インスタ映えするお酒? 【その5】
「さて、じゃあお嬢さんには“プース・カフェ・スタイル”のカクテルを飲んでもらおうか。折角だからこのシューター・グラスを使ったものにしよう」
マスターがリキュールの棚から“カルア・コーヒー・リキュール”を取り出す。となると、作るカクテルはもうアレに決まったようなものだ。
氷を入れたロック・グラスに試験管を挿しメジャー・カップにカルアを注ぎ、バースプーンを試験管の中に差し入れ、その背を伝わるようにしてメジャーからカルアを移す。更に同じようにしてベイリーズ・アイリッシュ・クリーム、グランマニエを注ぎ入れる。下から黒、ベージュ、オレンジの層がくっきりと重なっている。きれいに作るのは結構難しいんだろうけど、ここのマスターはさすがだよな。
「キャーステキ! こういうのが欲しかったの!」
山川さんはここぞとばかりに写真撮影だ。確かに見た目は楽しいよな。
「これが“B-52シューター”っていうカクテルだ。アメリカ・ボーイング社の戦略爆撃機の名前を冠したカクテル名だけど、我々世代だとベトナム戦争のイメージが強いな。まぁそれはさて置き、若い世代には比較的抵抗の少ない人気カクテルなんじゃないのかな。本来は三つのリキュールをシェイクしてつくられるんだけど、アメリカでこれを注文すると大体シューター・スタイルで出てくる。それぞれのリキュールの比重の違いを利用して層に積み上げるんだけど、これが“プース・カフェ・スタイル”。特に有名な“レインボー”なんかは6種類の酒で層をつくるんだ」
「虹なのに6色しかないんだ」
確かにそこも突っ込みどころかも知れないけど…。
「まぁ独自にもう一色足しても良いしな。何しろ比重の違いさえしっかり頭に入っていれば、後は技術で積み重ねることは可能だよ。で、この“B-52シューター”も当然比重差を利用してこんな感じにしているわけだけど、これなんかも“プース・カフェ・スタイル”と呼ぶんだ」
写真を撮り、マスターの説明も一通り聴いて、さていよいよ飲んでみよう、となった時に、隣に座る山川さんの顔を覗き込んでみると、なんとも困ったような半笑いのような複雑な表情をしていた。
「あのー、これってどうやって飲むんでしょうか?」
そりゃ確かに困るよな。俺はこういうカクテルはそもそも飲まないし、あまり興味がなかったから今まで気にもしなかったけど。
「例えば代表格の“プース・カフェ”や“レインボー”なんていうカクテルは、ストローを使って自分が好きな層から飲んでいくんだけど、シャルトリューズやスロー・ジンなんていう強いリキュールや、ブランディーやウオツカなんていうスピリッツを使ったりもする。更に言えばさっきお嬢さんがのんでたフラミンゴに使われてるノンアルで甘い“グレナディン・シロップ”なんてのも使ってる。これらをストレートで、しかもストローで飲むのも、どんなものかと思うよ。確かに見た目はキレイかも知れないけど」
「じゃあこのB-52っていうのは?」
「そうだね、そのままグイッとやっちゃえば良いんじゃないのかね。まぁ私だったら始めからシェイクしたものをお奨めするけどな」
あーあ、全く身もフタもないこと言うんだから。山川さん、ちょっとがっかりモード入っちゃってるよ。とりあえず一番上はオレンジ・キュラソーのグランマニエ。って、よく考えたら40度もあるじゃないか。
「ちょっと待って! それ強過ぎるって!」
時既に遅く、B-52は山川さんの咽喉の奥へ……。
「うっわ、強!」
目を白黒させて少し咳き込む山川さん。が、二層目のベイリーズが混ざっていたのか、それほど酷いことにはならなかったようだ。
「マスター、グランマニエはマズイよ、40度もあるじゃない」
「まさか。そんな強い酒を飲ませるわけないだろう」
「だって、グランマニエ……」
俺が言い掛けるとマスターはグランマニエのボトルを掲げて俺に見せた。
「あれ、何コレ?」
よく見ればお馴染みの赤っぽいボトルではなく、ちょっと黒ずんでる。
「これは“クレーム・ド・グランマニエ”っていうリキュールだ。エキス分は21度で同じだけど、アルコールは17度しかないんだよ」
こんなボトル初めて見たよ。17度か。それでも彼女には程々に強いな。
「前から気になってたんだけどさ。その“クレーム・ド・何々”っていうのはどういう意味なの?」
ミントとかカシスとか、そういうリキュールの前によくくっ付いている印象があるんだが。
「ちょっと脱線してしまうけど、まぁ簡単に説明しておこう。リキュールにはアルコール度数のほかに“エキス分”の表示があるだろ。あれでエキス分がアルコール度数を上回っているものに関しては“クレーム・ド”って付けるようになっているんだ。おっと、これは主にフランスのリキュールに関しての名称だがな。クレーム・ドって付いてたら甘いんだな、と思えばイイ。何しろエキス分が高ければ高いほど甘いと思って差し支えないんだが、アルコールが高いとその分が相殺されて相対的には甘さが減じるからな」
マスターはなんだかもっと説明したいみたいだが、今夜の目的は別だし、山川さんをおいてけぼりにして話を進める訳にもいかないからな。軌道修正しないと。
「とりあえず、これでも山川さんには強かったみたいだし、お酒の比重の違いを使った別のカクテルを作ってもらえないかな。出来ればロング・ドリンクで。俺はそうだな……、どうしよう…」
「B&Bのプース・カフェ・スタイル、なんてのはどうだい」
「あ、それにしようかな」
あれ、それってあまりインスタ映えしなさそうな……。




