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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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カクテルで楽しむウオツカ 【中編】

前回の続きです

 マスターとメガネくん・シロウト氏とのやり取りは続いている。どうやら今夜はウオツカについて雑談するようだ。俺はキリッと締まったウオツカ・アイスバーグに満足しながら、マスターの講釈を聞くことにする。

「ウオツカはロシア発祥ってことになってるけど、最初は蜂蜜を使った“ミード酒”みたいなものだったらしい。そのうち色々な穀物を使って蒸留酒をつくるようになって行ったんだけど、ロシアでつくられる蒸留酒一般をひっくるめて“ウオツカ”って呼ぶようになったんだ」

「へぇ、テキーラやラムみたいに原料が決まってるわけじゃないんだ」

 と、これはメガネくん。さすがにそのくらいは知ってるんだな。

「ライ麦・小麦・大麦、或いはじゃがいも、なんてのが多いな。原料が違ってもみんな“ウオツカ”って呼ぶところは、日本の焼酎に近い感覚かな」

「あ、ホントだ」

「ただ、連続蒸留によってかなり精製されるから日本の乙類焼酎みたいに原料由来の風味やクセなんてのはほとんど感じられないけど」

「だからカクテルのベースにも使い易いんですね」

 メガネくん、結構成長の跡が見られるな。一方のシロウト氏の方はというと、一所懸命ウオツカ・アイスバーグを味わっている。それもまた好し。

「ウオツカが造られ始めたのは13世紀頃からって言われてる。一方ジンは11世紀くらいから。ここで200年差が出てるけど、ジンがイギリスに入って“ロンドン・ドライ・ジン”となったのが17世紀の末頃、ウオツカがアメリカで脚光を浴びるようになったのが20世紀に入ってから。ロシア人がもともとはウオツカをストレートでのむのが主流だったことを考えると、カクテルのベースとしては新しい部類に入るね」

 さすがに俺もそういう歴史とかの話になると暗いな。

「その割にはウオツカのカクテルって色んな種類があるイメージですけど」

「おっ、なかなかいいところを衝いてくるね。そう、比較的新参者だけどレシピは多い。まぁ答えは簡単、何しろクセがないので既存のジンやウイスキーベースのカクテルに容易に置き換えられる。これがテキーラになるとそんなに簡単にはいかない」

「なるほど、そういうことなんだ」

 と、納得がいったところでメガネくんのモスコミュールが空になった。同時にお隣のシロウト氏ものみ終わったようだ。

「次は何にする。スクリュードライヴァーでもつくろうか」

「あ、その名前聞いたことがあるような気がする。それにします」

「おたくは強いカクテルの方がいいんだろ」

 シロウト氏はちょっと考え込んだが、

「僕もそれにします」

「同じでいいんだね。旦那はどうする?」

 マスターは俺の方に向き直って訊く。俺もそろそろのみ終わりだが、次を考えてなかったな。

「スクリュードライヴァーでいいかい。よくはないか」

 マスターは俺が当然スピリッツをオーダーすると思っているようだ。でもたまには軽い目のカクテルを味わうのも悪くない。

「同じでいいよ。いや、ハーヴェイズウォールバンガーにしてもらおうかな」

「珍しいオーダーがきたな」

 マスターは6オンスのタンブラーを三っつ並べてストリチナヤを注ぐ。左側と真ん中のグラスにはメジャーカップの両側を使って45mlづつだが、右側のグラスには30mlを二回。どうやらシロウト氏の分だけ少し強くしてあげるサーヴィスのようだ。そこへ氷を入れていき、それぞれにオレンジジュースを注ぎ入れバースプーンで右から順にステアしていく。オレンジジュースは濃縮還元の100%ジュースだ。フレッシュが使いたいんだろうけど、無農薬の良いオレンジが入手出来ないと嘆いていたな。

 マスターは一番左のグラスにバースプーンを挿したまま、右側二つのグラスをそれぞれメガネくんとシロウト氏の前に置く。

「こっちのはちょっと強いからな」

 そう言うと今度は下のストック用の保冷庫から黄色い酒の入った首の長いボトルを取り出す。ガリアーノだ。

「見たことないボトルですね、それもお酒なんですか?」

 シロウト氏が目を輝かせて言う。まぁ、見たことないだろうな。

「あっちの旦那がこれを入れてくれって言うからな」

 そう言ってマスターは左手でバースプーンを持ち、その背に這わせるようにガリアーノをグラスに流し込みフロートさせる。器用なもんだ。

「普通はバースプーンに注いでから入れるんじゃないの?」

「まぁな。でもこのほうがキレイにフロートさせられるだろ」

 技術さえあれば、まぁそうだけどね。

 俺のところへ運ばれてくるハーヴェイズウォールバンガーを、羨ましそうにジッと目で追うシロウト氏。おそらく次はこれをオーダーするんだろうな。

 久々に飲むカクテルだが、なんとも郷愁を誘うこの甘み。俺はガリアーノを飲むと子供の頃の駄菓子の味を思い出す。

「若い人はあまり知らんかもしれんが、このスクリュードライヴァーってのは昭和の、特にバブルの頃なんかに流行ったんだ。朝鮮戦争の頃にアメリカの兵隊さんが日本の女の子に飲ませて酔わせていたのを日本の男どもが真似したんだな。飲み口がいいもんだから、つい調子に乗ってまんまと潰されちゃう。“女殺し”なんていう不名誉な二つ名で呼ばれるようなカクテルだったんだ。あまりにも有名になり過ぎちゃって、今度は逆に女の方が警戒するようになった。今でもその時代に苦い経験をした女の人なんかは飲みたがらないんじゃないのかな」

「へぇー、そんなカクテルなんですか。初めて聞いたな」

 二人ともまだ二十代前半って感じだし、そういう話は当然知らないだろうな。

「女の子を警戒させないために、似たカクテルで違う名前のをオーダーするなんていう小細工をするようなやからもいたんだよ。ちょうどあそこの旦那が飲んでいるようなカクテルを」

 マスターはハーヴェイを飲んでいる俺をあごで指し示した。

「ふ~ん…」

 メガネくんとシロウト氏の視線が、心なしか冷たく感じる。あの……何か勘違いしてないかい……。


次回に続きます

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