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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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令和辛口問答

 令和元年を迎えた初日の夜、俺は職場の同僚を連れて“夜明ヶ前”に入った。どちらかというと一人酒が多い俺としては比較的珍しいことだ。以前“辛口の日本酒”についてマスターの話を聞いたときに(第17話 甘い酒、辛い酒 参照)その話を同僚(男)にしたのだが、何やら納得のいかないところがあるらしくて、今回はその疑問を直接マスターにぶつけてみたい、ということらしい。

 店内に流れているのはリヴァーサイドのビル・エヴァンス、“How my heart sings!”。ビル・エヴァンスにびっくりマークは似合わないと思うのだけど、中身はびっくりではなく至ってノーマルなピアノ・トリオ。二人連れだったから、マスターとしては気を利かせてくれたつもりなのだろう。

 ベースのスコット・ラファロが事故で亡くなり、チャック・イスラエルズに替わっての演奏。ラファロと比べると華がないと言われる向きもあるが、“アイ・シュッド・ケア”や“イフ・ユア・オウン・スィート・ウェイ”、“サマータイム”など、収録曲は結構俺好みだ。

 二人して奥のスツールに腰掛け、まずは一杯。今回俺は初心に返るつもりでギムレットをオーダー。同僚も同じものを頼んだ。目の前に置かれたカクテル・グラスに、シェイカーから薄いグリーンの酒が注がれる。エメラルド、と言いたいところだが、もう少し薄い感じだ。二人同時に口をつける。俺の同僚は目を見開いてグリーンのカクテルを凝視した。“俺の同僚”という言い回しも変かな。逆井さかさい(仮)ということにしておこう。

「なんか僕の知っているギムレットとちょっと違うな。鋭いというかキリッとしているというか」

 逆井はそう言うと二口目をのんだ。

「ギムレットのライム・ジュースってのは甘みのあるコーディアル・ジュースを使うんだけど、私的には甘みを抑えた方がおすすめかな。私が使ってるのは果汁80%で甘さ控えめなヤツ。甲類焼酎を割って飲む人達にはお馴染みのものだと思うけど、意外とこれがいい」

 M屋さんのはスタンダードかも知れないけど、果汁は10%で甘みが強いんだよな。あれはあれで良いと思うけど。色が鮮やかだしね。

「うん、ちょっと酸味が強いけどさっぱりするな。ところで話は違うんですけど…」

 そう言って逆井は、そもそもの用件を切り出した。

「以前こいつから聞いたんですけど、端麗辛口の日本酒の話。大手メーカーがアル添の酒で儲けるためにそういうブームをつくり上げた、とか。でも本当にそうなんですかね。CMとかで大々的にぶち上げたからって、皆がみんな、簡単にそっちに流れていってしまうものなのかと。もし本当にそうだったとしたらちょっと怖いかなって。そんな簡単に扇動されちゃうものなんだろうか」

 逆井の言うことももっともだ。大衆操作だの民心掌握だのはこの男の仕事内容に直結しているので、そういう疑問が自然と出てきてしまったのだろう。

「ああ、そんな話もしたな。もちろん世の中端麗辛口の酒ばかりじゃないけど、今でも辛口にこだわる人は多いだろうし、例えばCM中に『端麗辛口』とわざわざ入れることはあっても、『芳醇甘口』なんていう宣伝文句は聞いたことがない」

 確かに、言われてみればそうだな。甘口をウリにした日本酒のCMなんてまず無かったと思う。

「端麗辛口が好まれるようになったのは、もちろん酒造会社の戦略ってのもあるが、そもそもユーザー側のニーズと、アル添酒を造りたい売り手側の思惑が合致したことが大きいんじゃないかな」

「はぁ、ニーズですか……」

 なんか経済っぽい話になってきたな。逆井もポカンとした顔をしている。

「実は回転寿司の存在が大きいんじゃないかと、私は思っているんだが」

 また突拍子も無い話になってきたな。マスターの世迷言に付き合うのは慣れてはいるけれど…。

「江戸時代、庶民の食べ物だった寿司が、いつの間にか高級化していた。それが庶民のもとに戻ってきたのはまさに回転寿司のおかげだ。刺身や寿司を食べながら酒を呑む。すると、自然と辛口のものが好まれるようになる」

 いつものようにマスターの言うことはかなり飛躍がある。俺が付け足そう。

「食事中にデザート・ワインはあまり飲まないし、やっぱり辛口の白とかが好まれる、ってことでしょ。食事の味を邪魔しないスッキリしたタイプのものを選ぶのがいいと」

「そう。魚を食べるにしても、例えば煮魚や西京漬け、味醂干しなんかの焼き魚なんかは、甘いとはいかなくともどっしりと芳醇な酒が合うが、寿司や天麩羅なんかだと端麗辛口の方がいい。つまり食べ物が変わってきたということが端麗辛口がもてはやされるベースにあったってことだよ」

 そうか、そもそも端麗辛口は時代の流れの必然だったんだな。

「でもマスターはアル添に対して否定的で、純米こそ本道だ、って言ってたそうですが」

「そう。本来は米と麹と水、これだけで造るべきなんだよ、清酒は。造りを考えたときに、大抵の人は純米酒に醸造アルコールを添加すると本醸造や普通酒になると思いがちだ。でも実際には純米とアル添では造りそのものが違う。純米を仕込みの最後に充分切らせるのはなかなか難しい。だから造り易いアル添酒を売りたいワケだが、純米酒も造らないわけにいかない。で、しっかりした技術なしにアル添と同じ造り方で純米を仕込んでしまったりする。結果としてお粗末な純米酒が出来てしまい、それを呑んだ人の中には『純米酒はヌカ臭くて美味くない。アル添の方がよっぽどスッキリして呑み易い』なんて言ったりする人もいる。こういった背景もあったりして、端麗辛口アル添酒がますます幅を利かせる土壌が出来上がるわけだ」

 蔵元の酒造技術とかって話になると、呑み手側からはちょっと分かりづらい感じだな。

「私は端麗辛口を否定しようとは思っていないんだよ。実際、晩酌をしない外国人なんかは、日本酒を食事に合わせて呑むだろうし、そうなったら当然端麗辛口が喜ばれるだろうからね。ただ端麗辛口一辺倒になってしまうのはどうかと思う。特に燗にして呑むなら純米芳醇がいいからね。でも、やっぱり日本酒の本道は純米であって欲しいとは思う。実際山形の樽平さんなんかしっかり純米で辛口の酒を造ってるしな」

 結局、自分で判断する能力が必要ってことなんだな。ブームに踊らされるのは問題だけど、ブームが間違ってなければいずれ定着することもあるだろうし、そこを見極められるかどうか、か。

「ある程度納得しましたよ。時代の移り変わりも手伝って端麗辛口がもてはやされるようになったけれども、造り手側呑み手側それぞれに思惑の違いがあったり理解度が深かったり浅かったりまちまちだってことですよね。自分の好みで甘口の酒を求める人、純米よりアル添の方が美味いと言う人、真面目な造りで純米の辛口を売る蔵や、ブームに乗ってアル添酒を薄利多売するメーカー。日本酒を取り巻く環境は様々だけど、全体を通してみるとやっぱり端麗辛口は求められている、っていう気はします」

 逆井は逆井なりにそんな答えを出したようだ。そんなに本気で取り組むほどの話じゃないと思うんだけどね。

「まぁそれが現在の流れかもな。だけど、外国人が晩酌を覚えて、刺身・寿司・天麩羅みたいなものだけじゃなく、広く燗酒に合うような食べ物を探し当てたりしたら、端麗辛口の流れも大きく変わるかも知れないぞ」

 これ以上日本の美味しいものを外国人に奪われたくないな。ちょっと身震いがする。

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