出てるよね。もしかしてベースがリーダー?」

「残念」

 ベースは確かにどこかで聴いたような。音も悪くないし、そんなに古い録音ではなさそうなんだが。

「ちょっと分からないよ、降参。白人なのは間違いないと思うんだけど」

 マスターはCDプレイヤーの上からケースを取ってジャケを見せてくれた。

「ディヴィッド・キコスキーの“Almost Twilight”ってアルバム」

 残念ながら全く知らない。ベースはジョン・パティトゥッチ、ドラムはジェフ・ワッツ。この二人は知ってる。

「アメリカあたりだと、普通にこういうプレイヤーが人知れず埋もれてたりするから面白いんだよな。こういうの見つける楽しさがあるから、ジャズはやめられない」

 まぁ確かにそうなんだけど、取り敢えず自分の好きな分野でこうやって見せつけられちゃうと、悔しい思いの方が大きいんだよな。極端に優れた演奏って訳じゃないけど、単なるBGM以上に聴き応えがある感じだ。

「ところでマスター」

 俺は悔しいから、話を変えることにした。

「コロナでずっと営業出来てなかったけど、実際のところどうだったの」

「まぁこう言ったらアレだが、行政が支援してくれたので、店を開ける以上に収入は多かったかな」

 やっぱりそうだよね、コロナとかなくってもお客の来ない店だし。

「じゃあそのお金で豪遊したり、旅行行ったりしたんだ」

「まさか。まだこれからどうなるのか分からないのに。それに、払い過ぎた支援金は後で税金のカタチで徴収するようなこと言ってたから、店の維持費以外には使ってない」

 そうなんだ。意外と慎重なんだね。

「それにしても、あんなに酒を出す店ばかり標的にすることもなかったんじゃないかと思うね。規制する店をもっと吟味すれば、余計な支援金を払うこともないし、もっと混乱は少なかったんじゃないかと思うよ」

「ふーん、例えば?」

「そう、例えばこの店。普段からお客も少ないし、そもそも騒ぐような店でもない。席ごとのパーティションと、後はマスク、消毒で大丈夫だったんじゃないかと思うよ」

 言われてみればその通りだ。今だって、話す時は二人ともマスクしてるし、他のお客が来たとしても、この店で大声で話すような輩はそうそういない。

「そう考えると、ココよりファミレスとか大衆食堂みたいなところの方が、例えお酒出さなかったとしても、感染のリスクが高そうだよね」

「そうそう、そういうところ。現場を見て判断して欲しい。カラオケ置いてる店、キャバクラやホストクラブなんかは論外だけど、酒を出すからダメ、みたいなのは勘弁して欲しい。別に酒を飲むことで感染が広がるわけじゃないんだから」

 そりゃそうだ。

「同じように考えれば、高級料理店なんかは、騒ぐような品のない客はそもそも来ないし、店側が入れないだろう。席も個室なんかであれば問題なさそうだし。料亭・懐石・高級すし店なんてのは除外で良かったんじゃないかと思うぞ。そうすると金持ちだけ優遇、みたいに僻む輩が出てくるのかな」

 客観的に見れば正論だが、主観的に言えば、やっぱりいい気分はしないな。

「騒ぐこと、ストレスを発散することが一番の目的みたいな施設と、ゆったりとお酒や食事を味わうような店はベツモノと考えて欲しいね。今回は手厚い支援金のお蔭で、この店みたいに小さな店は助かったかも知れないけど、何にしても、酒が一番の悪者みたいに扱われたことが何よりも腹立たしいんだよ。決まりを守って、十分な感染予防をすれば、コロナ禍でも酒を味わうことは出来る。それを政治家や感染学の専門家の皆さんにも理解してもらいたい」

 うん、いかにも酒を愛するマスターらしい考え方だな。支援金いっぱいもらったからそれでいい、って訳じゃないんだね。

「でもマスター、酒を飲むと決まりを守らなくなっちゃう人っているよね」

「酒を飲む資格、ってのもないとな。酒飲んで騒ぐ、暴れる、車運転するとかは言語道断だ。自分がどの位酒を飲めるのか、どこまでなら大丈夫かも自覚しておかないとダメだな。成人したからって、好きなように飲んでいいっていうもんじゃない」

「でも以前、マスターは成人前から酒飲んでたって言ってたよね」

「……」

「……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ