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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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冬のワイン談義

 BGMにはピアノ・トリオの演奏が流れている。リヴァーサイドのビル・エヴァンス“ムーン・ビームス”、ベースのスコット・ラファロが事故で亡くなった後にチャック・イスラエルを迎えて録音した復帰第一弾だ。全体的に落ち着いた感じの演奏で構成されていて、店内BGMには最適だと思う。マスターもいつもこういう選曲ならいいんだけど、たまによく解からない賑やかなのを掛けたりするからな。

 今夜の一杯目は“ザ・ディンプル15年”のオン・ザ・ロックから。実は前回のみ逃したので、今夜はその続きの一杯なのだ。“SNS映えする酒”を紹介してもらう流れで色々なカクテルを飲んだのだが、その最後でマスターが「次はビンの形やラベルが珍しいものを」と言って出してきたのがこのブレンディッド・スコッチ。“ヘイグ”のデラックス版で、グレンロッシーなどのハイランド・モルトをバッティングし、さらにグレーンをブレンドしている。重厚さの中にピートの香りを程よくバランスさせた上級品だが、目を惹くのはその楕円の形と、中央がえくぼのようにへこんだビンだ。

 マスターはその後も講義を進めたかったみたいだが、結局山川さんの酒キャパに合わせて御開きになったのだ。その続きを、今夜こうして俺一人でやっているということだ。

「程ほどに良い記事が書けるんじゃないのかな。結構色々と味わったし、写真もほどほどに撮れたから」

 俺がそう言うと、マスターはレコードをひっくり返しながら、

「なんか中途半端だったけどな。次回はもっとインスタ映えするものを紹介するよ、サソリやイモムシやヘビ・トカゲなんかが入った酒とか」

 いや、そういうのは嫌がると思う。インパクトはあるけど…。

「彼女、今回の企画にマスターが乗ってこなかった時用に“酒粕”をテーマにした取材、なんてのを用意していたみたいだから、きっと次回はその話が来ると思うよ」

「成程ね、酒粕も人気みたいだからな」

「それはそうと」

 俺のほうもただ前回の続きで来たわけではなく、ちょっとした目的があるのだ。

「昨年の夏にワインの話をしたの憶えてるかな。あの話をワイン醸造の関係者の知人に話したんだけど、赤で低アル・発泡性のワインとか、本当に需要があるのか考え込んじゃってね」

「ああ、あの話か。まぁ素人の私の話だから、別に話半分でいいんじゃないのか」

「いや、参考にはなるって言ってたんだけど、今ひとつ確信が持てないような感じなんだ。素人の話でも十分に参考になると思うんだよ」

 素人とは言っても、普段から酒に接している仕事をしているわけだしね。

「じゃあ素人考えで言わしてもらうんだけど、日本のワイン醸造はそれほど伸びないと思うんだ」

「どうして?」

「色々と理由はあるけど、まず世界的に言って“酒離れ”がすすんでる現状がある。あのロシアでさえウオツカをのまなくなってきているって言ってるしな。ただ、その代わりにワインやビールを飲むようになっているって言うから、ウオツカなんかのスピリッツの代替えとして若干消費量が増えることもあるだろうけど。でもスピリッツをのんでた人がワインやビールを飲むようになるのなら、ワインやビールを飲んでいた人はコーラやジュースを飲むようになるんじゃないのか」

 そう言われると、そんな気もする。

「更に、日本人は“食事に酒を合わせる”ということに対してかなり鈍感だ。日本食を総括して見れば圧倒的に白ワインに合うモノの方が多い筈なのに、多く売れているのは赤ワインだ。これは日本人が肉食になった訳ではなくて、赤ワインに含まれる“ポリフェノール”の摂取を最優先して、食事との相性は二の次になっているということだろう。これではワインの日本での伸びしろは絶望的な感じがするだろ」

 確かにそうなんだよな。前回もそんなこと言ってただろうか。

「もう一つ言わせてもらえば、日本は工業立国だよ。蒸留酒をはじめ、ビール、日本酒造りなんかは結局“工業”なんだけど、ワインって言うのは“農業”なんだよな。大量生産を前提にして考えた時には、決して得意分野とは言えない」

「そんなに悲観的なこと、ワイン造ってる知人に言えないよ」

「だからさ。日本独自のワイン造りで生き残るしかないのさ。大手は輸入ワインや輸入ぶどうジュースで廉価ワインを作っているけど、それだってTPPの発効以降は厳しさを増すだろう。廉価路線に希望が持てなければ高級路線を模索するだろうけど、それでも本場の有名シャトーと並ぶのは無理がある。北海道や青森、山梨なんかでは素晴らしいワインを造っているけどな。でもそこまでの品質が求められないのであれば、ナンバーワンよりオンリーワンさ」

 うーん、解かったような解からないようなだな。

「つまり赤で低アルで発泡性、にこだわらなくても、とにかく特色のあるものを創ることが大事、ってことでいいのかな」

「まぁ、そんなところかな」

 なんとなく解からないでもないか。とにかく日本のワイン造りを取り巻く環境は結構厳しいってことだ。

「まぁ、あくまでも本場に匹敵する凄いワインを造りたい、っていう熱意はそれとして敬服するよ。でも、茨の道かなぁ。むしろちょっと外れたところに活路を見出すような流れがあるんだけど。でもやっぱり頑張ってるワイン醸造家にはエールを送りたいな」

「外れたところにある活路って何?」

「ちょっと古いデータしか手元にないんだが、1979年の資料にこうある」

 随分古いな。40年も前じゃないか。

「ブドウの生産量だが、フランスは1,171万t、アメリカが446万t、日本は35万tだ」

 凄い差だな……。

「ただ生産量はそれほど問題じゃない、大切なのはココからだ。フランスは98%がワインになっている。一方、アメリカは七割くらい。残り2割以上はレーズンに加工されている。それに対して日本は実に93%までが“生食”されているんだ。40年近く経った今、この傾向はどうなってきていると思う」

「え、どうなってるんだろう?」

「この数字から考えると、日本はブドウをほとんど生食してしまう文化を持っている。それに対して欧米諸国は主にワインとして飲む。健康のためアルコール離れが進み、外国人が日本旅行でぶどうの生食を体験することが多くなると、どんな流れが生まれるか」

「そうか、生で食べる習慣自体がなかった外国人が生で食すようになるのか」

「昔は日本人は生魚を食べて野蛮だと言われたり、海苔とか黒くて気持ち悪いとか色々言われていたけど、今は外国人が寿司を喜んで食べて、納豆にも兆戦したりしてるしな。それにぶどうの生食だったらイスラム圏の人達にも提供し易いし。日本のブドウは早くから生食用として品種改良が進んでいるから、この分野では独壇場じゃないかと思うんだがな」

 だけど……。

「やっぱり国産ワインは先細り、ってことになるのかな」

「今のままだと、まぁそうならざるを得ないだろう。実際日本のブドウ生産量も右肩下がりだしな。でも、生食狙いなら一発逆転もありえるぞ」

 一発逆転って、博打うちじゃないんだから……。

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