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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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夏のフローズン・カクテル 前編

前回の続きです。

 夏は毎年暑いものだが、今年もやっぱり御他聞に洩れず暑いことこの上無しだ。アウトドア好きが海や山のレジャーでビールを飲む分にはこのくらいが丁度良いのかも知れないが、独り寂しくスピリッツを楽しむ俺としては一年で一番鞭打たれる季節だ。だったらビールやロング・カクテルを飲めばイイだろう、って話なんだけど、そこはスピリッツ好きとしてのポリシーってものがある。

 そんなわけで今夜も夜明ヶ前のカウンターで一人、ジンストをあおってるって次第だ。BGMはルーレットのバド・パウエル・トリオ。アルバムのA面はトリオ演奏を確立した初期の頃の演奏、B面はその6年後の円熟期の演奏が収録されている。6年の間に警官とのトラブルやヤク中、牢屋の中での精神障害と、凄まじい生き方をしたバドの、この二つの録音が彼の一つの答えなのだなぁ。

 などと感慨に浸りながらタンカレの残りを一気に飲み干す。さて、次は何をのもうか。

「マスター、ボンベイ・サファイアでマティーニお願い」

「はいよ」

 マスターはなんとなく次を予想していたらしく、手早くミキシング・グラスを取り出す。

「そういえば山川さん、大変参考になりましたって喜んでたよ」

「あんな内容で良かったのかね」

 前回は編集の仕事をされている山川さんに、日本酒のカクテルについてのマスターの講釈があったのだが、あまりポジティブな内容にならなかったのだ。

「最後の、日本酒を凍らせてフローズン・スタイルで、ってのが良かったみたい」

 実は前回の話には続きがあって、そこでちょっとしたハプニングがあったのだ。

 マスターがヒレ酒や骨酒、甲羅酒、イカ徳利の話を出した後に俺が、『なるほど、やっぱり日本酒っていうのは海のものと相性が良いんだね』という感想を述べたところ、山川さんが『そういえばお酒にワカメを入れるっていう呑み方があるんでしたっけ』と言い出した。俺とマスターは一瞬顔を見合わせ、そして彼女が何か重大な勘違いをしていることに即座に気がついたのだ。マスターは慌て気味に『いやいや、日本酒のつまみには海藻は相性抜群だけど、そういう呑み方は聞いたことがないね。何かの勘違いかなんかじゃないですかねぇ、なぁ』と言って俺に同意を求めてきた。俺も焦りながらうなずいた。山川さんが勘違いをしているのは“例のアレ”に違いないので、何とかそこから話を逸らそうと必死になっていた。『そうそう、これはカクテルじゃないんだけど、日本酒を凍らせて飲むっていう呑み方もあるな。スピリッツはアルコール度数が高いので冷凍庫に入れても凍らないけど、日本酒は数時間入れておけばシャーベット状になる』なんていう話を熱心に始めて山川さんの気を逸らせていたっけ。後から聞いた話だけど、マスターは本当はそういう呑み方は好きじゃないらしい。ただその時は違う話題で彼女を惹きつけようと、ポロッと出てきた話だそうだ。

「あの時は焦ったね。何かのうろ覚えなんだろうけど。ダンナは後でちゃんと説明したのかい」

「出来るわけないじゃない、そんな飲み方があるなんて」

 と言いつつ、一体どんな起源があるのやらと考えると、ちょっと興味深いかな。

「まぁでも、今の季節にはフローズン日本酒の話題は良かったんじゃない。ヒレ酒や甲羅酒って言ったら燗だものね」

「フローズン・スタイルはもちろん夏向きだけど、それこそ日本酒以外で色々なレシピがそろっているから、わざわざ日本酒でつくる必要はないんだけどな」

 やれやれ、また始まったよ。

「ここではフローズン・スタイルのメニューってないよね」

「ああ、面倒だからな。でも注文があればつくらないこともない。ブレンダー使うっていうだけで、副材料とかは普通に揃っているからな」

 ちなみに夜明ヶ前のメニューにはトロピカル系のカクテルもない。おそらく同じ理由なんだろう。

「フローズン・スタイルっていったらどんなのがあるの」

「一番メジャーなのは“フローズン・ダイキリ”だろうな」

「ああ、あれね」

 実は俺はラムがそんなに得意じゃない。でも折角だからつくってもらおうかな。

「ラム、ライム・ジュース、キュラソー、砂糖を氷と一緒にミキサーでブレンドしてカクテル・グラスに注いでミントの葉を添えれば出来上がり。砂糖抜きでつくればヘミングウェイ・バージョンになるけど、私としてはやっぱり砂糖は入れた方がいいと思うけどな」

 マスターはそう言いながらブレンダーを用意し始めた。どうやらつくる気になったらしい。

「のむかい?」

「じゃあお願いします」

 マスターは棚からバカルディとコアントローを取り出し、手早くメジャーを切る。

「砂糖の代わりにガムシロを入れることもあるけど、フローズン・スタイルだと砂糖の方がよく融けると思うんだよ」

 そう言ってる間にさっとつくり終えて、フローズン・ダイキリが俺の前に置かれる。そんなに言うほど面倒でもなさそうだな。早速一口飲んでみる。もちろん冷たくて、そして結構ドライだ。

「な、これで砂糖抜いたらちょっとドライ過ぎると思わないか」

 確かにそうかも知れない。それにサトウキビから造った蒸留酒だから、当然砂糖とも相性が良いんだろうし。真夏でも頑固にスピリッツ派の俺だけど、たまにはこういう軟派なのもアリかな。

「これにイチゴを入れた“フローズン・ストロベリー・ダイキリ”なんてのもある。ただ、季節が違うけどな。後はバナナ・リキュールとバナナを入れた“フローズン・バナナ・ダイキリ”。これはまさに夏って感じだけど、バナナを入れ過ぎると水っぽくなるから結構難しい」

 ダイキリだけでも色々なバリエーションがあるんだな。



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