表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
65/99

酒の美味い季節

 10月に入ると毎年思うことがある。一年を通して、スピリッツをのむのに一番良い月だなぁ、と。暑くもなく寒くもなく、春のように変に浮かれることもなく、しみじみと侘しさの中でグラスを傾ける。多分これが一番理想的なんじゃないかと。

 そんなわけで今夜も“夜明ヶ前”で酒を楽しむ俺だ。いや、酒をのむ雰囲気を楽しんでいるのか。もしかすると酒をのむ雰囲気を楽しんでいる自分を楽しんでるのかも知れない。まぁ、どうでもイイか。

 今夜はまずグレンキンチー10年のオン・ザ・ロックから。ローランドを代表するモルト・ウイスキーだ。辛い口当たりの中にもまろやかさがあり、ほどよいピートの薫りが心地よい。BGMはプレステイッジのリー・コニッツ、“サブコンシャス・リー”。レニー・トリスターノのピアノは小難しくてあまり良くわからないところがあるのだけど、コニッツのアルトは絶好調だし、ビリー・バウアーのギターも悪くない。スコッチを楽しむのにも良い雰囲気だ。ちょっとノリが良すぎる曲もあるけどね。

 こんな時は何も言わずにただひたすら酒と音楽に酔いしれていればそれだけで良いのだけど、何の会話もないのもちょっと不自然な気もしないでもない。だけど、これといって際立った話題もないな。

「ねぇマスター、酒が一番美味しいのって10月だと思わない?」

 などとどうでもいい話題を振ってみる。が、そこからグッと広げていくのがここのマスターだ。

「いや、私は11月だと思うね」

「何で? ああ、そうか。日本酒の新酒もボジョレー・ヌヴォーもあるからか」

「そうじゃないよ。他の月は大体酒をのむ理由に事欠かないけど、11月は何もない。だからこそ純粋に酒を味わえる、ってことだよ」

「え? 何の話か全然見えてこないんだけど」

「酒飲み音頭の話だよ」

「何だ、バラクーダか。そんなの若い人は知らないよ。マスターも古いなぁ」

 昭和の昔、そういうバンドがあったんだよな。11月はなんでもないけど酒が呑めるってね。ちなみに10月は運動会で酒が呑めるんだったっけ。

「まぁ冗談はさて置き、10月から11月あたりが一番酒が美味い季節ってのは間違ってないだろうな。何しろ酒を美味くのめる要素が盛りだくさんだからな」

「気候がいいのと新酒の時季と。他に何があるかな」

 俺はあくまでもスピリッツ主体に考えてたから、涼しくて爽やかだから、っていうことぐらいしか気にしてなかったな。

「まぁまず気候ってことだと、全ての酒にあてはまるかな。暑い時にビールや冷たいロング・カクテルは美味いけど、それは“のどをうるおす”とか“かわきをいやす”っていう涼を求めることが目的で、純粋に酒の味をあじわうのとはちがうからな。新酒、って話になると日本酒やワイン、ビールなんていう醸造酒の仕込が始まる時期ではあるけど、必ずしも新酒が美味い季節ってことではないよ」

「あれ? それは違うんだ」

 むしろそれがマスターの言いたいことなのかと思ってたんだけど。

「まずビール。ちょうど今がオクトーバー・フェストの時季だけど、あれはこれからビールの仕込みを始めますよ、っていうお祭りだ。つまりあのお祭りで飲まれていたのは前酒造年度のビール、ってことでもちろん新酒ではない」

「決算在庫処分セールみたいなものなんだ」

「そういうわけでもなかろうけど。まぁ現在は一年中ビールは造れるんだろうから、あまり新酒にこだわることもないんだろう。ワインの新酒は11月にできるけど、これは熟成させない醸造法で造るから、ヴィンテージもののワインなんかとは造りそのものが違う。前に話したけど覚えてるかい」

「えーと、忘れちゃったかな」

 ワインとかあんまり興味ないからなぁ、俺。

「マセラシオン・カルボニク、或いはカルボニック・マセレーションなんて呼ばれている速成醸造法だけど、ボージョレ・ヌーヴォーなんかの、熟成させずに若いまま飲むワインで使われているんだ。簡単に言うとブドウの実を破砕せずに皮をつけたそのままワインにしてしまう。日本でもこの醸造法は使われているよ。日本人は新鮮なもの好きだから、確かに新酒を喜ぶかも知れないけど、ワイン通から言わせればきっと初心者がわかり易いワインを喜んでいるようにしか見えないんだろうな」

 なるほど、ワインが美味い季節と新酒の季節ってのはあまり関係なしってことか。

「そうすると日本酒なんかはどうなるの」

「日本酒はそれこそ新酒が喜ばれる酒だろうけど。確かに搾り立ての生酒は限定モノだしな。でも本来の日本酒は春夏をじっくり寝かせて、秋口にしっかりと熟成させた燗上がりのする酒を味わうのがホントだよ」

「へぇそんなもんなんだ。俺はあまり燗酒とか呑まないけど」

「技術の進歩で吟醸酒が巾を利かせるようになってから、何でもかんでも冷酒で呑ませる機運が高まっていったような気がするよ。淡麗辛口ブームがそれに拍車をかけた感じかな。しかし本来の日本酒のうまみを味わうなら是非燗でやってもらいたいな」

「燗ね。確かに暑いうちは呑もうと思わないけど、これくらい涼しくなればイイかもね」

「更に言えば、日本には“晩酌”という独自の習慣があるし、秋は旬の肴に事欠かない。収穫の秋っていうくらいだから一年を通じてももっとも旬のものが多いんじゃないのかな。日本酒と旬のものの相性に関しては以前に話したことがあるしな」

 そうか、俺はいつもつまみなしでスピリッツばかりのんでるからな。旬のものは洋酒よりも日本酒が合う、って話だったけど、何か相性のよい旬ものがないものかなぁ。

次回に続きます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ