シングル・モルトとピュア・モルト、オール・モルト
前回の続き
俺のグラスが空になったのを見て、マスターが訊く。
「お次はどうする、またグレンフィディックでいいかい?」
俺はちょっと考えていた。マスターと二人の客のウイスキー談義に気をとられていて、次に何を飲むか決めていなかったのだ。さて、どうしたものか。
「そうだね、今度はグレンリヴェットでいってみようか」
マスターは棚からザ・グレンリヴェットの12年を取り出して俺のオン・ザ・ロックを作り出した。
「マスター、そのウイスキーもスコッチなの?」
メジャーを切っているマスターにメガネ君が話し掛ける。
「そう、非常に優秀なスペイサイドのスコッチだ。他の蒸留所もこの“グレンリヴェット”の名前を使いたがるほどね。だからこれこそがグレンリヴェット、ってことで“the”っていう冠詞が付けられてるのさ」
俺の前にグラスを置きながら、マスターが話を続ける。
「ここの蒸留所はスコットランド最初の政府登録蒸留所としても有名なんだ。由緒ある酒なんだよ」
「じゃあ僕も次はそれを貰いますね」
まだメガネ君もシロウト氏も、3分の1くらい残っているようだ。
「じゃあ今度はモルトの話をしようか」
二人とも無言で肯く。
「この“ザ・グレンリヴェット”もモルト・ウイスキーだけど、普通にモルト・ウイスキーって言えば大抵は“シングル・モルト”のことを言うんだ。でも実際には他にもモルト・ウイスキーはある。ちょっと紛らわしい表現で、私は好きじゃないんだけどね」
そう言って、今度は国産ウイスキーの棚からニッカのボトルを出す。ピュア・モルトとオール・モルトだ。
「この“ピュア・モルト”はブラックだけど、他にレッドとホワイトがある。でも今はあまり関係ないんで忘れてくれ。あとコチラは“オール・モルト”、名前は“全部モルト”だけど、実はブレンデッド・ウイスキー」
シングルの他にいきなり“ピュア”“オール”ときて、二人は幾分戸惑い気味だ。果たしてどこまで理解出来るかな。
「こっちの“ピュア”はもちろん“シングル”じゃない。でも混じりっけ無しのモルトであることは確か。つまり数種類のモルトをブレンドすることで“シングルでは無いモルトだけのウイスキー”になるわけだ。モルト同士をブレンドすることを“バッティング”って言って、グレーンを混ぜることとは呼び方が違うんだ。ここまではOK?」
二人は曖昧に肯く。マスターの話を丹念に反芻しているようだ。
「続いて“オール・モルト”これも全部モルトなんだけど、こっちは“モルト・ウイスキー”でさえないんだ。ちょっと混乱するところだけど」
俺も“オール・モルト”って言うくらいだからモルト・ウイスキーだと思い込んでいた。どう違うんだろうか。
「さっきモルトとグレーンの製造過程の違いは説明したけど、憶えてるよね。グレーンでは大麦麦芽を加えたとうもろこしをカフェ・スチルで連続蒸留する。ニッカの“オール・モルト”では、この時にとうもろこしを使わずに大麦麦芽だけでグレーンを造る。つまりモルトと同じ原材料で、違うのは蒸留法方だけってことだ。ここでカフェ・グレーンならぬ“カフェ・モルト”が出来上がる。単式蒸留機で蒸留したモルトに連続蒸留したカフェ・モルトを混ぜるから全部モルトで“オール・モルト”。でもね、連続蒸留したものはたとえそれが大麦麦芽であったとしても“グレーン”って考えるのが普通だよ。だからこれは“ブレンド”であって“バッティング”じゃない。だから使ってるのは100%モルトでも、モルト・ウイスキーじゃなくてブレンデッド・ウイスキーになるんだ」
「ふーん、なんか紛らわしいんですねぇ」
「でもこの“オール・モルト製法”ってのはなかなか画期的だし、素晴らしい発想だと思うよ。それにニッカもちゃんと“ブレンデッド・ウイスキー”として発売してるしね。ただ、確かにこのネーミングだとモルト・ウイスキーと思って購入している人は多いと思うね。まぁ業界内では特別問題視されてないようだし、呑み手側がそういったものに関心を寄せるかどうかってところかな。日本ではモルト・ウイスキーが高級でブレンドは格下みたいに勘違いしている人もいるみたいだし」
どうやら二人とも飲み終わりそうなのを見て、マスターは二人のグレンリヴェットをつくり出した。
「いやー、なんか難しい話で理解出来たのかどうか。頑張って勉強しないとな」
シロウト氏がちょっと苦笑を浮べる。初級者なんだから難しいのもしょうがない。“オール・モルト製法”に関しては俺もあまり良く知らなかったし、いきなりシロウトに聞かせるには難し過ぎたかも知れないな。
そうこうしてる内に俺のグラスがもう空になりそうだった。次は何にしようか。マスターを待たせないように予め考えておかないといけない。
「大将、次はどうする?」
「そうだね、ブナハーブンにしておこうかな」
ブナハーブンはスモーキーなアイラ・モルトの中でも一番穏やかな方だ。
「その後はラフロイグあたりにするつもりだな」
図星だった。やっぱり分かっちゃうんだなぁ、この人は。
「そうか、スコッチの地方による違いとかも教えなきゃな」
とは言えメガネ君とシロウト氏はもうパンク状態だ。その話はまた別の夜になることだろう。




