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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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マッコリの未来像

 今夜一杯目のマティーニをのみ終わるタイミングで、マスターがレコードを入れ替える。流れてきたのはマクリーンのアルトで曲は“ホワッツ・ニュー”、ブルーノートの“スイング・スワング・スインギン”だ。ピアノはウォルター・ビショップ、ベースがジミー・ギャリソンでドラムはアート・テイラー。決して名盤扱いはされない“B級の星”として輝く一枚だ。ここのマスターも結構マクリーン好きで、このアルバムも掛かる頻度が高い。パーカー派のアルトなんだけど気楽に聴けるところが魅力かな。

 さて、お次は何をのもうか、と思っていると、マスターはもうすでにマティーニの仕度に掛かっている。まぁせっかくだからもう一杯いただくとしよう。むっつりと黙ってのんでるのもなんだから、何か旬の話題でも振ろうかと思うのだが…。

「マスター、冬のオリンピックももう終わりだね」

 俺がそう言うと、マスターはミキシング・グラスをステアする手を一瞬止めて、

「ふーん、そうなのか」

 と一言。やっぱりあまり興味がないらしい。スポーツの祭典と酒だとあまり接点も無さそうだし、しょうがないのかな。

「今回日本はかなりメダルを取ったんだけどね」

「そのくらいは知ってるさ。ニュースとかでやってるからな」

 興味はなくても情報は入ってくるんだな。

「メダルだけじゃなくて色々と話題豊富なオリンピックだったんだけど、そうか、マスターってあんまり韓国とか好きじゃなかったもんね」

「別に特別好き嫌いとかってのはないけどな。日本とは文化的に大きく違ってたり価値観に相違があるってだけで、まぁ近くて遠い隣国だよ」

 なんかやっぱり棘があるような言い方だよな。

「今回の開会式で国歌斉唱をしたジャズ・シンガーのユン・サンナとか、私は大好きだしな」

「え、そんな人出てたの。全然知らなかったな」

 初めて聞く名前だ。韓国人のジャズ・シンガーなんているんだな。

「ジャズ界では結構有名な人だぞ。正統なヴォーカルと言うよりはヴォイス・パフォーマー的な側面が強い人だな。メレディス・モンクやブリジット・フォンテーヌとか好きな人は嵌まると思うぞ。韓国嫌いの人も是非心を真っ晒にして聴いて貰いたい」

「ふーん、今度聴いてみるよ」

「ついでに、在日のシンガーでケイコ・リーなんて人もいるぞ」

 あ、その人なら知ってるか。李敬子って人だ。マスターは嫌韓だと思ってたんだけど、意外とアレルギー無さそうだな。

「そうだ、韓国と言えば、この店にはマッコリは置いてないんだね」

「マッコリか。あれはウチでは扱わないよ。この五年間で8割も輸出が減ってるって言うし、その殆んどが日本向けだったわけだから、どう考えても需要が無いしな」

 そんなに減ってるんだ。

「結局韓流ブームとかいうのと一緒で、マッコリもごり押しだったんだろうな。以前、ロッテ球場でマッコリを販売するっていう話題があったけど、どのくらい売れてるんだろうか」

「何で売れなくなったんだろうね。美味くないのかな」

 正直なところ、俺もあまり飲んだ記憶が無いや。

「味はまぁ好き嫌いがあるだろうし、商品化して売っているんだからそんなに不味いっていうこともないんだろうと思うがな。どちらかと言えば“イメージ”かな」

 ふーん、イメージねぇ。

「そもそも、あのマッコリというやつは昔の朝鮮で各家庭で造られていた伝統酒だったんだ。だから造り方も原材料も統一された規格みたいなものが無くて、好き勝手に造っていたんだ。味もバラバラだし腐造も多かったに違いない。日本が朝鮮を併合した時にそれらを統制するために、日本と同じように規格化して個人で勝手に酒造りをしてはいけないとお達しをした訳だ。朝鮮人からすれば日帝に伝統酒を奪われた、ってところかな」

「マッコリにそんな経緯があったんだ」

「その代わり麦麹に替わって日本式の米麴を使い、優良酵母も使って品質は上がったんだ。日本から独立して後、食糧難により米が酒造に使えなくなると、アメリカからの援助で小麦粉を使ったマッコリが製造されるようになったんだ」

「あれ、なんか事情が日本酒と似ているような」

「そう。日本酒も戦中戦後の食糧難時代にアルコール添加、三倍増醸酒なんてのが跋扈ばっこしてたものさ。需要があって供給が応えていたのだから、時代背景を考えればやむを得ないことだよ。でも時代が変われば旧弊きゅうへいは改めなくちゃいけない。質の高い吟醸酒が現れたり、純米がもてはやされたりして、三増酒なんてものは姿を消していった。今でも“合成清酒”なんてものは売っているけどな。でもそれは日本酒を代表するようなものじゃない。海外で高い評価を受けているのは真っ当に造った正直で品質の高い酒だ」

「マッコリが売れてない理由って、それと反対ってこと?」

「そういうことになるかな。いまだに小麦粉を使ってたり、アスパルテームなんていう甘味料を使ってたり。しかも大手の酒造家は儲けのことしか頭になくて、消費者のことを考えていない、って聞くな」

「そうなの?」

「マッコリを扱う業者が製造者に『こういう工程でこういう味』と指示するんだが、しばらくすると工程を省いたり管理が杜撰になって品質が落ちると言うんだ。知り合いから聞いた話だけど、まぁそんな感じなんだろうな、あの国では」

 そう言えばこのオリンピックでも、五つ星ホテルで便器を拭いたスポンジでコップを磨いたりなんて話があったな。ノロウイルスが蔓延したり。手抜き以上に衛生面でもちょっと不安が残る。つまり信用が薄い、ってことだよな。どこまでも正直に誠実に信用第一の日本の価値観からは掛け離れているよ。それ一つとってもマッコリが売れない理由としては十分過ぎるな。

「マッコリ人気が挽回することってあるのかな」

「乳酸醗酵とか低アルコールとか、或いは生マッコリで微発泡とか。健康に良いイメージを前面に押し出せばむしろ売れる要素は十分にあるんだけどな。一番良いのは“日本で製造”、これだな。実際に日本でも造ってるし。キムチと一緒だ。国産なら安心」

 それって身も蓋も無いってやつじゃないかな。文化盗用で謝罪と賠償を求められそうだ…。



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