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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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煙草吸いの来し方行く末 後編

 酒と同じ嗜好品の一つであるタバコは、比べると文化的側面が弱い、っていうのがマスターの個人的意見みたいだ。多種多様で四季の移りかわりや行事と密接な関係にある酒と比べれば、確かに歴史的にも文化的にも貧弱と捉えられかねない部分はあると思う。

「ただ火を着けて煙を吸い込んで吐くだけ。それがひどく簡略化されてしまったのも、文化的側面が希薄になってしまった原因かも知れないな。音楽鑑賞で例えると、最近は情報としてスマホでダウンロードして聴いたりすることが多いだろう」

 そう言いながらマスターはレコードの棚から一枚取り出す。サヴォイのアート・ペッパー、“サーフ・ライド”だ。

「CDもいいけど、こういう印象的なジャケットからアナログ・レコードを取り出してターン・テーブルに乗せて針を落とすと、なんかそれだけでちょっと文化的な気がするだろ」

「うん、その例えは分かり易くて説得力があるね」

 A面一曲目の“ティックル・トゥ”、初っ端からペッパーの軽快なアルトにラス・フリーマンのピアノが乗っかる印象的なオープニングだ。

「中東やインドなんかでは“水タバコ”なんてのがある。あれなんかは喫煙具が大掛かりで、ちょっと趣味性が高いし、文化的な印象はあるだろう。特に酒の飲めないイスラム教徒なんかにとっては煙草は重要なアイテムだろうから、日本みたいに価格や喫煙場所で圧力を掛けられたら暴動になるかも知れない」

 確かに。ありそうで怖いな。

「でもよく考えたら煙草がお酒より大きな社会問題になるのは不自然な気もするよね。酒に酔っての暴行事件とか、飲酒運転で死亡事故とか、酒絡みの事件・事故の方が圧倒的に規模が大きいような気がするんだけど」

「そうだな、煙草だと一番大きい方でポイ捨てで山火事とか。昔、振袖のたもとに吸い掛けを投げ込むなんて酷い事件もあったけど、直接人命に係わるような事は少ないだろう。そんな状況であっても、一番問題にされているのが“受動喫煙”なんだから、煙草吸いは釈然としないっていうやからも多いだろうな。これはやっぱり世界的な傾向なのかも知れない。世界の動きに日本の嫌煙家が呼応したかたちになっているんだろう」

 あ、最初の結論に戻ってきたな。

「もう一つ言える事は、煙草にはデメリットしかなくて、全く良いところが無いってことだ。これが何より大きな理由の一つだろう。だからこそ煙草を吸わない人にとっては、煙草吸いのことを理解出来ないし、しようともしない。良いところが一つもないのに、何のために高い税金を払ってまで吸っているんだろう、ってところだ」

「でもよく、煙草を吸うと落ち着くって言うじゃない」

「あれは煙草を吸うから落ち着くんじゃなく、煙草が切れてイライラしているのが、喫煙によって解消されるだけのことだ。そもそも始めから煙草なんか吸わなければイライラすることも無い」

 まぁ、確かにそういうことなんだろうな。

「肺がんや喉頭がんなどの原因にもなり、幼少時に吸えば知能発達の障害になったり、周りの人から文字通り煙たがられて、切れればイライラするけど、場合によっては自由に喫煙出来ない。そのうえ高い税金も払わなければいけない。冷静に考えると、やっぱりメリットらしいものは見当たらないし、“吸う”か“吸わない”かという最初の選択を誤ってしまった、としか思えないんだよなぁ。更に私の立場から言わせてもらえれば、決定的にモノの味がわからなくなる。口の中にあんな臭いが残ってたら、酒の味なんて判別出来ないよ」

「あれマスター、口の中にあんな臭いって、以前は煙草吸ってたの?」

「いや、一度も吸ったことは無い。煙草を吸ってる女とキスしたことはある」

 そういうのコメントしづらいよ……。

「酒のメリットは、改めて旦那に言う必要は無いかもしれないけど、何しろ適量飲めば健康促進にもなるし、食欲増進にもつながる。ナイトキャップにいただけば快眠を促すし、楽しい気持ちになってコミュニケーションもとり易くなる。もっともこれは人それぞれだから、酒を飲むと泣き出したり怒り出したり、誰かれかまわず抱きついたり突然脱ぎだしたり、なんてのもいるだろうけど」

 そういうのは後で恥ずかしい思いをするよな。前後不覚、なんてのはもってのほかだけど、自分の酒癖をしっかりと把握しておくことは重要だな。

「税金に関しては、酒のほうはあまりめちゃくちゃなことはされてないけど、ビール関連の税制に関してはかなり徴税側の好きなように改悪されたりしている印象はある。やはり酒を飲む側、提供する側のモラルやマナーなんてのは大切だと思うよ。煙草のような締め付けを許さない雰囲気をつくるためには、どこまでも文化的で伝統を重んじて、関係者が酒文化を愛し守ろうという姿勢をしっかりと示していかなければいけないんじゃないかと」

 あれ、いつの間にか随分と重いテーマに変わってた。

「愛煙家の現状に比べると、俺たち酒の愛好者の方が随分と分がいいみたいだけど、いずれ煙草自体が姿を消すなんてことがあるのかな?」

「まぁいずれは酒も煙草もこの世からはなくなるだろう」

「え、酒も?」

「ああ、多分な。でもそれは何百年以上も先の話だろう。とりあえず煙草がなくなるなんてことは当面ありえないし、もし煙草が一箱千円まで上がったとしても、それ以上に増税とかはないだろう。煙草が現実離れのした価格に吊り上れば、危険ドラッグや大麻、覚醒剤なんかが巾を利かせてくるのは火を見るよりもあきらかだからな」

 そういうの、微妙なバランスの上に成り立っているんだな。煙草もギャンブルもやらずに、ひたすら酒の道一筋の俺は運が良かったってことか。ジャズを聴きながらグラスを傾ける。この俺の至福の時間に、煙が目にしみる必要性は全く無い、ってことだ。

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