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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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カクテルで楽しむウオツカ 【前編】

 今年の夏はどうも全国的に天気が悪い日が続いてるようだ。プールや海の家なんかのレジャー関連の仕事してる人は大変だろうなぁ、と思うが、俺みたいに休みが入ってもどこへも行く当てがない人間にとってはあまり関係ない。いや、涼しくてスピリッツがすすむ分、むしろ有り難い。

 で、行く当てがない俺は結局のところ、誘蛾灯に虫が惹き付けられるが如く、今夜も夜明ヶ前でマティーニをのんでいる。BGMにはグレン・ミラー、今流れているのは“イン・ザ・ムード”。なんかやっぱり“終戦”を意識させる曲だな。そのへんの話をマスターとしようと思うんだけど、今夜は珍しく俺以外のお客もいて、マスターはそちらの相手をしている。お客は準レギュラー的に来店してるメガネ君とシロウト氏。今夜はいきなりウオツカなどオーダーしているようだ。

「マスター、僕の知り合いのロシア人に聞いたんだけど、最近のロシア人はあまりウオツカをのまないんだって。知ってた?」

 シロウト氏がなにやら面白そうな話題を振ってきた。しばし傍観させてもらおう。

「随分健康に気を使うようになったって話だからね。それに日本の若者のアルコール離れを見ればロシアだって同じようなものなんじゃないかとは思うよ。もっとも、密造酒で体をおかしくするような輩も多いっていう話も聞くけど」

「ふーん。ロシア人がウオツカのまないんだったら、他に何をのむんだろうね。ビールかな」

「ビール、それにワインかな」

「なんかイメージと合わないな」

 日本人がいつも寿司ばかり食ってない、ってのと同じだな。

 シロウト氏はそこでウオツカのオン・ザ・ロックをグイッとのみ乾す。相変わらず強いな。むしろストレートの方が良かっただろうに。メガネ君はまだちびちびとやっている。氷が融けるのを待っているようだ。

「さて、次は何にしようかな」

 メニューを開いて見ているシロウト氏を恨めしそうに見ていたメガネ君だったが、

「コレちょっとキツイわ、お前にやるよ」

 どうやらギブアップらしい。オン・ザ・ロックとは言っても注がれたのがキンキンに凍らせたウオツカなんだから、そう簡単に薄まるもんじゃないよな。

「僕は何かカクテルでももらおうかな」

「じゃあモスコミュールでも飲むかね」

「あ、それもらいます」

 マスターはタンブラーを取り出し、ストリチナヤとライム・ジュースを注いで氷を入れ、ジンジャーエールを満たして軽くステアした。居酒屋なんかでも普通に置いてる定番カクテルだな。

「名前にモスコなんて付いてるけど、このカクテルはアメリカ生まれなんだ」

「へぇ~、アメリカ人もウオツカのむんだ」

 と、これはシロウト氏。

「アメリカはウオツカの生産量世界一なんだよ。世界で一番売れているウオツカの銘柄は“スミノフ”、アメリカで造ってるウオツカだ。そもそもモスコミュールっていうカクテルが、このスミノフをアメリカで流行らせるために考案されたと言われてるんだ」

「アメリカでもウオツカ造るんだ、知らなかったなぁ」

 やっぱりシロウト氏は酒が強いだけのシロウトなんだなぁ。

「ちなみにこのスミノフっていうウオツカの日本向け生産は、今のところ全量お隣の韓国で造られているんだ。ついでにギルビー・ウオツカも韓国産だ。今のところな」

 “今のところ”ってのが意味深でコワイんですけど……。

「おっと、旦那を忘れてたよ。次はウオツカ・マティーニでものむかい」

「そうだな、折角だからウオツカ・アイスバーグでもいただこうか」

「ベースはストリチナヤでいいよな」

 そう言うとマスターはロック・グラスにストリチナヤを注いで大き目の氷を一つ入れ、ペルノを少々振り掛けた。

「マスター、今かかってる曲“茶色の小瓶”ってやつだよね。小学校の音楽の時間に歌った覚えがあるよ」

「へぇ、旦那の小学校の頃ねぇ。この曲の“茶色の小瓶”ってのは酒ビンのことなんだけど、そういうのはあまり気にしなかった時代だったんだな」

 そりゃ初耳だ。

 レシピ通り当然の如く強いカクテル“ウオツカ・アイスバーグ”を、グッと一口。アルコールの辛さの中にペルノの仄かな甘みがふわっと膨らむ。うん、これも秀逸なカクテルだな。

 と、そんな俺を見ていたシロウト氏。

「マスター、僕にも同じもの下さい」

 君にこのカクテルは10年早い、って言ってやりたいところだけど、まぁせっかくだから味わってよ。

 マスターは同じようにシロウト氏のウオツカ・アイスバーグをつくる。ビルド・スタイルだから手早く簡単につくれるところが魅力だな。

「本来のレシピではアブサンを使ってるんだけど、まぁ現在はこのペルノとかパスティスを使うのが一般的かな。アニゼットを使ったりすることもあるみたいだけど、それだとちょっと甘みが強過ぎてこのカクテルの本来の良さが活きてこないと思うんだよ」

 そんな説明をしてもシロウト氏はもちろん、メガネ君にも伝わらないと思うけど。

「“アイスバーグ”っていうのは氷山のこと。で、このカクテルレシピを発表したのがナンシー・バーグさんっていう人。自分の名前と掛けたんだね」

「あ、そういうことなんだ。やっぱりハンバーグとは関係ないんだね」

 全くこのシロウトは……。


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