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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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イースターに飲むカクテル

 夜明ヶ前の店内にはパシフィックの“チェット・ベイカー・シングス”が流れている。そして俺の左隣の席には雑誌編集をしている山川さんが座っている。チェットの歌声が、はじめは女性かと思ったとか、トランペッターなのにこの歌盤が一番有名だとか、ホテルの窓から落っこちて死んじゃった、なんていう雑談的な話をしていたところなんだけど、もちろん彼女の目的はそんな話をすることじゃない。

「今年は前年以上にイースターが取り上げられていたんですけど、ウチはちょっと出遅れちゃって。これといって目立った企画がないままに終わってしまって、編集長からは結構キツイこと言われちゃったんですよ」

 編集のお仕事ってのも大変なんだな、あまり詳しく知らないけど。以前マンガで“編集王”なんてのがあったけど、あれとは……違うんだろうな、きっと。

「イースターっていつだっけ?」

「その年によって違うんだけど、今年はもう半月も前に終わっちゃった。だから来年こそはと思って」

 ジン・トニックを一口飲んで、彼女は話を続ける。

「で、思いついたのがこのお店。今年は残念だったけど、来年に向けて何か良い企画がないかって思ったら、卵のカクテルはどうかと」

 そうか、イースターと言えば卵だし。イベントと言えばお酒だし。悪くはない発想だな。

「マスター、イースターは卵のカクテルで、なんてどうかしら?」

 興味無さそうにグラスを磨いていたマスターは、山川さんに振られてチラッと視線を投げる。

「イースターねぇ。日本人には関係無いし、西洋のお祭りごり押しってのもハロウィンぐらいまでにしてもらいたいもんだね」

 あーあ、マスターならそう言うだろうと思ったけど。

「そんなこと言わないで協力してあげてよ。マスターだって売り上げのタシになるかも知れないし」

「ならないよ。普段から滅多にオーダーされないし、特別粗利を高く設定してるわけじゃないし」

 全く偏屈なんだよな、ここのマスターは。

「イースター・エッグって言うと、ウサギっぽいたまごとかチョコのたまごとかの特集が多かったんだけど、卵のカクテルってのはあまり見掛けなかったので、どうしても来年の特集でやりたいんですよ、お願い」

 山川さんは両手を顔の前で合わせてマスターに懇願する。女性にここまで頼まれたら嫌とは言えないんでないの。

「チョコのたまごか、そんなの私の子供の頃にもあったな」

「えっ、そんなに昔からあったの?」

 本題から外れたマスターのつぶやきに、山川さんが反応する。

「ああ、どこのメーカーだったかな。銀紙で包んであって、中が空洞で何か入ってて。“おったまげっちょんチョコタマゴ”とかいうフレーズだったな」

 なんだそりゃ?

「そもそも卵のカクテルなんて特集したからってブームにはなり得ないだろう。日本には“玉子酒”なんてのがあるけど、それこそ風邪引いたときに呑むとかで、普段から愛飲しているなんて奇特な人にはお目に掛かったことが無いしな」

 確かにそう言われればそうだけど……。いや、ここでマスターの弁舌に屈したら、山川さんの手前男が廃る。

「でもさ、卵のカクテルっていうのがあまり広く知られていないだけで、そもそもそういうカクテルがあることさえ知らない人ってのも多いんじゃないの」

「まぁ、それは確かにあるかな」

 おっ、乗ってきたかな。

「卵のカクテルって種類は多いんですか」

と、山川さん。普通の人は卵カクテルの名前やレシピなんてそうは出てこないだろうな。

「知られていないだけで結構ありますよ。ブランディーやポート・ワイン・ベースをはじめ、大抵の酒に卵カクテルのレシピがあるし、またそれぞれヴァリエーションも多いし」(第35・36話 卵のカクテル 前後編参照)

 確かにブランディーのイメージは強いかな。卵黄と相性が良いんだな。

「コクがあって滋養の面からは卵黄のカクテルがおススメだけど、お祭り的な側面から考えるのであれば、透明で鮮やかな色を着けやすい白身を使ったカクテルの方が向いてるだろうな」

「そうそう、そういうお話を聴きたかったんですよ」

 やっと本題にたどり着いたようだ。山川さんがレコーダーをオンする。

「女子ウケするカクテルだと、色はピンクかな。代表的なのはジン・ベースのピンク・レディー。ピンク・ベイビーやクローバー・クラブなんていうヴァリエーションがある」

「あ。それ知ってます、名前だけ」

「後は同じジン・ベースで有名なミリオン・ダラー。あと、これは私のおススメなんだけど、翡翠色の綺麗なカクテルで“グリーン・ジェード”。ドライ・ジンとペパーミント・グリーン、生クリーム、卵白をシェイクしてつくるんだ。飲むかい?」

「是非!」

「あ、じゃあ俺も」

 レシピを聞いた限りではあまり甘そうじゃないし、これなら俺でも大丈夫そうだな。

 マスターは冷蔵庫から卵を二個取り出し、黄身と白身に分ける。シェイカーに氷を入れ、冷凍庫からビーフィーターを取り出しメジャーを切って60mlきっかりをシェイカーに注ぎ、続いてペパーミントと生クリームを30mlづつ、最後に卵白を加えてシェイクする。

「卵は小さめがおススメだ。あと、生クリームが入るのでシェイクはとにかく手早く。時間を掛けると生クリームが氷を溶かして水っぽくなる」

 そう言っている間に大き目のカクテルグラス二つに、翡翠色の酒が等分に注がれる。

「大きいですね、こんなのはじめて見ました」

「卵カクテル用の4オンス・グラスだ。大抵はシャンパン・グラスで代用してるみたいだけど、ウチではこれを使ってるよ」

 さっそく一口。クリーミーでほんのり甘い。何しろ色が綺麗だ。

「他にはホワイト・レディーのヴァリエーションで、ブルーキュラソーを使った“ブルー・レディ”なんてのが色鮮やか系かな。卵黄や全卵を使った茶色や黄土色のカクテルもたくさんあるけど、まぁそれはまた来年特集を組むときにでも」

「参考になりました。こうやって見た目が綺麗だと、生卵でもそんなに抵抗がないんじゃないかと。正直ちょっと難しいかなと思ったんですが、イースターに卵のカクテル、アリだと思います」

 とりあえずほどほど目的は達したようなので何よりです。この後一年練るのか、長いな。

「カクテルもやっぱり見た目が大切なんですね。グラスのふちにウサギの耳を付けたり、まん丸のしっぽを飾ったりしてもカワイイかも」

 山川さんはそういうカクテルが好きなフレンズなんだね……。


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