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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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ビール税率一本化の欺瞞

前回の続きです。

 フィンランド関連で、ムーミンからクラシックへと続いていた今夜の話題だったが、二人組みの来店でひと段落といったところだ。と、その二人、見れば以前この店で素敵な歌声を聴かせてくれた茶髪と短髪ヒゲの若者達だ(第10話 歌声BAR 参照)。あれ以来ちょくちょく来店しては、たまに興が乗ると1、2曲歌っていったりする。

「こんばんわぁ~」

「お、いらっしゃい」

 マスターが満面の笑みで迎える。普段はお客に無愛想で、総理大臣だろうが大統領だろうがお客はみんな平等に扱う、なんて豪語してるくせに。全く調子のいいおっさんだ。

「さて、取り敢えずビールかな」

 茶髪が言う。“取り敢えずビール”が大嫌いなマスターも、この二人には特別扱いだ。

「あれがいいね、キリンの緑色のボトル。あれ最高に美味いよな」

 茶髪とヒゲがこの店ではじめて飲んだのが“キリン・ハートランド”だ。あまり酒には詳しくなさそうな二人だが、味はそれなりに分かるらしい。

 マスターはビール・ストック用の冷蔵庫からハートランドを取り出して栓を抜き、グラスと一緒に二人の前に置いた。

「このビールは国産の中でもかなり美味いだろう。麦芽100%でも重過ぎず、スッキリとした味わいだよ。今の若い人にも是非味わってもらいたいな。そういえば高畑母子もこのビールを笑顔で楽しんでたな、テレビで見たのは白黒写真だったから、残念ながらこのエメラルド・グリーンの特徴的なボトルは映えなかったけど」

 いやいやマスター、風評とかあるんだからむしろそこは指摘しちゃいけないところだろうに。言わなきゃ大抵は気付かないんだろうから。キリンビールさんからクレームつくよ。

「へぇ、これって麦芽100%だったんだ。どうりで美味いわけだな」

 そんなことも知らずに飲んでたのか。そもそも麦芽100%だから美味いとは限らないし、まぁ何となく漠然とビールを味わってきたんだろうな。興味の薄い人から見れば、そんなことにいちいちこだわる方がおかしい、とも言えるしね。

「ところで旦那、お次は何にするね」

「そうだね、もう少しフィンランディアをもらおうかな。ロックでヴェルモット入れて」

「ウオツカ・マティーニ・オン・ザ・ロックね」

 俺のオーダーを茶髪とヒゲが珍しそうに聞いている。

「ねぇマスター、向こうの人は何を頼んだの」

「ウオツカのロックだよ。君達ものむかい」

「いやそういう強いのはイイっす、ウイスキーくらいなら飲めるけど」

 どうやらウイスキーよりウオツカの方が強いと思い込んでるらしい。あまり詳しくないのが丸分かりだな。まぁ、ウイスキーも水割り、ハイボールのクチだろうけど。

 マスターはフィンランディアとチンザノを使ってちゃっちゃとウオツカ・マティーニをつくって俺の前に置いた。たまにはこういうのみ方も悪くない。

「ところでマスター、酒税法の改正で10年後くらいにはビール類の税率が一本化されるって言ってたよね。ビールがちょっとだけ安くなるのは嬉しいでしょ」

 酒税の話をすると機嫌が悪くなるマスターだが、この話ならそんなこともないだろう。何しろ夜明ヶ前では発泡酒や第3ビールなんてのは置いていないわけだし、むしろ本物のビールが安くなるんだから文句を言うことはないだろうからね。

 と思ったんだけど、やっぱりマスターの表情は曇ってしまった。

「まぁ確かにビールの税率は下がるよ。今現在350ミリ缶で77円が2026年には55円になるって言うんだから、22円下がるんだな。その代わり発泡酒の47円、第3の28円もそれぞれ55円まで上がるわけだ。何で統一するのかと言えば、税率の不公平感とか、この差があるせいでメーカーがまがい物ビールを開発するような間違った企業努力を促してしまったことに対しての善処的な説明をしていたよ。しかし実際にはそんな混迷しているような状況ではなかったと思うよ、この業界は」

「それはつまりどういうこと?」

「ビール、発泡酒、第3、っていうのはそのカテゴリーとして比較的厳密に分けられていた、ってことさ。ビールの麦芽を減らして発泡酒、更に発泡酒に蒸留酒を加えて薄めたのが第3。味だって明らかに上・中・下って感じだっただろう。決してビールと偽ってまがい物を販売していたわけじゃない」

 そう言われてみればそうだよな。それの何が問題なんだろう。

「更に言わせてもらえれば、発泡酒や第3が出現したことで本物のビールがむしろ際立ったんじゃないかと思われるフシもある。いわゆるプレミアム・ビールってヤツだが、ヱビス・ビールのヨコへの展開、シルクとか琥珀とかは人気商品だし、モルツもむしろレギュラー缶よりプレミアムの方が人気が高いんじゃないのかな。極めつけとも言えるのがキリン・ビールの“一番搾り”が麦芽100%になったことだよ。むしろビールはより本格化志向へと移行していたと言える。非常に“理想的”な状態だったんだ」

「言われてみれば確かにそうだよね。むしろ巾が広がったんじゃないかと思うよ。ユーザーの望むものへ多様化していくのは嗜好品としては当然の流れだから、税制の不公平とか言われてもピンとこないな」

 あまり考えてこなかったけど、どこか釈然としない感じはあるよな。若者二人は俺とマスターが何やら難しい話を始めたと思って、こちらにかまわずに雑談を始めたようだ。

「結局は税金を取りやすいところから効率良く取ろうっていう話に集約していくんだな。加えて、どう考えてもおかしいのが、この税率改正と合わせてのビールの定義変更だよ。現在は麦芽の使用率が67%以上と規定されているけど、これを50%まで引き下げるとか言ってるらしい。更にハーブや香料のようなものの添加も良しとするとか。つまり現在はビールと呼べないようなものまで“ビール”にカテゴライズしてしまおうってことだ。これこそまがい物のビールを創ることを奨励しているようなものだろう」

 ホントだ、何のために税率改正するかってところから辿ると明らかに矛盾してる。こんなおかしな言いぶんだったらマスターでなくても気分悪くなるよな。

「旦那の言う通り、ビールの税金は安くなるよ。でもそれが日本のビールの質が落ちたり、業界の衰退につながる様な事であれば、私としては決して歓迎することではない。むしろ今のカタチがどれほど業界や消費者にとって理想的で有益であるか、関係者の方には是非とも声を上げて欲しいところだよ」

 どこか偏屈でへそ曲がりなマスターだけど、こういうことはいつも真面目に本気で考えているんだな。今夜はビールは飲まなかったけど、なんとなく苦い後味だ。


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