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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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インスタ映えするお酒? 【その6】

「じゃあまずお嬢さんの方からな」

 そう言ってマスターはフルート型のシャンパングラスを取り出し、大き目の氷を三つ入れる。

「私的にはサウザがおススメだけど、今回はおとなし目のクエルヴォでいこうか」

 テキーラの棚からクエルヴォのシルヴァーを取り出しメジャーで45mlをグラスに注ぐ。続いて冷蔵庫から瓶のオレンジ・ジュース取り出して残りの部分を満たす。ここまでくればマスターが何を作ろうとしているのかは言わずもがな。

 バースプーンを使ってテキーラとオレンジ・ジュースを上下に軽くステアして、最後にバースプーンの背をグラスの縁に押し当て、そこにグレナディン・シロップを垂らす。紅色のシロップはバースプーンからグラスの内側を伝い、グラスの底に降り積もっていく。

「わぁキレイ、オレンジの下に赤いグラデーション、映えるわぁ」

「テキーラ・サンライズ、っていうカクテルだよ。聞いたことないかい」

「あ、知ってる。そういう名前の歌があったわ」

「ほう、意外だね。イーグルスの“ならず者”っていうアルバムに入ってる曲だな」

 マスターはそう言って嬉しそうな表情をしているが、山川さんはきょとんとした顔だ。

「何、イーグルスって? 昔のバンド?」

「あれ、違うのかい?」

 山川さんはちょっと考え込む風だったが、しばらくして肩をすくめながら、

「ゴメンなさい間違えたわ。私の知ってるのは“てんぷら☆さんらいず”でした」

 なんじゃそりゃ? マスターも俺も呆気あっけにとられてしまった。そんな歌があるのか?

「まぁそれはともかく、飲んでみなよ」

「これってこのまま飲んじゃっていいのかしら」

「別にマドラーでかき混ぜてもらっても構わないけどね。ただそのままの方が見た目もイイし、徐々に甘みが増していく変化を楽しむ、なんてのも通っぽくてイイと思うけどな」

「ふうん、じゃそのままで」

 山川さんはおそるおそる口を当てて一口含む。“テキーラ”と聞いて、少し警戒気味だ。

「あ、これ結構好きかも。普通にジュースっぽいし」

 そういうのが危ないんだよな、スクリュードライヴァーみたいに。

 次にマスターはリキュール・グラスを取り出す。今度は俺の“B&B”だ。メジャーでベネディクティンD.O.M.を量り、グラスに注ぐ。続いてバック・バーから“ジャンヌ・ダルク・ナポレオン”を取り出して、チラッと俺の顔を見る。“実演用だからコレでイイだろ”っていう顔だ。俺は目でOKの合図をおくる。こんな時に高いブランディーなんか使う必要ないからね。

 マスターはブランディーを同じようにグラスに注ぎ、ベネディクティンの上にフロートする。見事に二層になっているが、色が似ているのであまり映えないな。むしろ山川さんの関心はブランディーの方にいっているようだ。

「凄い、ナポレオンだって。高いんでしょ、このお酒」

 実はコニャック・アルマニャックではないお安いフレンチ・ブランディーはラヴェル表記の規制がないから、別にナポレオンとかあっても古いものではないんだよね。ひどいのになると“ナポレオン”表記に“V.S.O.P”を併記してあるものまである。でもまぁ、今回は高いブランディーだと思わせておこう。説明するのも面倒だし。

「これは“B&B”っていうカクテル。ベネディクティーヌとブランディーのイニシャルをとってこういう名前になってる。ベネディクティーヌとブランディーの順番を入れ替えると普通に混ざるんだ。ちなみに朝食付きの宿とか、広島ー岡山ーなんてのとは関係ないんだ」

 山川さんはまたきょとんとした顔だ。マスターもさっき肩透かしを食らったものだから、わざわざそんな注釈をつけたんだな。

 俺はグラスをとってまず一口。どちらかというと混ざった方が好きなんだけどね。それにストレートよりもロック・スタイルの方が好きだ。まぁ今回は山川さんの取材の手助けってことで。

「どうだい、ざっとインスタ映えしそうなカクテルを紹介したけど。いくらか参考になったかい」

「ありがとうございます。色々参考になりました」

 山川さんは程ほど満足そうだ。実際に何杯も作ってもらったしね。俺はグラスを揺すって酒を混ぜ、残りを一気に呷った。

「マスター、“ニコラシカ”が出なかったね」

「あ、そうか、忘れてたな。一応つくっておくかい? また旦那の分になっちゃうけど」

「いや、俺はもういいよ。甘いのは苦手だ」

 そもそもそんなにブランディー好きでもないし、さらにそこに砂糖が付くんだから。

「えー残念、折角だから見たいのに。私じゃ飲めないの?」

「ブランディーのストレートだからね。じゃあ私が自分で片付けるか」

 どうやらマスターはニコラシカをつくってくれるようだ。

「まずリキュール・グラスにブランディーを入れる。で、レモンを輪切りして砂糖を乗せて、レモンごとグラスに乗せれば出来上がり。名前はロシアだけど生まれはアメリカ。で、なぜか日本で人気のあるカクテルだ」

 そう言いながらレモンの輪切りに包丁を当て、皮を丸く切って外す。

「皮は外すんだ」

「ああ、苦味がブランディーの風味を殺すし、レモンを食べ切るなら始めから無い方がイイしな」

 メジャーの15mlの方に砂糖を入れ、それを皮を外したスライス・レモンの中央に落とす。

「この時、砂糖にコーヒーの粉を入れるとマーブルな感じで更にインスタ映えするかな」

 ……だったらやればいいのに。

「最後にこうやってレモンの端をつまんで、砂糖をこぼさないように口の中へ」

「あ!」

 口の中で砂糖とレモンをシェイクしたマスターは、そこにブランディーを一気に流し込む。

「まぁ、こんな感じだ」

 ナルホド、確かにマスターののみ方はスマートな感じだけど…。

「まだ写真撮ってなかったのにぃ!」

「あ……」


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