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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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三重のお酒で正月を

明けましておめでとうございます。本年もどうぞ夜明ヶ前を御贔屓に。

 夜明ヶ前のこのカウンターでマティーニをのむのは何ヶ月振りだったろうか。何しろ昨年末はあまりの忙しさに息つく暇もなく、気が付けばいつの間にか年もあらたまって2017年になっていた。

 プレJFPのトランプ大統領対応のほうもあらかた片付いて、俺も晴れて正月休みを満喫できる立場になったってわけだ。トランプの担当に割り当てられた時は楽が出来ると思ったが、まさかヒラリーが負けるとは。だがJFPの移民政策にはトランプの方が都合がいいらしい。いずれにせよ今年も忙しさは続くが、JFPが正式に発足するまでの我慢だな。

 おっと、仕事のことはしばらく忘れるとしよう。

 夜明ヶ前で味わう一杯のマティーニ、この変わり映えのしない一杯をどれほど渇望していただろうか。ベースはタンカレ・ナンバー10。びっくりするほど高い値段ではないのに、びっくりするほど美味いのが何より魅力なジンだ。

 BGMはヴァーヴからミシェル・ルグランのピアノとステファン・グラッペリのヴァイオリン。これにオーケストラが入ってなんとも優雅でリラックス出来る演奏だ。さっきまでウエイン・ショーターが掛かっていたのを、マスターに変えてもらうように要望したのだが、俺の気分を察してくれたのか快く応じてくれた。緊張の連続が続くような名盤・名演奏も悪くないけど、今はとにかくゆったりとした時間を味わいたい。

 と、そんな感じで音楽に身をゆだね、はや一杯目も残り一口だ。そう思ってふと顔を上げると、マスターと目が合った。

「次もマティーニにするかい」

 どうしよう。久々にありつけた夜明ヶ前のマティーニだけど、何杯も続けてお代わりするのもちょっと野暮な気がしないでもない。でもこれといって次の一杯を決め兼ねていたんだよな。

「正月だし、よかったら日本酒でも呑むかね」

 そう言ってマスターは俺ののみ終わったカクテル・グラスを下げ、替わりにタンブラーを置いた。おいおい、正月早々コップ酒かね。赤提灯じゃないんだから。

 手にとって見る。無色透明で、鼻を近付けてみても特別香りがしない。とりあえず一口飲んでみる。

「マスター、これ水じゃない」

「ああ。マティーニの後に日本酒だから一回口の中をリセットした方がいいだろ」

 そういうことか。まぁ、気を遣って貰ったんだから、有り難く思わないといけないんだろうな。それに何だかちょっと期待が持てる感じだし。

「これは私が仕入れたんじゃなくて知人から貰った酒なんだけど、実は私も呑んだことがないんで、正直どんな味なのかはわからないんだ」

 そう言ってマスターは4合瓶の黒いカートンを出してきた。よく見ると花をモチーフにしたようなパターンが描かれている。ラヴェルには“鈴鹿川”と書いてあった。

「鈴鹿って言うとサーキットの鈴鹿?」

「そう、三重のお酒だ。このラヴェルにある模様は“伊勢型紙”っていう伝統的な意匠を使っているそうだ」

 なるほど、確かにラヴェルにそう書いてある。

「何はともあれ、呑んでみようじゃないか」

 白ワイン用のグラスが二つ置かれ、酒が注がれる。ここのマスターは色々とこだわりはあるんだけど、日本酒をワイン・グラスで飲むことには抵抗がないらしい。と言うよりも、むしろワイン・グラスで飲むことにこだわっているんだろうか。

「色はあまり着いてないみたいだね」

 グラスを揺すって香りを嗅ぎ、一口含んで転がした後、鼻から息を抜く。

「そんなにコクがある、って感じじゃないけど、結構味がしっかりしてるみたいだね」

「炭濾過のやり方が良いんだろうな。最初は仄かな甘みがあって、その後程よい辛さがきて。米の味の後口が長く残るかな。美味い酒粕を口に含んだ時のイメージだな。純米酒が好きな人には向いてると思うし、ある意味外国人にも合うかも知れない。この後口が苦手、っていう人もいるかもしれないけど」

「外国人向け、ってのはあるかも知れないね。日本酒は間違いなく日本酒なんだけど、普段口にしているものとはイメージが違うかも知れない」

 とは言ったものの、どういう味が外国人ウケするのかって話になると、その基準とかは曖昧にならざるを得ないか。なんとなく漠然と、そんな気がするっていうレベルの話だな。

 まぁ何にしろ俺としては呑み易い酒だと思う。マスターが言う後口っていうのもそんなに気にならないし。

「ところでマスター、日本酒は結構世界中で人気が上がってきてるみたいだけど、海外で日本酒って造れるんだろうか」

 普通に考えれば日本に似た気候の国なら造れるんだろうけど。

「そうだな、アメリカ・カナダを始め、ノルウェーやオーストラリア、台湾なんかでも造ってるらしいよ」

「他は何となくわかるけど、台湾でも造ってるの? あまり寒いイメージがないんだけど」

「日本統治時代に随分と苦労して造ってたのが途絶えて、20世紀末にまた再開したらしい。当然温度管理が一番大変なんだろうが、安定した電力と確立された技術、それに整った設備さえあれば、どこの国でも日本酒は出来るだろう。もちろん、米と水は絶対欠かせないけどな」

 日本でもワインやビール造ってるんだし、当たり前と言えば当たり前か。でもこの辺の話は俺の仕事ともちょっと関係がありそうだし、色々聞いといて損はなさそうだな。

「ただし、日本産以外の米を使って外国で造った日本酒は“日本酒”という名称は名乗れないそうだよ」

「え、じゃあ何て呼ぶの」

「SAKE、かな、やっぱり。昔はライス・ワインだったけど。そもそも“日本酒”っていう表現が曖昧過ぎるんだよな。日本固有の酒が日本酒って言うなら焼酎とかも日本酒だろうし、“酒”っていうのも、広義ではアルコール飲料全般を示すこともあるし。まぁ強いて言えば“清酒”か」

 言われてみればその通りだ。日本人ってこういう曖昧なのはあまり気にしないんだな、きっと。

次回に続きます。

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