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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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インスタ映えするお酒? 【その2】

【前編 中編 後編】で収まりそうもなかったので前編を【その1】と改題しました(汗)

「こんばんわ」

 こんばんわぁ、とちょっと甘ったるいような挨拶で現われた山川さんは、笑顔でいながらどこか困惑したような複雑な笑みをその面に浮かべていた。このマスターじゃ話にならないだろう、と散々俺が脅しておいたから相当気にはなっていたのだろう。背が低くて真ん円の眼鏡に、最近髪を短くしたせいで、どこか田舎の中学生みたいな風貌になっている。

「やぁ、今ちょうどマスターとSNS映えのするお酒について話し始めたところだよ」

 実際のところ、それほど山川さんが望んでいるであろう方向に話は進んでいなかったのだけれど、むしろこんな風に言っとけばマスターもその流れで話さざるを得ないであろう、という魂胆だ。

 ティナ・ブルックスのレコードを仕舞ったマスターはしばらくレコードの棚を吟味してサヴォイのカーティス・フラー“ブルースエット”を取り出してプレーヤーに乗せた。山川さんの来店に合わせて定番を選んだのだろう。フラーとゴルソンのお馴染みのフレーズが流れる。“ファイヴスポット・アフター・ダーク”この曲を聴くと何だか力が漲って来るような気がするな。ああ、栄養ドリンクのCMだったからか。

 そんなBGMの流れる中、山川さんが俺の隣の席に座りながら急に不思議そうな顔をした。

「あれ、今のって“カルメン”じゃなかった?」

 ベニー・ゴルソンのソロで、ハバネラのフレーズがちょっとだけ顔を出すのだ。よく気がついたな。

「ジャズのアドリブでは使い易いフレーズなのかもね」

 などと言いつつ、さて、どんな展開に持ち込めばマスターの口が軽くなるだろうか。

「さて、折角だから見た目の綺麗なカクテルとかいただこうか」

 何て言ってみたけど、どうだろう。

「そうね、じゃあマスターにおまかせで」

 流れ的に安心したのか、山川さんの表情から不安の影が消えていた。マスターはちょっと考えてすぐにカクテルづくりに取り掛かった。さて、何が出てくるだろうか。

「最初は愚図って渋ってたんだけど、何とか話が聞けそうだよ」

 更に安心させるために俺が小声で囁き掛けると、

「良かった。一応ダメだった時のために他の取材も用意しておいたんだけど」

 女はしたたかだ……。

 しばらくして出てきたのは紫色のロング・ドリンク。普通にヴァイオレット・フィズだ。

「とりあえずこれを飲んでもらって。で、私が何でこのカクテルを選んだのかから話そう」

 マスター、果たしてこちらの意図を正しく汲んでくれているんだろうな。ちょっと心配になってきた。

「使われているリキュールは“パルフェタムール”、クレーム・ド・ヴァイオレットなんて呼び方の方が一般的かな。柑橘系を軸にバニラやアーモンドなんかで香り付けされているけど、この独特の香りは“ニオイスミレ”を使って醸し出されているんだ。このリキュールは今を遡ること250年前に…」

「ごめんマスター、ちょっと待って」

「あん?」

 恐れていたことが現実化してきた。歴史の話までされたらどれほど長大な話になることやら。

「そういうのは今回は端折はしょっちゃってさ、とりあえず見た目のインパクトのあるカクテルの話をしてよ」

 マスターは不満気に俺と山川さんの顔を見比べる。俺は曖昧な表情をしていた筈だが、山川さんは我関せずでニコニコしていた。

「うん、じゃあまぁとりあえずこの紫のリキュールや、ブルー・キュラソー、レッド・キュラソーなんかは色付けとしては使い易いリキュールだよ。国産のメロン・リキュールの“ミドリ”なんかも代表格かな」

 そう言うとマスターはリキュールの棚からそれらのボトルを出して並べた。

「ホントは冷蔵庫に入れたいんだけど、そこまでは出来ないんでな。ベリー系やフランボワーズなんかは冷蔵必須だけど」

 どれも鮮やかな色で、確かに綺麗なカクテルがつくれそうだ。

「トロピカル系の代表格として登場するのが当然“マイタイ”、シルヴァー・ラムベースにオレンジ・キュラソー、それにオレンジ・レモン・パイナップルジュースを加えてシェイク。クラッシュド・アイスを詰めたグラスに注いでダーク・ラムをフロート。後はストロー挿して果物や花で飾れば出来上がり。結構な手間だ。ブルー系の雄と言えば“ブルー・ハワイ”。これはやっぱりラムとブルー・キュラソーにパイナップルとレモンのジュースをシェイク。他に“チチ”や“ゾンビ”なんてのが代表的だけど、どれも手間は多いな。そこで、見た目だけで簡単なトロピカルカクテルを教えよう」

 なんかバカにされてるような言い方だな。

「このパルフェタムールを使ったカクテル“エイジャン・ウェイ”。ドライ・ジン40mlにパルフェタムール20mlをステアして、クラッシュド・アイスを詰めたブランディーグラスに注ぎ、レモンピールを添えるだけ。ミキシング・グラスがなければビルドでつくっても良いし、果物やハイビスカスでも飾れば立派なトロピカル・カクテルだ」

 俺がいるからまずジン・ベースのカクテルから入ったんだな。でも…、

「ハイビスカスの花なんて個人だと難しいよね」

「そういう時はオクラの花でも飾っておけばいい。畑やってる人じゃなかったら気付かれないぞ」

 そ、そうなの?

「同じことは先程の赤や青のリキュールや、ミドリでも出来る。別にスピリッツをベースにしなくたって、リキュールを炭酸で割るだけで見栄えが良くてライトなトロピカル風カクテルに仕上がるぞ」

 確かに簡単そうだけど。俺には軽すぎるかな。山川さんはというと、口も挟まず微笑を浮かべたままマスターの話を聴いている。

「まぁこういうのは南国リゾートやホテルのプールなんかで飲むんだろうから、家飲みや居酒屋なんかには合わないけどな。とりあえずトロピカル系の話はここまで。次はそうだな、見た目や飲み方が変わってるものの話しをしようかな。それにしてもあんた」

 マスターはおとなしく聞き入っている山川さんに視線を移す。

「取材とか言ってさっきからメモも取らずに聞いてるけど、大丈夫かね」

「ええ、最初からちゃんと録音してますから」 

 女はしたたかだ……。

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