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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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新しい時代、令和

 気が付くと、世の中慣れ親しんだ平成から、令和の世へと移り変わろうとしていた。思えばあっという間の30年だったような気がする。が、平成最後の一年は俺にとってまさに疾風怒涛、てんやわんやの連続だった。特に、大人になって此の方休肝日など年に一日二日あるかないかという生活を送ってきたのに、ここへきて延べ一ヶ月のうえから断酒していたのだから、全くもって自分でも驚きだ。

 そんな日々もここでひと段落と思うと、平成への想いもひとしおだ。夜明ヶ前でのむ平成最後のマティーニの味もまた身に沁みる。

 今夜もまた、いつもの席でグラスを傾け、マスターのとびきりのマティーニを味わう。ベースはボンベイ・サファイア。いつもはマスターにお任せでビーフィーターになるのだが、どういうわけか今回はこのサファイアのように煌めくボトルが出てきた。改元に伴なう天皇様のご退位に、ヴィクトリア女王のイメージを重ねたのかも知れない。まぁ気まぐれなマスターだから、いちいち確認しないのだけど。

「旦那は平成の最後までマティーニなんだな。芸がないな」

 放っといてくれ。

「別に一日で何かが大きく変わる訳でもないし。年越しの時だってこんなだし。外的な要因で生活が変化するのとかって苦手なんだよな」

 思えば平成の三十年間、いつもマティーニをのんでいたなぁ。いや、若い頃はこの味が苦手でギムレットのむことの方が多かったか。

「現天皇が退位しての改元なんて、そうそう滅多にあることじゃないぞ。平成のときは圧倒的な自粛ムードだったが、今回はおめでたい雰囲気で、改元ブームに乗っかって一儲けするやからもいるし。経済的な効果はかなりのものなんじゃないかと思うぞ」

「まぁ、そうかも知れないけど」

 そう言えば平成のときは自粛してたな。当たり前だけど。

 俺はグラスをとって一口のんで、昭和から平成にかわったときの事を振り返ってみた。

「そうそう、あの時は大変だったって。昭和63年の暮れに御崩御なされたのをひた隠しにして、松の内が明けてからの改元だったんだっけ」

「そうなのか? そんな話は初めて聞いたけど」

 っと、これはまだリークしてはいけない話だったか。でもその当時もかなりの人が勘付いていたし、それほど問題はないだろう。しらっと違う話を始めればそれほど引っ掛からないか。

「俺の知り合いでフランチャイズの店舗で接客販売をしていたのがいたんだけど、本部から各店舗に『賑やかな店内BGMと笑顔の接客は自粛するように』っていうお達しがあって、大変な思いをしたらしいよ。殆どの店はBGM無しで営業してたらしいけど、その知り合いは急遽ヨハン・シュトラウスを流して急場を乗り切ったって言ってたよ」

「ふーん、三十年前の話か。感慨深いものだな」

 マスターはグラスを拭きながら俺の話に感じ入っていた。どうやら先程の件は誤魔化せたらしい。

「それにしても、令和ってなかなか馴染まない感じがするよね。俺の職場でも、“令”の字に違和感を感じるってのがいるし。やっぱり命令の令、とか法令の令、とかのイメージがあるし。“にすい”を付けると“冷”って字になるし、ちょっと冷たいような、取っ付きづらい元号かなと」

「そうか? 私は良いと思っているがな。特に万葉集から採ったってのは非常に好ましい」

「そう?」

 どうなんだろう、やっぱりかなり意見の分かれるところなんだろうか。

「“令”っていうのは“御令嬢”なんて言葉通り、“良い”っていう意味があるそうだ。“和”の方は一文字だと“和む”だし、“調和”とか“和音”なんていうイメージから英訳が“ビューティフル・ハーモニー”ってなったようだ。でも私はそこに別の意味を見つけ出したんだ」

 何やらマスターが誇らしげに語りだした。どうやらかなり“令和”を気に入っているらしい。

「旦那は“令”は冷たいイメージがあるって言ってたが、確かにそれはあるかも知れないな。でもにすいが付いてる方の“冷”よりは冷たくないだろう」

 そうかな? うん、まぁそういうことにしとくか。

「つまり“冷たい”じゃなくて“涼しい”っていうくらいだ。そして“和”は確かにハーモニーっていう訳でも悪くはない。『和を以って貴しと為す』は、厩戸の皇子の十七条憲法の第一条だ」

 何だか難しい話を引っ張り出してきたな。

「だけど“和”と言えば古来から“日本”のことだよ。和風の“和”な。そこでこの二つの字“令和”を並べてみると、涼しい日本、となるわけだ。令和の英訳は“クール・ジャパン”、でどうだ」

 どうだ、って言われてもちょっと無理があるような気がするんだけど。なんでそんなにドヤ顔なんだろうか……。

「令和をクール・ジャパンって読ませるのはさすがに厳しいけど、それこそ“にすい”を付けた“冷和”のネーミングで、これからのシーズンに向けて純米吟醸冷酒なんてのはいいかも知れないね」

「“令和”っていう名前を付けた日本酒は結構出ているみたいだけど、もちろん元号が決まる前に仕込んだものだから、“令和”のイメージで造った酒ではないんだけどな。むしろ私はこれから“令和”のイメージで仕込んだワインなんかが期待されると思うんだよ」

 ワイン? この店はワインを扱わないんだけど、マスター的にはワインに期待してるんだ。

「国産ワインの方向性については何度か話題にしたが(第73話 夏のワイン談義・第84話 冬のワイン談義参照)、令和の新時代こそ日本ならではのワインに挑戦して欲しいものだと思ってるんだよ。赤で炭酸ガス含有、っていうワインが無いことはないけど、歴史のあるワイン産出国、フランスやイタリアあたりから見れば奇異に感じられるかも知れない。でも寿司や刺身が世界で受け入れられるようになったのと同じように、日本ローカルのムーブメントがいずれスタンダードになることはこれからも多いと思うんだ。だからこそ令和は日本の新しいワインの方向性を決める時代にして欲しい」

 なんかマスターって意外なほどそこにこだわりを持ってるんだよな。日本発スパークリング赤ワインってのは、やっぱり世界からは邪道に思われるのかも知れないけど、ちょっと面白い気もする。

 令和はどんな酒が人気になるんだろうか。今から楽しみではあるかな。

随分と永い休載でしたが、またボチボチ書かせてもらいます(汗)

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